挑戦するということ――園長日記より

子どもたちを見ていると、その元気な行動をクラス全体の活動の中で(またはご家庭の中で、または公園での遊びの場面などで)どのように調和させるか、というテーマがあるように感じます。何か衝突する度に、また、衝突を事前に予想して、アクセルでなくブレーキを踏むよう繰り返し注意する、というのが一般的な大人の対応だと思います。しかし、ブレーキばかり踏んでいると、心に「もやもや」とした不完全燃焼な気分が充満し、さらに行動がエスカレートしたり、その頻度が増したりすることもありえます。

車の場合、市街地の渋滞ばかり走っているとエンジンがだめになります。時折高速道路を走ることがエンジンのためになるのです。子どもたちには周囲との「調和」を大切にするだけでなく、ときにはアクセル全開で活動させ、その達成に対して本人も周囲もともに「やったー」と叫べるような経験をさせる必要があります。それには様々な方法があります。幼稚園の場合、その方法を考え、用意するのは大人の責任です。大人がシナリオをつくり、経験させ、参加者全員に「次もやりたい」と感じさせるのです。そのシナリオはどこかにマニュアルとして載っているわけではなく、大人が自分自身で考え出さなければなりません。

二学期も終わり近いある日、年長のクラスでは「大階段」を使った徒競走に挑戦しました。大階段を使うメリットは、1)走りの負荷が高いため、見た目の距離以上に勝負に要する時間が稼げる点、2)見通しがきくため、周囲の子どもたちの声援を一身に浴びて走りに集中できる点(クラスとの一体感が得られる)、などがあげられます。個々の競争に利用するもよし、リレー形式にするもよし、です。

このような取り組みのアイデアは、子どもたちの側からは生まれません(小学校になると生まれる可能性があります)。クラスが一つになる体験の共有は、子ども同士の譲り合いや気遣いだけで実現するものではありません。車で言えば、ブレーキを踏んでいるだけだとドライブの楽しさは味わえず、アクセルとブレーキのメリハリが不可欠です。

「自由遊び」の時間は大切でが、「自由」という言葉は諸刃の剣です。自分のしたいことだけを繰り返すとき、人は何かに「挑戦する」勇気を忘れます。その意味で、「設定保育(戸外)」について、大人はもっと知恵を絞る必要があると考えます。全員で体を動かし同じ課題に挑戦するように促します。その結果、子どもたちは目の前の課題から顔を背けることなく、それに挑戦する勇気を養い、それを克服する喜びを味わいます。

先日書いた「心の声に耳を傾ける」姿勢は教育の基本ですが、人間が教育に携わる以上、課題は常にあります。そのことに加え、今回上で書かせていただいた内容にも気をつけて、三学期からの教育の中身をさらにバージョンアップさせていきたいと考えています。

(山下太郎 2009.12.19)

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