『ゼロ(0)円札と、むげんだい(無限大)円札―お買い物ごっこレポート』

運動会や遠足など、秋の主な行事が終わって11月の声を聞きますと、がぜん「お山の商店街?」は、お買い物ごっこの準備に追われます。先ずは、学年ごとに先生たちが顔を寄せ合って、「今年は何屋さんになりましよう」の鳩首会議です。その結果今回は、学年ごとのお店やさんのテーマが、年少組―食べ物やさん、年中組―森のおもちゃとゲームやさん、年長組―おもちゃとインテリア小物店、と決定しました。

テーマが決まると、材料集めに子どもたちは勇んで山奥へ向います。木の実、木の枝、木の葉など、手に余るほど運んで来た収穫物が、各お部屋の片隅に山積みされます。ご家庭からは、牛乳パックやペットボトル、トイレットペーパーの芯などの廃品が続々と届けられます。さて、これら盛りだくさんの材料を、いかに本物らしく商品化するか、そこがお細工の腕の見せ所。毎日少しずつの時間を割いた、コツコツと楽しい品物作りの日々が続きます。

大方、商品が出来上がり、お買い物ごっこの当日が近づいてきた頃、最後の仕上げ作業は、財布と、お札と、小銭作りです。日ごろ子どもが手にしたことのない大枚のお札を、自分たちの手で生み出すのです。0ひとつだけのお札、かと思うと、0をお札いっぱいに所せましと描きまくって、「それ、いくらなの?」「むげんだい(無限大)や」。造幣局からお叱りを受けそうな、1億円札、1兆円札が、子どもの魔法の手にかかると、たちどころに続々と刷り上ってしまいます。どの子の顔にも日ごろ味わえない、大人気分のスリルと興奮がいっぱいに広がっていました。

11月29日(木)、いよいよお待ちかねの当日。10時の開店を前に、売り手組は、ゆき組の部屋の中、ブランコの前などを始め、至るところで商品の陳列に大忙しです。めいめい大きな空き袋を持った買い手組は、園庭の石畳のほかクラス毎に決められた場所で、きちんとお坐りをして、準備の状況をわくわくしながら見守っています。

売り手と買い手は途中で交代しますが、その組分けはつぎのようになっています。

前半 売り手―ちゅーりっぷ組とたんぽぽ組の半分。ほし組。つきB 

    買い手―ことり組とたんぽぽ組の半分。ゆき組。つき組A

後半は、前半の売り手が買い手となり、買い手が売り手となるわけです。

10時の笛の合図とともに、買い手はお目当ての売り場目指して突進します。たちまちお買い物広場は、天神さんや弘法さんの縁日そこのけの大賑わいです。 「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。お安くしておきますよ」 どこで覚えてきたのか、堂に入った客寄せの声が飛び交います。

ことしの3才児の売り子さんは、かわいいねじり鉢巻で張り切っていました。買い手に廻ってからでも、お気に入りのねじり鉢巻のままでいたのが、おかしかったです。

年少組の食べ物やさんでは、本物そっくりのおいしそうなプリンが目を引きました。バニラエッセンスの香りが染み込ませてあるといった、芸の細かさです。お家へ持ち帰られた頃には香りは飛んでいたかもしれませんが? このプリンやケーキやピザを売るのに、売り子さんたちが、粋なねじり鉢巻で張り切っているのが可愛かったです。買い手に廻ってからも、お気に入りのねじり鉢巻のままだったのは、お愛嬌でした。

4才児組はゆき組園舎がメイン会場で、中でも4レーンのボーリング場に人気が集まっていました。1レーンに3本のピンが立っています。それを2メートルほど手前からボールを投げて倒すのですが、けっこう3本とも倒すのは難しいようで、子どもも先生も「われこそは!」と、つぎつぎに並んで挑戦していました。 

5才児組で楽しかったのは、紐をずるずると引っ張ると、ボール紙の土の中からさつまいもが顔を出してくるという、いもほり遠足を再現した着想は、アイデア賞ものでした。

ところで、5才児のお店は、何といっても活気が違います。呼び声の大きさ、それらしき気分の出し方、売りさばく手際のよさは、年少・ 年中組とはやはり段違いのようです。自分たちのお店の品物が売り切れますと、自発的に隣のお店の応援に出かけて手伝うといった、チームワークの良さもまた、さすがつき組さんと感心させられました。

そのつき組さんでも、こんな出来事がありました。私が、とあるお店の前に立ちますと、まだ何を買うとも言わない先に、例によって0の多い1枚のお札が目の前にぬっと表れたのです。「これ、なあに?」「お釣です」「ええっ!」その子は品物よりも、お釣りを渡すことに生き甲斐を感じていたのかもしれません。

そんなわけで、どの学年のどのお店にも、素朴な材料を生かした、アイデアいっぱいのたのしい品物がずらりと並んでいて、どれもこれも買いたい買物袋は、たちまちいっぱいに膨れ上がってしまいました。

この日の模様は、ビデオに詳細にわたって記録されました。27分に編集されたビデオテープを見て感じますことは、どの子もとても良い顔をしていることです。園生活の普段でも見られないような、また、お家や、参観日の日など、おそらくお母さんにも見せたことのないような、やわらかで、おだやかで、満足げで、生き生きとした表情です。大人の人の参加しない、子どもたちだけのイベント。子どもたちだけの催しの開放感。そうしたものが、その日のひとりひとりの素晴らしい表情となって表れたのではないでしょうか。

山下一郎「遺稿集」より

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