必要があって過去に書いた山びこ通信のエッセイを読み返しておりました。

>>「勉強が出来る」ということ――行いて余力あらば即ちもって文を学ぶ――

今から10年以上前に書いたものですが、学校での勉強の工夫について少しふれています(後半)。

時代が変わっても学びの基本は変わらないと思います。

土曜日の講演でも話題の一つになった「好き」なことと「勉強」の兼ね合いですが、鍵は「学びの意識」が握っています。

本人が是が非でも両立させたいと思えば何でも出来ます。私は中学時代の土日はテニスの練習に明け暮れていました。竹内先生にとっての「虫」は私にとっては「テニス」でした。

その時間を死守すべく、平日は徹底的に集中して学ぶこと以外選択の余地はなかったことを思い出します。

あと重要なことは、中学受験と異なり、高校受験は学校で教わる基本をきちんとこなせば対応できるという点です。

大学受験もそうですが、成績のよい人ほど「基本が大事」ということを骨身にしみて理解しています。

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