絶対的奪格(ablative absolute)とは

奪格に置かれた名詞Aとそれを修飾する語句B(名詞、現在分詞、完了分詞、形容詞など)との組み合わせで「絶対的奪格」と呼ばれる表現を作ります。AとBは主語と述語の関係に置かれます。パッと見てすぐに意味が取れない時は、「A=Bの関係を伴って」と訳すとうまくいきます。

絶対的奪格の訳し方

たとえば、Nātūrā duce numquam aberrābimus.という絶対的奪格表現を含む一文の解釈をしてみます。「Nātūrā=duce の関係を伴って」と理解することからスタートします。語彙は次のとおり。(nātūra,-ae f.自然 dux,-cis c. 導き手 numquam 決して~ない aberrō,-āre 間違う)

Nātūrā duceをすなおに主語、述語の関係で訳すと、「自然は導き手である」となります。主文(我々は決して間違わないだろう)はその状況を伴っている、というわけです。「自然は導き手である」という状況を伴って「我々は決して間違わないだろう」。「自然は・・・」と「我々は・・・」をうまくつなぐには、前者が後者の「条件」だと考えるとよいのではないか?と考えます。いろいろ考えて、「自然が導き手であるなら、我々は決して間違わないだろう」と訳せばよいと考えます。「条件」でなく「時」と考えてもよいでしょう。「自然が導き手の時、我々は決して間違わないだろう」。

なお、「条件」で訳すにせよ「時」で訳すにせよ、日本語に直す場合、主文の主語に合わせて「絶対的奪格」の主語も調整すると自然です。すなわち、「我々は、自然を導き手にすれば、決して間違わないだろう」といった具合に。これは訳の工夫であり、文法理解とは直接関係ありません。文法の鉄則は、「絶対的奪格」表現における主語Aと述語Bの二つを的確に見抜くことが大切です。

次に「AはBされて」(Bが完了分詞の場合)と受け身の形で訳す例を見てみます。Caesar, acceptīs litterīs, nuntium mittit. 語彙は次の通りです。(accipiō,-ere,-cēpī,-ceptum 受け取る litterae,-ārum f.pl. 手紙 nuntius,-ī m. 使者 mittō,-ere 送る)

litterīs acceptīsにおけるacceptīsはaccipiō(受け取る)の完了分詞で、litterīsと「性・数・格が一致」しています(女性・複数・奪格)。「手紙」は「受け取る」のか、「受け取られる」のか。完了分詞は受動の意味を持つので、後者が正しいです。「手紙が受け取られて」と訳すのが基本です。ただ、このように「受け取られて」と訳すのは、日本語として不自然に感じられる場合が多いです。したがって、絶対的奪格表現は、こなれた日本語に訳される場合、受動を能動に直して訳すことが多いと言うことをしっておく必要があります(でないと、原文と翻訳を照合した場合、「ズレ」が気になります)。絶対的奪格は主節に対する副詞節の働きをするわけですが、「理由」や「時」、「条件」や「譲歩」などの接続詞がないため、どの意味で理解するかは文脈を頼りにして判断します。上の例文の場合、「カエサルは手紙を受け取ると使者を送る」と訳しますが、主文の内容が異なれば、たとえば、「彼は手紙を受け取ったにもかかわらず、敵の要求を拒んだ」などのように訳す場合もありうるということです。