子どもと遊び――大人の幸福感を照らすもの――

平成16年1月13日

新年あけましておめでとうございます。「新しい一年」と一口に言いますが、幼稚園のお子さま一人一人にとって、一年の長さの持つ意味は本当に大きなものがあると思います。最近でこそスロー・ライフ、スロー・フードという言い方を目にするようになりましたが、当園は開園当時から「スロー」の大事さを護り続けてきたことに今更ながら気がつきます。その象徴といえるのが、「歩いての送り迎え」です。

「ゆっくりでも着実に」自分の力を信じて一歩一歩、歩いていく・・・。世の中どんどん「便利」になりますが、あえて「不便」に挑戦し、本当の「楽しさ」や「喜び」を手にする経験は、子どもだけでなく、大人にも必要なものと思います。このことをご理解の上、本園にお子さまをお預け下さっている保護者の皆様に、改めて感謝申し上げますとともに、そのご期待に少しでもこたえることができるように、今後とも努力を続けてまいる所存です。

さて、昨年4月からの本園の取り組みを振り返りますと、カリキュラムについては、それぞれの先生が、初めてこの幼稚園を見てイメージした保育――この幼稚園だと、ああいう保育もこういう保育もできる!――を大事にして欲しい、と申してまいりました。それは、たとえば、山の緑に包まれた環境で思い切り体を動かすことを意味するかもしれません。しかし、これとあわせて大事なことは、それぞれの先生が自分の子ども時代を振り返り、もっとも幸せを感じた経験は何なのか?このことを思い出し、保育に反映させる姿勢を持つことだろうと思います。

もっとも、このことは、先生一人一人の課題であるとともに、私自身の課題でもあり、また、お子さまを育てておられる保護者の皆さんご自身の課題でもあると言えるかもしれません。このことは、場合によっては「自分がもし子どもに戻ったら、体験してみたいことは何なのか?」という問いにも置き換わるでしょう。毎晩親に本を読んでもらって楽しかったという方は、ご自身のお子さんにもそうされるでしょう。逆に、あまり読んでもらわなかったという方も、ご自身のお子さんにたくさん読んであげることは自分の気持ち一つで可能です。

教育においては、私たちが試行錯誤の結果つかんだ具体的な幸福のイメージがきわめて重要な意味を持っています。逆に、このイメージが希薄であると、「みんな・・・しているからうちも・・・しよう」という発想に陥ってしまいます。この発想がダメなのは、「どの幼稚園も・・・しているからうちの幼稚園も・・・しよう」という発想がダメなのとまったく同様です(笑)。

常に時代は新しく生まれ変わります。私たちが子ども時代にはなかったテレビゲーム一つとりあげても、これとどうつきあえばよいのか?大人はみな悩みます。子どもには自分を取り巻く環境をコントロールする力がない以上、答えを考えないといけないのは大人です。ゲームに限らず、世の中にはたくさんの「幸せ情報」が氾濫しています。それらに惑わされず、自分の心の中に広がる幸せの感覚を手がかりにするのが一番近道であり、手堅いと思います。

ゲームについて言えば、これに夢中になるお子さんは多いようですが、はたしてそのお子さんが親になったとき、自分の子どもにさせたいと願う遊びであるのか、という問いがあります。逆に言えば、私たちが子どもの頃に夢中になった遊びの経験は、どれだけ今の子どもたちに伝えられているのか?という問題もあるわけです。昨年以降、本園が意識的に昔ながらの遊びに取り組むようになった背景には、このような問題意識があり、その結果、「歩いての送り迎え」に相通じる遊びとして、竹馬等の昔ながらの遊びの楽しさを再発見している今日この頃です。

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