子どもの「表現」─出さなかった一枚の「絵」─

生活発表会も終わって、一学期も残すところわずかとなりました。

子どもたちの演技についてはリハーサル・本番とも拝見しましたが、出来不出来という観点から見れば、それぞれのお子さんにとっては、悲喜こもごも様々な思いが交錯した二日間だったと思います。

発表会当日、保護者のご覧になった舞台裏では様々なドラマがありました。プレッシャーのあまり園庭に走り去ったお子さん、せっかく身につけた衣装を直前になって全部ぬいでしまわれたお子さん。また、リハーサルはばっちりでも、本番は張り切りすぎて力を出し切れなかったり・・・。

あれだけの大人数の前ですから、舞台に立つと誰もが緊張するに違いありません。赤ん坊のころには無頓着だった「緊張感」は、人前で「よく見せたい」という「まじめな表現者」にとっては避けて通れない感情であり、それが子どもの「成長」の証なのです。このことについて、私自身の思い出をお話ししたいと思います。

私は「つきぐみ」の部屋に行くたび、思い出すことがあります。

年長児だった6月のある日、お父さんに絵のプレゼントをしましょう、という一日がありました。子どもたちはお父さんの顔を思い出して、それを絵に描いていくのでした。私は絵が好きでしたし、父親に似顔絵をプレゼントする以上、がんばって描かないといけない、いや、良い絵を描いて喜ばさそう、と思ったのでした。

ところが、「考えすぎて」できあがった絵は、まるで骸骨のように頬のこけた顔でした。すでに描かれた肌色の上に、「修正」を施そうとして描き加えた輪郭の線は、かえって絵を収拾のつかない無惨なものに変えていくだけでした。とうとう自分でも「見るのもいや!」な絵になってしまいました。

しばらくして、「それじゃあ、描いた絵を先生に出してください」という言葉を聞くやいなや、私が取った行動は、つきぐみの部屋の外に出て、絵をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てることでした。他の友達(当時は40人近くいました)はどっと先生に絵を出していましたから、一人くらい部屋の外に出てもわかりませんでした(と私は思いました)。

でも、あの絵はどうなったのかな?先生は何も言われなかったけれど、大丈夫だったのかな?お父さんはプレゼントがもらえないままでよかったのかな?という気持ちのまま、家に帰った気持ちを今も忘れません。(その後、クラスの先生から一切おとがめなしだったことがかえって記憶に鮮明に残ったゆえんと思います。)

お遊戯にせよ、絵画制作にせよ、その「発表」に至る「過程」にはたくさんのドラマ、物語、思い出が詰まっているのです。今の子どもは一つ一つの「結果」の善し悪しにとらわれがちですが、大人としてはそのプロセスを大事に見守ることにより、すなわち、子どもの一生懸命の気持ちそのものを励ますこと!により、子どもの経験は未来の成長につながっていくのだと思います。個々のことは、たとえ親が忘れても、ご本人は一生覚えているかもしれない貴重なエピソードの一つ一つです(私がそうであったように)。そして、悔しさも、喜びも、自分を励ましてくれた大人たちに見守られる中で、やがて将来他人に語ることの出来る懐かしいエピソードへと成長していくのです。

(平成15年7月10日)

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