『りゅうのめのなみだ』(2010-01 絵本通信)

『りゅうのめのなみだ』

浜田広介/文、いわさきちひろ/絵、偕成社1965年

この本を読み返すのは何十年ぶりでしょう。表紙の絵を見たとたん、子ども時代の心がよみがえりました。まるで小さいときの自分の写真を見る思いがします。あらすじはすっかり忘れていましたが、読み返すと、不思議なやさしさを持つ男の子と人に恐れられる龍との心の交流がテーマになっていることに気づきます。先月の絵本通信で紹介された『ゆきのまちかどに』の主題とどこかでつながる話のようにも思われます。

「ぼくは おまえさんをにくみは しない。いじめは しない。
もしも だれか、かかって きたら、いつだって、かばって あげる。」

男の子の言葉を聞いて、龍の目に涙が光り、やがて溢れ出します。それが川になって…。

この本はあらすじの面白さが子どもの心をひきつけるのではありません。もしそうなら、二度三度で「飽きた」となるでしょう。なぜ強いはずの龍が涙を流すのか、なぜ男の子が龍をかばうと言うのか? よく考えるとわからないことだらけです。

子ども時代の私にとっても、その辺にある「子ども向けの絵本」とは一線を画す「つかみどころのない本」であったことは間違いありません。しかし、そうした「わかりづらい」本が子どもの心をひきつける真の理由とは、この手の本が人生のもっとも大切な何かに触れているからだろうと思います。

日ごろ園児たちと一緒にすごしていますと、子どもは体が小さいだけで心は大人と変わらないと強く感じます。かりにそうだとすれば、この本が幼少時の私の心を捉えた理由もわかる気がします。子どもは、本質的に大切なものをかぎわける力を備えているということです。その大切なものとは「…しましょう。… してはいけません」といった日常耳慣れた形で語られる類のものではありません。そんな「わかりやすい」形ではけっして語られない、しかし、必ず大事な何かにつながっていると感じさせる本。それゆえ、自分の力でその大事な何かを探し当て、つかんでみたいという気にさせてくれる本。この本がまさにそれでありました。

私が親に感謝したいことは、この本を繰り返し読んでくれたことに加え、本の内容に関して、何も自分の解釈を語らなかったこと、また、私に何も問いたださなかったことです。だから私にはいつも想像する自由がありました。あれこれ空想の翼を広げ、繰り返し絵だけを見つめていた子ども時代。耳を澄ませると、心をこめて読んでくれた親の声色が今も聞こえます。

山下太郎

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