奪格の用法は多岐にわたります。

分離の奪格

「~から」と訳せます。英語のfromに相当する前置詞ā (ab)と奪格で表される場合が多いですが、奪格単独で同じ意味を表すことがあります(ab は母音と h, abs は特に tē の前で用いられる)。

  • pectore ab īmō 心の底から
  • (pectus,-oris n. 胸 īmus,-a,-um 最も低い、一番奥の)
    前置詞āは母音とhの前でabになります。

  • Ille discessit; ego somnō solūtus sum. Cic.Rep.6.29
  • 彼は去った。私は眠りから覚めた。
    (discēdō,-ere,-essī 退く、去る somnus,-ī m. 眠り solvō,-ere,solvī,solūtum 解放する)

    キケローの『国家について』最終巻の最終行です。「スキーピオーの夢」(同作品の第6巻)の最終行でもあります。

  • Multōs fortūna līberat poenā, metū nēminem. Sen.Ep.97.16
  • 運命は多くの者を罰から解放するが、誰一人恐怖から解放することはない。

    動詞のlīberatは「AをBから解放する」という構文を取りますが、このうち「Bから」に当たる部分が「分離の奪格」で表現されます(例文ではpoenāとmetūがこれに該当)。

  • Magnō mē metū līberābis, dum modo inter mē atque tē mūrus intersit. Cic.Cat.1.10
  • ただ私とおまえの間に壁があるかぎり、おまえは私を大きな恐怖から解放するだろう。

    Magnō: 第1・第2変化形容詞magnus,-a,-um(大きい)の男性・単数・奪格。metūにかかる。
    mē: 1人称単数の人称代名詞、対格。
    metū: metus,-ūs m.(恐怖)の単数・奪格(「離反の奪格」)。「恐怖から」。
    līberābis: līberō,-āre(<奪格>から<対格>を解放する)の直説法・能動態・未来、2人称単数。
    dum: ~する間、~するかぎり
    modo: 「ただ~だけ」。dum modoで「ただ~するかぎり」。
    inter: <対格>の間に
    mē: 1人称単数の人称代名詞、対格。
    atque: 「そして」。mēとtēをつなぐ。
    tē: 2人称単数の人称代名詞、対格。
    mūrus: mūrus,-ī m.(壁)の単数・主格。
    intersit: 不規則動詞intersum,-esse(間にある)の接続法・現在、3人称単数。
    <逐語訳>
    おまえは私を(mē)大きな(Magnō)恐怖から(metū)解放するだろう(līberābis)、ただ私(mē)と(atque)おまえ(tē)の間に(inter)壁が(mūrus)ある(intersit)かぎりは(dum)。

起源の奪格

「~から」と訳せます。前置詞ex (ē)やdēと奪格で表される場合が多いですが、奪格単独で同じ意味を表す場合もあります。

  • Nāte deā, quae nunc animō sententia surgit? Verg.Aen.1.582
  • 女神の息子よ、今何という考えが心に浮かんだのか。
    (nātus,-ī m. 息子 dea,-ae f. 女神 nunc 今 animus,-ī m. 心 sententia,-ae f. 考え surgō,-ere 生じる)

  • Cȳmothoē simul et Trītōn adnixus acūtō / dētrūdunt nāuīs scopulō. Verg.Aen.1.144-145
  • キューモトエーとトリートーンは、力を合わせ、鋭く尖った岩礁から船を押し出した。

    Cȳmothoē: ギリシア語の女性名Cȳmothoē(キューモトエー)の単数・主格。単数・属格はCȳmothoes、単数・与格はCȳmothoae、単数・対格はCȳmothoen、単数・奪格と単数・呼格はCȳmothoē。
    simul: 同時に、一緒に
    et: 「そして」。CȳmothoēとTrītōnをつなぐ。「キューモトエーとトリートンは一緒に力を合わせ」。
    Trītōn: Trītōn,-ōnis m.(トリートーン)の単数・主格。トリートーンはネプトゥーヌスの子。
    adnixus=annixus: 形式受動態動詞annītor,-tī(よりかかる、努力する)の完了分詞annixus,-a,-umの男性・単数・主格。Trītonと性・数・格が一致。主格補語。述語的(副詞的)に訳す。「努力して」。
    acūtō: 第1・第2変化形容詞acūtus,-a,-um(鋭い)の男性・単数・奪格。scopulōにかかる。
    dētrūdunt: dētrūdō,-ere(押し出す、取り除く)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
    nāuīs=nāvīs: nāvis,-is f.(船)の複数・対格。
    scopulō: scopulus,-ī m.(岩礁)の単数・奪格(「起源の奪格」)。「岩礁から」。
    leuat=levat: levō,-āre(持ち上げる)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
    ipse: 強意代名詞ipse,-a,-um(みずから、自身)の男性・単数・主格。ネプトゥーヌスを指す。「ネプトゥーヌス自身は」。
    tridentī: tridens,-entis m.(三叉の槍)の単数・奪格(「手段の奪格」)。

比較の奪格

比較を行う場合、奪格を用います。「AはBよりCだ」と表現する場合、「Bより」の部分を奪格にします(これをquam Bとする方法もあります)。

  • Calamus gladiō fortior. ペンは剣より強し。
  • (calamus,-ī m. 葦、葦で作ったペン gladium,-iī n. 剣 fortis,-e 強い)

  • Sīc ait, et dictō citius tumida aequora plācat / collectāsque fugat nūbēs sōlemque redūcit. (Verg.Aen.1.142-143)
  • ネプトゥーヌスはこのように語ると、言葉よりも早く膨れ上がった海を鎮め、
    群がる雲を四散させて太陽を取り戻した。

    Sīc: このように
    ait: 不完全動詞āiō(言う)の直説法・能動態・現在、3人称単数。主語はネプトゥーヌス。
    et: 「そして」。
    dictō: dictum,-ī n.(言葉)の単数・奪格(「比較の奪格」)。「言葉より」。
    citius: citō(速く)の比較級。「より速く」。
    tumida: 第1・第2変化形容詞tumidus,-a,-um(ふくれあがった)
    aequora: aequor,-oris n.(海、海原)の複数・対格。
    plācat: plācō,-āre(なだめる、静める)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
    collectāsque: collectāsはcolligō,-ere(結び付ける)の完了分詞collectus,-a,-umの女性・複数・対格。nūbēsにかかる。-queは「そして」。plācatとfugatをつなぐ。かりに完了分詞collectāsのもとになる動作を行ったのがネプトゥーヌスの場合、「ネプトゥーヌスはnūbēsをcollectāsの状態にし、そしてfugatする」と訳すことも可能(それが自然な場合が多い)。
    fugat: fugō,-ere(追い払う)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
    nūbēs: nūbēs,-is f.(雲)の複数・対格。
    sōlemque: sōlemはsōl,sōlis m.(太陽)の単数・対格。-queは「そして」。fugatとredūcitをつなぐ。
    redūcit: redūcō,-ere(連れ戻す)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
    <逐語訳>
    彼はこのように(Sīc)言う(ait)、そして(et)言葉より(dictō)早く(citius)膨れ上がった(tumida)海を(aequora)鎮め(plācat)、そして(-que)結びつけられた(collectās)雲を(nūbēs)追い払い(fugat)、そして(-que)太陽を(sōlem)取り戻す(redūcit)。

  • lūce sunt clāriōra nōbīs tua consilia omnia. Cic.Cat.1.6
  • おまえのすべての計画は我々には光よりも明らかだ。

    lūce: lux,lūcis f.(光)の単数・奪格(「比較の奪格」)。「光よりも」。
    sunt: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・現在、3人称複数。
    clāriōra: 第1・第2変化形容詞clārus,-a,-um(明るい)の比較級、中性・複数・主格。
    nōbīs: 1人称複数の人称代名詞、与格(「判断者の与格」)。
    tua: 2人称単数の所有形容詞tuus,-a,-umの中性・複数・主格。consiliaにかかる。
    consilia: consilium,-ī n.(計画)の複数・主格。
    omnia: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の中性・複数・主格。consiliaにかかる。

差異の奪格

副詞や比較級とともに、程度の違いを表します。

  • paucīs ante diēbus 二、三日前に
  • (paucus, -a,-um 少しの ante 前に diēs,-ēī m. 日)

随伴の奪格

「~とともに、を伴って」と訳せます。前置詞cumを伴うのが一般的ですが、前置詞なしの用例もあります。

  • cum clāmōre 叫び声とともに
  • (clāmor,-ōris m. 叫び声)

  • Sēra tamen tacitīs Poena venit pedibus. Tib.9.4
  • 罰の女神は、ゆっくりと、しかし静かな足取りで訪れる。
    (sērus,-a,-um 遅い tamen しかし tacitus,-a,-um 静かな Poena,-ae f. 罰の女神 veniō,-īre 来る pēs,pedis m. 足)

手段の奪格

「~によって」と訳せます。大変頻度の高い用法です。

  • Nunc vīnō pellite cūrās. Hor.Carm.1.7.31
  • 今は酒によって憂いを払いのけよ。
    (nunc 今 vīnum,-ī n. 酒 pellō,-ere 払いのける cūra,-ae f. 憂い)

  • Aspiciunt oculīs superī mortālia jūstīs. Ov.Met.13.70
  • 神々は公平な目で人間のすることを見ている。
    (aspiciō,-ere 見る oculus,-ī m. 目 superī,-ōrum m.pl. 神々 mortālis,-e 人間の

  • ille regit dictīs animōs et pectora mulcet. Verg.Aen.1.153
  • その人物は言葉によって人民の心を支配し、胸のいらだちを静めようとする。

    ille: 指示代名詞ille,illa,illud(あれ、あの)の男性・単数・主格。3人称単数の人称代名詞の代用。「彼は」。
    regit: regō,-ere(支配する)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
    dictīs: dictum,-ī n.(言葉)の複数・奪格(「手段の奪格」)。
    animōs: animus,-ī m.(心)の複数・対格。
    et: 「そして」。regitとmulcetをつなぐ。
    pectora: pectus,-toris n.(胸)の複数・対格。
    mulcet: mulceō,-ēre(なだめる)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
    <逐語訳>
    彼は(ille)、言葉によって(dictīs)心を(animōs)支配し(regit)、胸を(pectora)なだめる(mulcet)。

行為者の奪格

受動態が用いられる構文で、動作を行う主体は、前置詞ā(またはab)と奪格の組み合わせで表します。この奪格を「行為者の奪格」と呼びます。この場合の行為者は人間(または動物)ですが、それが物の場合には前置詞はつけず奪格だけで表します(この奪格は「手段の奪格」とみなされます)。

  • quod ab nōn nullīs Gallīs sollicitārentur. Caes.B.G.2.1
  • 彼らは一部のガッリア人らによってそそのかされたからである。 
    (quod ~なので nōn nullus 一部の sollicitō,-āre 悩ませる)

    受動態の文でabが行為者の奪格を伴っています。なおsollicitārenturは接続法・受動態・未完了過去です(接続詞quodの導く理由文で主観が織り込まれる場合には接続法が使われます)。

原因の奪格

「~ゆえに」と訳せます。

  • Ōdērunt peccāre bonī virtūtis amōre. Hor.Ep.1.16.52
  • 善き人は美徳への愛ゆえに罪を犯すことを嫌う。
    (ōdī 嫌う peccō,-āre 罪を犯す bonī,-ōrum m.pl. 善人 virtūs,-ūtis f. 美徳 amor,-ōris m. 愛)

価格の奪格

売買に関する動詞とともに価格を表す場合、奪格を用います。

  • Antōnius regna addixit pecūniā. Cic.Phil.7.5.15
  • アントーニウスは王国を金銭で売った(金銭を受け取り王国を売った)。

    regnaはregnum,-ī n.(王国)の複数・対格。addixitはaddīcō,-ere(売る)の直説法・能動態・完了、3人称単数。pecūniāはpecūnia,-ae f.(金銭)の単数・奪格。

  • Vīgintī talentīs ūnam ōrātiōnem Īsocratēs vendidit. Plin.7.49
  • イーソクラテースは一つの弁論を20タレントで売った。
    (vīgintī 20 talentum,-ī n. タレント、ギリシャの通貨単位 ūnus,-a,-um 一つの ōrātiō,-ōnis f. 弁論、演説 vendō,-ere, -didī 売る)

場所の奪格

奪格だけで「場所」を表す副詞表現を作ります。「~において、~で」と訳せます。前置詞inと奪格を組み合わせる場合もあります。

  • ūnō locō 一つの場所で
  • (ūnus,-a,-um 一つの locus,-ī m. 場所)

  • multīs locīs 多くの場所で
  • (multus,-a,-um 多くの locus,-ī m. 場所)

  • tōtā urbe 町中で
  • (tōtus,-a,-um 全体の urbs,-bis f. 町)

時の奪格

奪格だけで「時」を表す副詞表現を作ります。

  • aestāte夏に
  • (aestās,-ātis f. 夏)

  • annō tertiō 三年目に
  • (annus,-ī m. 年 tertius,-a,-um 三番目の)

  • In fīnēs Vocontiōrum diē septimō pervēnit. cf.Caes.B.G.1.10
  • 彼は七日目にウォコンティイー族の領土に到着した。
    (fīnis,-is m. 境界、pl. 領土 diēs,-ēī m. 一日 septimus,-a,-um 第七の perveniō,-īre,-vēnī 到着する)

  • Quid superiōre nocte ēgeris? Cic.Cat.1.1
  • おまえは前日に何をしたのか。

    Quid: 疑問代名詞quis,quis,quid(誰、何)の中性・単数・対格。
    superiōre: 第1・第2変化形容詞superus,-a,-umの比較級superior,-ius(前の)の女性・単数・奪格。nocteにかかる。「前日に」。
    nocte: nox,noctis f.(夜)の単数・奪格(「時の奪格」)。
    ēgeris: agō,-ere(行う)の接続法・能動態・完了、2人称単数。間接疑問文における接続法。

判断の奪格

「~から判断して、~の点で」と訳せます。

  • Vulgus amīcitiās ūtilitāte probat.  Ov.Pont.2.3.8
  • 大衆は友情を利便によって判断する。
    (vulgus,-ī n. 大衆 amīcitia,-ae f. 友情 ūtilitās,-ātis f. 利便、便宜 probō,-āre 判断する、是認する)

目的語の奪格

奪格支配の動詞や形容詞とともに使われる例です。

  • Saepe admonitiōnibus ūtēre, rārius castīgā.
  • しばしば忠告を用いよ。ごくまれに罰せよ。
    (saepe しばしば admonitiō,-ōnis f. 忠告 ūtor,-ī <奪格>を用いる rārius(rārē 「まれに」の比較級) castīgō,-āre 罰する)

性質の奪格

奪格によって性質を表すことができます。「~を持った、~を備えた」と訳せます。

  • Homō antīquā virtūte ac fidē est. cf.Ter.Ad.442
  • 彼は古(いにしえ)の美徳と真義を備えた人物である。
    (homō,-minis c. 人間 antīquus,-a,um古の virtūs,-ūtis f. 美徳 ac=atque そして fidēs,-eī f.信義)

    homōはこの文の補語で、antīquā virtūteとfidēがhomōの性質を説明しています(形容詞antīquāはvirtūteとfidēの両方にかけることができます)。

  • Lūcius Catilīna, nōbilī genere nātus, fuit magnā et animī et corporis, sed ingeniō malō prāvōque. Sal.Cat.5
  • ルーキウス・カティリーナは高貴な家系に生まれ、精神と肉体の大きな力を備えていたが、性格は悪くひねくれていた。
    (nōbilis,-e 高貴な genus,-eris n. 家系、生まれ nātusnōbilī genere は「起源の奪格です。

限定の奪格

「~の点で、~に関して」を意味します。

  • Helvētiī reliquōs Gallōs virtūte praecēdunt. Caes.B.G.1.1
  • ヘルウェーティイー族は他のガッリア人を勇気の点でしのいでいた。
    (reliquus,-a,-um 他の virtūs,-ūtis f. 勇気 praecēdō,-ere しのぐ)

  • Hī omnēs linguā, institūtīs, lēgibus inter sē differunt. Caes.B.G.1.1
  • これらのすべて(の部族)は、言語、制度、法律の点で、互いに異なっている。
    (lingua,-ae f. 言語 institūtum,-ī n. 制度 lēx,-gis f. 法律 differō,differre 異なる)

仕方の奪格

奪格はどのような仕方で主文の動作が行われるかを説明します。

  • Stellae circulōs suōs orbēsque conficiunt celeritāte mīrābilī. cf.Cic.Rep.6.15
  • 星々は驚くほどの速度で自らの周回と循環を完了する。
    (stella,-ae f. 星 circulus,-ī m. 周回 orbis,-is m. 周回、軌道 conficiō,-ere 完了する celeritās,-ātis f. 素早さ mīrābilis,-is 驚くべき)