『母子の対話』

ふつう大人の方たちは、幼児をどのように見ておられるでしょう。文字通り、幼い、頑是無い、未熟だ、あるいは、純粋だ、素朴だ、その他いろいろな見方があると思います。

いずれにしましても、総体的には頼りない、難しいことはまだ何も分からない存在で、だから大人が手を引っ張ってやらないと、一人歩きは無理なんだ。こう考えられ勝ちであります。果たしてそうでしょうか。

かなり古い話になりますが、昭和30年代のある年の秋のお彼岸の頃のことです。

お墓参りの帰り道に、幼い子ども二人を母親の体にロープでしっかり括り付けて、母子3人で奈良の池へ入水心中したという、母子家庭の痛ましい事件がありました。

このことが、テレビのニュースに出ていたのを、母親といっしょに見ていた5才児のYちゃんが、この事件にたいして何か深く感じるものがあったらしく、母親につぎつぎと質問の矢を放ったのであります。

「あのお母さん、何で死なはったんや?」
「そうねえ。何かつらいことがあって、生きていくのが嫌になったんと違う?」
「そんなら、二人の子どもは、何で死んだんや?」
「そりゃ、お母さんが死ぬから、いっしょに死んだんでしょ。」
「そやかて、子どももいっしょに死にたかったんか?」
「さあ、そりゃ、子どもは死にたくないけど、お母さんが死ぬから仕方なかったんでしょ。」
「仕方ない言うたかて、それはおかしいわ。それやったら、そのお母さん、悪いお母さんや。自分が死にたいんやったら、一人でだまって死ななあかんわ。」

ここまでおっとりと受け答えしていたお母さん、急に真顔になってYちゃんに問いかけました。

「じゃあね、もしもお母さんがひとりで池飛び込んで死ぬいうたら、Yちゃんどうする?」
「ぼくやったらな、やめといて言うて、お母さんの足もって放さんように一生懸命引っ張ってるわ。」
「それでも死ぬいうたら?」
「それは、ハクジョウや。ぼく、けいさつに来てもろて、お母ちゃん死なさんように守ってもらうわ。いのち、大事にせなあかんのやで、ほんまやで。」

Yちゃんは強く強く、そう訴えました。そしてこうも言いました。

「ぼくなあ、その人ら可愛そうや思うけど、なにか変やと思うな。」
「どうして?」
「でもな、病気や年とって死ぬのは仕方ないけど、その人ら、無理して死んでるやろ。無理に死ぬのは変やと思うな。生きなあかん。ぜったいに生きなあかん。生きてたら、きっとええことあるって!」

Yちゃんの激しい訴えは、母親に向けられているばかりでなく、自らにも強く言い聞かせているように思われました。

この母子の会話を通して、幼児は頼りないどころか、ものの見方、突っ込み方の、純粋さ、鋭さ、確かさには、幼児は未熟だ、まだ何も分かってはいない、では済まされないものがあるように思います。むしろ、大人の方が幼児に教えられていると言ってもいいでしょう。

ちようどその頃、Yちゃんのお家の近くから、同じく5才児のMちゃんが通って来ていました。Mちゃんのお母さんは、Yちゃんのお母さんと違って、いかにも教育ママを絵に画いたようなインテリ奥さんです。

当時、「母子の対話」という言葉がはやっていまして、家庭教育上留意すべき要点となっていました。そのせいでしょうか、Mちゃんのお家では毎週日曜日ごとに、お父さんや兄弟をも交えて、母子の対話を発展させた形での「家族の対話」の時間が持たれていました。しかしMちゃんは、これがどうやら苦手らしく、

「日曜日がつまらない」

と、ときどきお友達にこぼしていたようです。お母さんの思惑は、完全に裏目にでていたわけです。わざわざ特別な時間を設けて、
「さあ、これから対話を始めましょう。」では、なんだか格式ばった、堅苦しい雰囲気となって、子どもは対話と聞くたびに、それこそ逃げ出したくなるのでしょう。

一方、先ほどのYちゃんのお家では、対話、対話と力まないのに自然と母子の対話が盛り上がっています。ふだんから、仕事をしているお母さんのそばへYちゃんがすぐににじり寄ってきて、何かとうるさく話しかけるそうです。

いつぞや、Yちゃんのお母さんが、「Yには、いつもやり込められているのですよ。理屈っぽい子なんですかねえ。」と嬉しそうに笑っておられたことがありました。

母親がどの母親もみんな、Yちゃんのお母さんのように、子どもの方から何でも話しかけたくなる、話しやすい雰囲気を持っていていただくと、子どもはもっともっとお母さんにいろんなことを話すに違いありません。

そのなかからお母さんは、わが子のすばらしさや、目に見えないわが子のこころの動きを発見されることでしょう。
 
母親にたいして、必死になって生き抜いてほしいと願うと同時に、自分自身も、未来に向かって強く生きようとするYちゃんの人生観は、かれが幼なければ幼いほど、火の玉の炸裂するような感動を、私にも与えてくれたのです。

山下一郎「遺稿集」より

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