お山の絵本通信vol.193

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『まいごのどんぐり』

松成真理子/文・絵、童心社2002年

今回ご紹介させていただくのは、読み終えたらほっこりするような、なんだか懐かしい気持ちにもなる一冊、『まいごのどんぐり』という絵本です。

この絵本の主人公はどんぐり。コウくんという男の子がとても大切にしている、おしりに"ケーキ"と書かれたどんぐりです。コウくんの鞄の中にはどんぐりがいっぱい。ケーキは、コウくんと遊ぶのが大好きです。コウくんとかけっこをしてどれだけ転がっても、どれだけ遠くに飛んでいっても、コウくんは必ず見つけてくれます。しかし、秋のある日、コウくんはケーキを落としてしまいます。秋の落ち葉の中、どれだけ探しても見つけてもらえず、次の日もまた次の日もコウくんは探しにやってきますが、見つけてもらえません。とうとうコウくんはケーキを探しに来なくなって、ケーキもコウくんに忘れられてしまったんだ、、、と思いながら、月日が過ぎていきました。春が来て芽を出したケーキはどんぐりの木としてどんどん成長していくと共に、大きくなっていくコウくんを見守り続けます。長い月日が経った頃、コウくんの足音が聞こえました。ケーキはびっくりして、葉をゆすりどんぐりをたくさん落としてしまいました。コウくんは、そのどんぐりを拾い、おしりをじっと眺めて、大きな木を見上げ、「ケーキ?」と聞きます。ケーキは嬉しくなってさらに沢山のどんぐりを地面に落とすのでした。

初めてこのお話を読んだ時、この最後のシーンで私は目頭が熱くなってしまいました。すっかり忘れてしまったのかと思っていたコウくんの心の中に、ずっとケーキはいたんだなと感じたのです。

このお話を読んで思い出したことがあります。ある年、クラスで、いただいた幼虫を育て、成長を見守っていたアゲハ蝶が羽化したので、ひみつの庭へ放すことがありました。みんなで手を振りながらアゲハ蝶が空高く飛んでいくのを見守りました。その後、時は過ぎ他の生き物たちや植物との出会いも沢山ありました。1年経って、同じ季節がやって来た頃、ひみつの庭へ入った時に「アゲハ蝶、元気かなあ」と、ある子が呟きました。あまりにも突然だったので、何のことかなと思ったのですが、その子が見ている景色を見た時に、ああ、丁度ここで昨年アゲハ蝶を放したんだ。それを思い出したんだ。ということに気付きました。

また別のある年には、クラスで育てたカブトムシをひみつの森へ放しに行くことがありました。この木にしようと決め、カブトムシを木に登らせていくと、高く登ったところで、森の奥へ向かって飛んでいきました。その時もまた同様、月日が過ぎて同じ場所に立ち止まった時に、木を見て、「カブトムシ飛んでいったなあ、今頃どこにいるやろう。」と思い出す声が聞かれました。

子どもたちが経験したことが、心の中に残っていて、同じ景色を見た時に思い出したり、実はずっと思いを馳せていたり、、、。コウくんも一度は忘れてしまったのではないかと思ったケーキでしたが、きっとずっと心の中にあって、その思いが長い月日を経た後も2人をまた出会わせてくれたのではないかなと感じました。

お山の幼稚園の子ども達も、日々沢山の植物や生き物、木の実と出会っています。季節が変わる度に新しい出会いがありますが、きっとどれもが大切で、子ども達それぞれの心の中に残っていくことと思います。そんな瞬間を一緒に過ごせているんだということを思うと、本当に貴重な体験をさせていただいていると思います。同じ景色を見た時、同じ季節になった時、同じ匂いを嗅いだ時。きっと思い出すタイミングは様々ですが、これからも子ども達それぞれの心に残っていくであろう沢山の自然との出会いを、共に喜びながら、大切に見守っていきたいなと思います。

文章/Mika先生