本来の意味は「(もし神に祈るならば)健全な身体に健全な精神があれかしと祈る(べきだ)」というもので、この言葉を書いたユウェナーリスが欲深いことばかりを神様にお願いする人々を風刺したものだ。この言葉が「健全な精神は健全な肉体に宿る」と間違った訳をされてしまうと、健全な肉体にすれば健全な精神も手に入るのでそのためには体罰であろうとも是認されることになってしまう。また、重病の人々、老人など健全とは呼べない肉体の人々は皆精神も侵されているということになる。このように、この言葉が間違った訳をされてしまうと、社会では身体の健康な強い者こそが優れており、身体が健康ではない弱者は精神においても劣っているということになる。以上のように、強い者が肯定され弱い者が否定されるということが間違った訳による最大の弊害と考える。(354文字)