お山の絵本通信vol.65

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『やさしいライオン』

──うっては いけないのに
ブルブルは とても やさしい ライオン なのに
 
やなせたかし/文絵、フレーベル館1975年

[kaisuiyoku

ブルブルは母親をなくしたばかりの子ライオン。一方、ムクムクは子どもをなくしたばかりの母犬です。血のつながりのない二人(二匹)は、ひょんな縁から親子になります。そしてブルブルは、ムクムクの背中におぶられ、そのやさしい子守唄を聞きながら、大きくなっていきます。

やがてムクムクの背中が、ブルブルの体よりも小さくなった時、離ればなれになる日がやってきました。

ブルブルはある日、サーカスの人気者になっていました。そして夜になると、冷たいおりの中で眠るのでした。そして時々、忘れそうになると、夢に見るのでした──年老いた母親のムクムクは、今どうしているのだろう、と。

そんなある日、ブルブルが耳をそばだてると、どこからともなく、あの日の子守唄が、聞こえてきたのでした。それは子どもが心の底から母親を求めた声だったのでしょうか。それとも母親が子どもを探している声だったのでしょうか。あるいはその両方なのでしょうか……。

         おかあさんだ!
         ブルブルは ものすごい ちからで
         おりを やぶって とびだしました。

そこから、やさしさゆえの、ライオンの脱走が始まったのです。町は大騒ぎになりました。ライオンのやさしさを、鉄砲が追いかけます。

そんなことなどはつゆ知らず、ブルブルはとうとう、丘の上までやってきました。そこは雪で真っ白でした。そしてその上に、今にも息を引き取りそうなムクムクが横たわっていました。二人は懸命に抱き合います。そして約束するのです。これからはずっといっしょにいよう、と。その時、後ろの森から、「うて!」という号令が響くのでした……。

およそ絵本というものが、人の心を語るしかけであるならば、「こんどこそ はなれないで いっしょにくらそう。」という犬とライオンの親子の願いは、同時に私たち読者の願いでもあるのかもしれません。

         でも ふしぎな ことに おかの なかほどで
         あしあとは ふっつりと みえなくなっていました。

絵本を閉じると、再び赤い表紙が目に飛び込んできます。そこにいるブルブルはまだ小さくて、ムクムクも十分背中におぶれそうです。二人の姿からは、まるで目をつぶりながらか細い声で歌う子守唄のように、切っても切れない愛情深さが感じられます。

いつかあの丘で二人の上に広がっていた夕焼け空は、今もどこかで、ほかの親子のことを見守っているのかもしれません。

文章/Ryoma先生