お山の絵本通信vol.161

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『うらしまたろう』

松谷みよ子/文、いわさきちひろ/絵、偕成社1967年

昔話を題材とした絵本は数多くあります。同じタイトルでも、複数の出版社から多数の版が刊行されていて選ぶのに迷うほどです。かりに一つの昔話のあらすじはどれも似たり寄ったりだと考えるなら、絵の好みでお気に入りの一冊を選ぶのも一案です。じっさいよい挿絵を持つ絵本は大人になっても心に残ります。

しかし、絵本は画集ではありません。絵をバックグラウンドとして美しい言葉が主旋律を奏でます。絵と並んで大事なのが本文です。昔話だからどの絵本を選んでも話の内容は同じというわけではありません。作家は伝承をもとにして本文を作りますが、伝承そのものがさまざまなバリエーションをもつため、作家によって文章はみな異なります。

今回ご紹介する『うらしまたろう』を一読して真っ先に感じたのが絵と文の見事な融合です。文は松谷みよ子、挿絵はいわさきちひろが担当しています。この本に収められた17枚の絵はどれもが芸術作品と呼んで差し支えなく、大人も子どもも眺めているだけで心が満たされるでしょう。他方、作家の松谷みよ子は数多くの伝承をもとに、自分で納得のゆく『うらしまたろう』を創作したことを本書のあとがきでふれています。

日本の昔話について、私たちはなんとなく知っていると思いますが、いざ子どもたちの前で素話を試みると、何も知らないに等しいことに気づきます。それを試みた上で、松谷みよ子版『うらしまたろう』を声に出して読むと、その美しい日本語の言葉遣いとあいまって、子どもたちへの読み聞かせにふさわしい、物語のあるべき姿が感じられるでしょう。

この作品の最後の場面は次のような言葉で締めくくられています。

    とおい うみの はてから、なみが
    おとひめの うたを はこんできた。
 
     あけては いけないと いったのに。
     あけては いけないと いったのに。
     あなたの わかい いのちを
     そのはこに しまっておいたのに。
 
    たろうは ないた。
    りゅうぐうが こいしく、
    おとひめが なつかしく、
    いつまでも はまべに
    すわりつづけていた。

伝承によっては、絶望した主人公が崖から身を投げたところ、鶴に姿を変えて大空に舞い上がるという終わり方もあり、ある種の救いが用意されています。それとは対照的に、松谷版の『うらしまたろう』は、人間の姿のまま悲しみのどん底に追いやられて幕を閉じます。目の前に広がる大海原も、寄せては返す波も、リフレインのように主人公の心をとがめ続けるでしょう。この厳しい結末については、作者の強いメッセージが込められているように思われます。

あとがきの中で、作者は「わかい太郎が玉手箱から立ちのぼる一すじの煙とともに老人となるあたりのすさまじさは、そのまま人生のきびしさにつながります」と述べ、「幼い日、浦島の素朴なかたちにふれることは、日本人の心を知るうえからも、人生を知るうえからも大切なことのように思います」と結んでいます。

音楽の比喩を用いるなら、子どもたちは、長調ばかりでなく短調の曲も愛唱します。同様に、ハッピーエンドのストーリーばかりでなく、人生の「はかなさ」や「悲しみ」のテーマにも心の深い部分で共感します。それは、子どもが人として成長する上で大切なことに違いありません。大人はこの経験を大切に見守りたいと思います。厳粛な人生の理を描くには、それにふさわしい言葉があり、それを引き立てる挿絵が必要です。本作品は、子どもの真の成長を願う作家と画家の心が一つになって生まれた希有な成功例だと思います。


 文章/園長先生