DSC_0115

今日は先代の園長の命日です。

父が30歳のときに書いた『保父』を私が初めて読んだのが高校の受験生だった時でした。

この本の初めに書かれた「保父誕生」を読み衝撃を受けました。結果的に私は父が断念した道を進むことになりましたが、この本のことがいつも心にひっかかるように残っていました。

お山の幼稚園はこうした背景でスタートしたということを忘れてはならないと思います。

その最後の締めくくりはこうです。まさしく真実一路の人生でした。

父の見通していた私の使命に、そのとき素直に同調していけた事を、今となっては、しみじみ幸福に思っている。よく子どもたちは、「一郎先生は、一番こわいけど、好きや」といってくれるそうである。私はこれを聞くたびに新たな感動を覚える。「やさしいから、好きや」とは、よく言うところである。だが、「こわいけど、好きや」とは、男性幼児教育者として、かくありたいと願うからである。子どもたちはまた、私のことを、「いちろう先生」をもじって、誰がつけたか、「いちご先生」とあだ名している。私は初夏の強烈な陽射しに、青い葉陰から顔を覗かせた、しみ入るように真っ赤ないちごの純情が好きだ。青年の今の純情を持ちつづけて、白髪の翁(おきな)となる日もなお、「いちごせんせい!」と呼ばれつづけたいと、私は思う。

関連記事: