『ポインセチアはまほうの花』(2010年12月)

『ポインセチアは まほうの花』(メキシコのクリスマスのおはなし)

ジョアンヌ・オッペンハイム/文、ファビアン・ネグリン/絵、宇野和美/訳、光村教育図書2010年

秋から冬にかけて、今年も幼稚園のお山の中は色とりどりの落ち葉や木の実で埋め尽くされました。

朝、園内で子どもたちを迎えていると、お山の石段を登る途中で見つけ大事に手のひらに包んできたものを、「はい!」と手渡してプレゼントしてくれる子どもたち。やがていくつものドングリや落ち葉で両手がいっぱいになっていきます。また、色鮮やかなモミジやイチョウの落ち葉は、私のカーディガンのボタンホールにさして飾ってくれたり、ひっつき虫の種をポケットのふちに一つずつ真っ直ぐに並べて素敵な縁取りのデザインをあしらってくれたりします。前の日に描いたという絵入りの愛らしいおてがみの場合もあります。

このような子どもたちの魂の純真は何よりも尊く、思わず心が洗われる有り難い贈り物と感謝しています。

あと一週間もするといよいよクリスマスです。今回ご紹介する絵本は、女の子の真心が奇跡を生んだメキシコのクリスマスにまつわるお話です。色濃く鮮やかな絵にも心惹かれます。

メキシコの人々は、ポサダの期間(クリスマス前の9日間)をとても大切に過ごします。どの通りもライトアップされ、お店には贈り物が並びます。クリスマスキャロリングのように、家々をたずね歩く子どもたちの歌声も聞こえてきて、家の中ではピニャータ(紙や陶器でつくられたメキシコの伝統的なくす玉人形で、中にお菓子やおもちゃが詰められたもの)をぶら下げてクリスマスに備える、ポサダとは一年でもっとも楽しみなお祝いの期間でもあるのです。

ところが、主人公の女の子ファニータは悲しそうです。なぜなら、お菓子やおもちゃを買うお金がなく、みんなはイエスさまへの贈り物を手に教会に出かけるのに、ファニータは持って行くものが何もないからです。夜になっても、ピニャータをつるしてご馳走でお祝いはできず、いつもとかわりない夕食のテーブルでしたが、何かをしてあげたい気持ちでいっぱいのファニータは、せめて弟や妹にはと、町で人からもらったクッキーをあげて歌をうたってあげるのでした。

さあ、いよいよクリスマスイヴの真夜中になり教会の塔の鐘が鳴りはじめました。イエスさまに何かを捧げたい気持ちで一杯のファニータはどうすればよいのでしょう?

中から聞こえてくる歌声や楽器の音を、そっと教会の扉の外で聞きながら一緒に歌を口ずさんでいると、ファニータの目からは涙がこぼれ落ちてきました。

するとその時、空高くから、「わたしの足元に生えている小さな葉を摘んで行きなさい」という天使のささやきが聞こえました。ファニータは、目の前に生えていた雑草を抱えられないほど摘んで教会に入っていきました。ドキドキしながら何百本ものロウソクの炎だけを見つめて祭壇に近づくと、ファニータが手にした両手いっぱいの葉が、星の形をした真っ赤で見事な花束に変わっていたのです。

『イエスさま、おたんじょうおめでとうございます』

祭壇の前にひざまずき、ファニータが心からのお祝いのことばとともに花をお捧げしている姿が描かれています。

まわりにいた人々も驚くほどの美しい真っ赤な花。メキシコの人々はこの花を「クリスマスの花」と呼ぶそうです。メキシコの野山にふつうに生えているこの花はポインセチア。今では多くの品種もつくられ、世界中の家や店先でクリスマスの喜びを伝えています。

メキシコ原産の真っ赤な花ポインセチアは、真心のしるし、そしてクリスマスの希望、喜び、奇跡の花なのです。

素朴だけれど一途で強いファニータの心が呼んだクリスマスの奇跡に心打たれると同時に、ファニータの姿を通して語られている宗教を越えた原初的な愛の心を、このメキシコに伝わる昔話を通して今の子どもたちにも感じてほしいと思います。

(山下育子)

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