お山の絵本通信vol.160

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『くつやのまるちん』

トルストイ/原作、かすや昌宏/絵、渡 洋子/文、至光社1981年

鮮やかな紅葉の落ち葉が足元一面に広がって、見上げると褐色の枝だけになった木々がたくさん目に入るようになりました。いよいよ今年も12月に入りました。

朝の登園時に、「はっぱがいっぱいおちちゃったね。そのあとはどうなるの?」と寒そうな木を見上げて男の子がたずねます。「そうね。もっと寒くなって雪がいっぱい降ってきたらどんなになるかなあ?」と言いながら一緒に想像します。門の近くに広がる色とりどりのモミジの落ち葉の中に、ひと際赤や黄色に光っている葉を選びながら、「きのうよりおちばがすくなくなってきたわ。もうひろえなくなるかもしれない」とつぶやき、何処からか取り出した袋に一枚、二枚と新しい落ち葉を継ぎ足していく女の子もいます。

子ども達は一年を通してさまざまな自然を肌で感じ成長しています。やがて大きくなった行先にも、幼児期の今と同じように落ち葉拾いをしたり、木々を見上げて何かを想う時が守られるようにと願います。まもなく雪の降るクリスマスの時季を迎えるにあたり、心温まるお話がありましたのでご紹介します。

           * * *

   「とんとんとん」 「とんとんとん」

朝から晩まで「とんとんとん」と、軽快な音が絵の中から響いてきます。靴屋のまるちんは、町の人が履く靴を作ったり直したりする、腕のよい靴作りの職人です。でも本当は、とても悲しい気持ちで暮らしていました。それは、まるちんのおくさんも子どももずっと前に死んでしまって、まるちんは独りぼっちだからです。心には悲しみの涙が詰まっていましたが、ある日聖書を読み始め、夢中で読んでいると心が安らかになるのでした。そして夢の中でキリストの声を聞くのです。

   「まるちん まるちん あしたいくから まっておいで」

というものでした。高いところにある窓からは、明るい金色の光が差し込む様子が描かれています。全ページを通して淡いやわらかなタッチで描かれ、いつしか心が和んでくるようです。まるちんは靴を縫いながら、本当に会えるのだろうかと気になって上を見上げてばかりでした。

外に出ると疲れてしまった雪かきのおじいさんに出会いました。

   「すこしあたたまっていきませんか」

まるちんは雪かきのおじいさんを家の中に招き入れ、誰かを待っているのかと聞かれた時、「キリストがおいでになる気がする。私たちのような貧しい者達を愛してくださるようなので」ともう一杯お茶をおじいさんにすすめます。おじいさんは心も体も温まって帰って行きました。

また暫くして、北風が吹く窓の外を見ると、お母さんが赤ちゃんをあやしていましたが泣き止まず、服も夏服のままでとても寒そうなので、

   「おかみさん うちにおはいりなさい」

と声をかけました。朝から何も食べていなかったので赤ちゃんに飲ませるお乳も出ません。まるちんがパンとスープを食べさせてあげ、自分の上着をあげると女の人は赤ちゃんを抱いたまま泣き出してしまいました。まるちんも涙が出そうになりながら、上着に赤ちゃんをくるんで帰らせてあげたのでした。

つづいて仕事にかかっていると、窓の外で声がします。りんごを取ろうとした男の子が、りんご売りのおばあさんにこっぴどく怒られていました。

まるちんは「おばあさん ゆるしてやりなさい」、そして男の子に、「おばあさんにあやまりなさい。もうしてはいけないよ」と諭し、男の子はおばあさんに謝りました。そしてまるちんはつぶやきます。

   「ゆるすってことはむずかしいけど、とてもたいせつなことのようだ」

隣のおばあさんもうなずいて優しい気持ちになりました。そして男の子はおばあさんの荷物を持ってあげ、二人は優しい気持ちになって仲よく歩いて行きました。

その夜、まるちんがランプの光の元で聖書の続きを読もうとした時、昨日の夢の中のキリストの声を思い出し、すぐ近くに誰かがいるような気がしました。その時、まるちんの頭の上には、昼間の雪かきのおじいさん、赤ちゃんを抱いたお母さん、そして子どもとおばあさんが現れ、みんなが笑顔でにっこり笑っていました。同時にキリストの声がまるちんには聞こえました。心に寂しさを詰め込んで生きていたまるちんは、すでに心豊かになり、その日出会った人々の中にキリストがおられたことに気づいたのでした。

 聖書 ルカによる福音書6章31節

 ――― 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。―――

という聖書の言葉があります。

まるちんは胸に寂しさを抱えつつも純粋な心で人を思いやり、手を差し伸べる勇気を出した時にキリストの愛に触れ、その喜びで心が満たされたのでした。

私たちが生きている中には、つい不満を抱えたり、人に何かを求めるままで純粋な自分を人に与えることを忘れてしまっている時があるものです。この絵本にはイエス・キリストが出てきますが、私達の心の有り様について考えてみることは宗教を超えたテーマであり、私達が生きる上で大切な教えが描かれているように思います。

来たるクリスマスの意味についても、ご家庭でお話を交わす機会があるかと思います。イエス・キリストの降誕について書かれた絵本とともに、親子で語り合う時間を持たれるのも一つでしょう。これから雪の降る寒い日々も、かけがえのないご家族のひとりびとりが愛に包まれ、心温かくお過ごしになりますようお祈りしています。

文章/副園長・Ikuko先生