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「好きこそ物の上手なれ」という言葉について

山下 太郎

「好きこそ物の上手なれ」という言葉がある。これは誤解されやすい言葉の一つである。現代では個性が偏重され、好きなことを伸ばすことがよいことであるという考えが根強い。その結果、「好きでないこと」は「苦手なこと」として、最初から無駄なこととして平気で切り捨てる。このような風潮が学校教育の現場において見受けられる。

「好きでないこと」を強いる「我慢」は個性を損なうと考え、最初から「好きなこと」に絞って取り組めばよいと考える。だが、その結果は単なる勉強のつまみぐいで終わるケースが多い。事実、最初「好き」だったことにもやがて興味が失せ、「好きなものは何もない」と答える若者が年々増えている。

「好きこそ物の上手なれ」という言葉は真実である。だが、「好きなことだけやっていたら上手になる」という意味では決してない。学校教育において、生徒たちは「好きなこと」だけでなく、「好きでないこと」も含めて忍耐強くやり抜くべきなのである。学校の教科であれ、人間関係であれ、苦手意識を克服して(または経験して)こそ真の自信(または幅広い視野)が身につくからであり、その結果、好きなことも一層好きになり、得意になるからである。「好き」の意識を育てるには、「苦手」意識から逃げない心がけが何より大切なのだ。

富士山も、広い裾野があってこそ、高くかつ安定して見える。普通のビルの構造で、あれだけの高さを実現することは不可能である。言い換えるなら、「好き」とか「得意」というプラスの意識は、「好き嫌い」を問わない経験の「幅」が前提になる。

幼稚園では「なんでも食べる子丈夫な子」と教えている。学校教育においても、教師や親は、最初からある限られた目的を設定することによって、子どもたちの「知的偏食」を助長することがあってはならない。
(2006.11)

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2010年7月2日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:巻頭文

学びは己のためならず

山下太郎

激動する世の中の変化に呼応する形で、よりよい教育を求める議論が年々声高に聞こえてきます。しかし、文部省主導で何か目覚ましい変革が起こることを期待するのでは、いつまでたっても、靴の上から掻くようなもどかしさを感じます。

私は、今すぐ誰にでもできる、教育をよくする道があると思います。その第一歩は、各自が――老いも若きも――「自分をよりよく変えていこう!」とする「学び」の決意をもつことです。かねてから申していますとおり、受験勉強偏重は、合格と共に「学び」がストップする弊害が懸念されます。しかし、それを批判する大人も――むろんこの私も含めて――、忙しさを口実として「学び」を停滞させているおそれがないでしょうか。

言うまでもなく、「学び」は教室の中だけにとどまるものではありません。教科の学習だけがその対象になるのでもありません。大学の創始者プラトンは、「善く生きる」ことの意味を終生問い続けました。生きる意味を様々な形で「学び」、それを咀嚼した上で自ら考えることの大切さは、生涯変わらぬもののはずです。この努力を停滞させるなら、無意識のうちにも他人の意見をうのみにし、「比較」の中でしか己の価値を見出せない――裏返せば自分には価値がないと卑下してしまう――悲劇もおこりえます。言い換えますと、「みんなが・・・するから自分も・・・する(しなければならない)」と考える癖がつくと、自分の生きる意味を見出せなくなります。

私が上で述べた「学びの決意」とは、「(他人はどう言おうと)自分はこうしたい、こう生きたい」という強い決意をもつことが前提になります。その強い思いがあれば、どのような困難にも耐えて知識を獲得することができるのです。さらには、自分を高みに導く書物や人との対話も、すべてが乾いた砂地に水がしみこむように、ぐんぐんと吸収され、自らの成長の糧となるのです。

このような「学び」の意識をもつ者同士は、年齢に関係なく、互いによい影響を与え合い、切磋琢磨できるのだと思います。逆に、師弟においても、親子においても、友人の間においても、誰かが「学び」の気持ちを放棄したら、そこによい関係は結べません。人として生まれ、自らを「理想」に近づける努力の一歩一歩。誰に命令されるわけでなく、強いて言えば、自分で自分に命令することによって進んでいく、そのような自立的な生き方に、老いも若きも区別はありません。

たとえ本人は暗中模索の日々であっても、努力する真摯な姿勢とその実践は他者に勇気と希望を与えます。つまり「学びは己のためならず」ということです。「努力の社会化」と言い換えてもよいと思います。個々の努力は目に見えない糸でしっかりつながっているのです。

誰もが人生という山道の登山者であり、それは椅子取りゲームとは本質的に違います。山道を行き交う人が自然に声を掛け合い、山頂を目指すように、私たちは、一歩一歩目の前の道を登っていきたいと思います。すでに先人のつけてくれた山道、さらには山そのものの存在に感謝しつつ。
(2008.3)

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2010年7月2日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:巻頭文

善きことは

タイトルのフレーズは「カタツムリの速度で動く」と続きます。マハトマ・ガンジーの言葉です。ゆっくり着実に進むカタツムリを見ているといろいろなことを考えさせられます。一茶は「かたつぶりそろそろ登れ富士の山」と詠みました。諸説ありますが、カタツムリの時速は人間のおよそ1000分の1だそうです。カタツムリの「速度」でも、「時間」を味方につければ富士山登頂は計算上可能です(そんなカタツムリはいませんが)。これに関連し、「塵も積もれば山となる」や「点滴巌もうがつ」といった格言を思い浮かべることもできます。

たしかに「距離=速度×時間」の公式を用いれば、何だってできそうな気になってきます。ただし、「速度」をゼロにしない限りは。「三日坊主」という言葉があるように、人間にとってこの速度を一定に保つことはじつに難しいことです。勉強の成果は、この公式といかにつきあうかにかかっている、と言い換えることもできます。一定の成果を上げるのに、細く長くいくのか、一気呵成にいくのか。もとより正解はありません。ただ「努力は裏切らない」ということは、この公式から導ける真実だと思います。

しかし、と思うのです。人生の諸問題はこの単純な「速度の公式」だけで解決できるものではないのだ、と。こう言うと「そんなことはわかっている」と誰もが言いますが、私は一歩進めて、この公式が人間の根深い先入観を形成している事実に目を向けたいと思います。

たとえば「子どもは大人の父である」というワーズワースの言葉があります。「年齢を重ねるほど人間は大人になっていく」というのは私たちの「常識」ですが、その考え方がすべてではないことをこの言葉は教えてくれます。たしかに経験の多寡で言えば、年を重ねるほど経験の絶対量は「多い」ということになります。これは「速度」の公式から簡単に導ける事実です。では、経験の「質」はどうでしょう。質と言ってあいまいなら、「心のときめき」や「感動」はどうでしょうか。幼児に軍配が上がるとしたら、これはどういうことでしょうか。

現実的な例をあげます。学校のクラス担任に関して、経験年数の多い少ないが「指導の質」とどう関わるのか、という問題はよく耳にします。私は「経験」×「年数」の結果がすべてを決定するものではないと考えます。このことは子どもを育てた母親なら誰もが知っている事実です(しかし忘れます)。たとえば三人の子どもがいるとします。母親の「経験」×「年数」の計算で言えば、3人目の子どもは1人目の子どもより条件的に「有利」ということになりますが、本当にそうなのでしょうか。むろん有利も不利もありません。単純な「速度の公式」を超越したところに大切な「何か」があると思われるからです。

「速度の公式」はカタツムリにも適用できますが、人間にあってカタツムリにないもの、それは夢や理想を見る力です。この心の輝きが情熱となって人間を富士登山にも駆り立てるのです。実際、人間以外の動物で「登山」する生き物はいるでしょうか。世の中には様々な人間がいます。様々な人間に様々な夢があり、それが人間社会を形作っています。誰にもその人なりの「富士山」がそびえ立ち、その登頂を志す自由があります。この志に老若男女は関係ありません。

先に示唆したように、子どもを立派に育てたいという思いは、学校の先生であれ、子育てをするお母さんであれ、経験年数とは別次元の問題だということです。同じ原理で、学校教育の現場で、教える者が学ぶ者を尊敬することがありえますし、家庭でも、親が子から学ぶケースはいくらでもあるわけです。

このように考えた上で、再びガンジーの言葉に戻ります。ガンジーの言葉の主語は何であったか。「善きこと」とあります。何が善きことであり、尊ぶべきことなのでしょうか。先に「理想」や「志」という言葉を使いました。確かにある時点で「志」の輝きを比べれば、大人も子どもも違いはないということは言えるかもしれません。しかし、子どもになくて大人に<あるはずのもの>、それは何でしょうか。私は「理想を見失うことなくひたむきに努力を重ねる年月の蓄積」だと考えます。

この<あるはずのもの>が本当に自分の中にあると言えるかどうか、その自省を促す点でガンジーの言葉には深い含蓄があります。子どもは子どもの父(導き手)にはなれません。真摯に努力する大人にとって、手本やヒントになることはあったとしても。現実社会で、一歩一歩夢や理想(「善きこと」)に向かって歩み続ける大人の姿こそ、同じく理想を追求する(可能性を持つ)子どもの真の導き手となるのです。たとえ、その歩みが遅々としてカタツムリの速度と揶揄されるにせよ。
(2009.6)

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2010年7月2日 | コメント/トラックバック(0) |

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教えることは学ぶことである

Dum docent discunt.(人は教える間、学んでいる)というラテン語があります。英語では、To teach is to learn.(教えることは学ぶこと)と言われます。子どもたちに、あるいは学生に教える仕事を少しでもすれば、誰もがこの言葉に共感できると思います。

自分は教えるのではなく学ぶ立場だと思っている人は、友人関係の中でこの言葉の意味を考えてみてもよいでしょう。

友だちに何かを教えて喜ばれると嬉しいものです。少しでも丁寧に説明しようとして、無意識のうちに真剣に言葉を選びます。その結果、相手にとってはもちろん、自分にとっても新しい言葉の発見が得られたり、逆に知識の不足に気づいたり・・・。いずれにしても、自分にとっての「学び」につながります。

一方、子を持つ親にとっても、表題の言葉は意味を持ちます。子どもの教育を通じて親も成長すると言われますし、事実そうだと思います。子育てを通し、親は人間としての己を見つめ、自分が大切に思う価値を再評価する機会を得ます。

「教える」という言葉を使うとどうしても学校の教育を連想しますが、今述べたように、自分が大事だと思うことを他人に「伝える」という意味でとらえるなら、日常の至るところで「教え、学ぶ」関係は見られます。

これは、いわばアウトプットとインプットの関係です。息をしっかり吐ききるとしっかり吸い込むことができるように、蓄えた知識や知見を外に出しアウトプットすればするほど、逆に学ぶ力、すなわちインプットの力も大きくなります。

学んだことを他者に伝える方法にはいろいろありますが、私は「話すこと」だけでなく、「書くこと」に注目したいと思います。「話すこと」の意義は言うまでもないのですが、自分を高めてくれるよい話し相手がいつも見つかるとは限りません。それに対し、「書くこと」は、自分自身がいつでも「読み手」になれるという利点を持ちます。

例えば、授業であれ、読書であれ、他者から学んだ内容を自分の言葉で要約し、意見や感想をそこに書き加えます。この言葉の記録は、日を置いて読み返すことができます。つまり、文字を仲立ちとして「書き手」の自分は「読み手」の自分を「教えること」が可能となります。言うなれば、「教え、学ぶ」関係が自分の中で実現するわけです。

文章を何度も練り直すことを「推敲」と言いますが、人は真面目な表現者であるかぎり、よりよい表現を求め、四苦八苦するものです。言い換えれば、「書き手」の自分は「読み手」の自分の美意識を満足させようと懸命になることができます。同様に、人は真摯な「学び手」であるかぎり、「教え手」としての自分に無数の問いを発します。知的好奇心が健全に輝く人ほど、曖昧な答えに納得したり、簡単にわかったふりをすることはありません。

では、このような独学のスタイルが理想的な学びを保証するのでしょうか。私はそうは思いません。今述べたのは、学びの下地としては立派ですが、独善に陥る危険と紙一重です。『論語』の冒頭には「朋遠方より来る、また楽しからずや」とあります。私は、向学心のある「学び手」同士が集い、互いに「教え、学び」あえるなら、それに勝る環境はないと考えます。実際そのような場では、先生も生徒も、出会った者同士が互いに切磋琢磨し、高みを目指して努力することができるでしょう。
山の学校はいつもそういう場所でありたい、と願っています。
(2009.11)

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考えること、学ぶこと

山下太郎

 『論語』に「学びて思わざれば即ち罔し。思いて学ばざれば即ち殆し」という言葉があります。知識を丁寧に学ぶことも、それを用いて自分の思索の世界を深めることも、ともに大切です。知識の習得は、スポーツの練習同様「繰り返し」取り組むことで「できる」ことが増え、自信がわいてきます。暗記や暗唱、徹底した問題演習はしんどいことのようですが、コツがわかると「楽しい」ことに変わります。

一方、「考える」力はどうすれば身につくのでしょうか。この問いに簡単に答えることは出来ませんが、知識が増えると考える力も増していく、とは限らない点が興味深く思われます。現京大総長によれば、「今の学生は伸びきったゴム」なのだそうです(「文藝春秋」2010年2月号)。個々に反論の余地はあると思いますが、教授陣の目から見て、今の学生は総体に考える力が脆弱であるとみなされていることは憂慮すべきことです。

ゴムが「考える力」や「好奇心」を意味するとして、その弾力を強化するには必ずしも暗記や問題演習が有効とは限りません。むしろ阻害する可能性も考慮すべきです。知識や解法を暗記すると一時的に点数が伸びます。点数が伸びることは素晴らしいことですが、それだけを目的にすると、得点に結びつかない取り組みの一切を「無駄なもの」として遠ざける傾向が出てきます。その結果好奇心が弱まり、考える力もねばりを失います。

好奇心を守るにはあえて「無駄なもの」に目を向ける必要があります。とりわけ「遊び」と「読書」に注目したいと思います。数値にして比較できませんが、子どもたちの「遊び」や「読書」の体験は、年々減少傾向にあるのではないでしょうか。

一見「学び」に直結しない「遊び」の体験は感受性や知的好奇心を刺激します。「山の学校」の小学生の取り組みは、科目を問わず「遊び」の要素がふんだんに盛り込まれていますが、その狙いの一つは、仲間意識を育て、考える力の基礎を育てることにあります。

一方、「読書」についても、感受性と思考力を磨く上でこの上なく有効です。ただし、気晴らしに読むのでなく、問題意識を高めるには、読み書きの正確な訓練が不可欠です(今の日本の教育ではこの訓練が致命的に欠如しています)。「山の学校」の中学・高校生の「ことば」のクラスを例にとると、一冊の本を最初から最後まで読み切ります(古典と呼ばれる作品やプラトンやアリストテレスの哲学書も含みます)。内容を正確に理解するため、本の内容についてクラスで意見を交わし、各自で論点を見つけた後は、自分の考えを文章にまとめます。講師がそれを丁寧に添削するのは言うまでもありません。

時代がどのように変化しても「本当に大切なもの」は変わりません。人が生涯にわたり自ら学び、自ら考えるために、私たちはこれからも「考えること、学ぶこと」の基本を見つめ続けたいと思います。

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山の学校の学びをめぐって──古典をめぐる随想──

山下太郎

日ごろ園児たち(年長児)に俳句を教えていて実感することは、子どもは古典が好きだということである。二週間に一句のペースで芭蕉や蕪村、一茶の俳句を紹介し、全員で復唱する。正座し、黙想するところから俳句の時間は始まる。初代園長(祖父)から続く本園の伝統的スタイルである(今年で61年目)。私も園児と一緒に黙想し、俳句の言葉を声に出しているとじつに清々しい気持ちになる。

新しい俳句を紹介するときは、それ以前の俳句を復習してから行うので、園児たちは年間を通じてかなりの数の俳句を覚えることになる。やがて見よう見まねで自作の俳句を作る者も現れるが、その作品を皆の前で紹介すると、「ぼくも」、「わたしも」と新たな「俳句」が集まってくる。「守・破・離」という言葉があるが、繰り返し「型」に親しめば、おのずと「型」を破る力もわいてくる。

古典は「試験」や「評価」とからめない限り、申し分のない教材だと思う。内容がわからなくてもよい。子どもたちは何度も音読するうちにすぐに暗唱できるようになる。「子守唄」がそうであるように、断片でも古典を覚えていることは、大人になって初めてその懐かしさ、ありがたみに気づくのである。

暗唱について付言すると、テストのために暗唱しなければならないというのと、気がつけば覚えていたというのとでは、古典に対する印象に雲泥の相違がある。実際のところ、暗唱に耐えるものだけが古典として継承されている。私たちが古典と聞いて「堅苦しい」という印象を持つのは教え方(学び方)に問題があった証拠である。古典は教えないといけないものではなく、教えずにいられないものである。子どもの頃、古典を学んでありがたかったという感謝の思い出が、私たちをこの伝統の継承へと駆り立てる。古典教育とは、世代を超えた感動・感謝のタスキリレーといってよい。

このリレーに関していえば、イニシアチブは大人の側にある。大人が古典への尊敬を失えば一巻の終わりである。逆に大人がその気持ちを失わない限り、子どもが古典を学ぶチャンスは守られる。残念ながら、今はそのチャンスが年々失われつつある。感動、感謝、尊敬。これらはルールの縛りによって保持される性質のものではなく、頼みの綱は一人一人の大人の自覚である。いつの頃からか子守歌は聞かれなくなり、TVやビデオが本の読み聞かせに代わってしまった。「そういう時代だから(仕方がない)」と考えるのか、「そういう時代だからこそ(守りたい)」と思うのか。

ちなみに「そういう時代」に人は自分の足で歩かなくなる。合理的な意味付けがなければ人は納得して歩こうとしない。どこまでも利便を求める大人の社会は、無意識のうちに子どもたちから「歩行」の機会を奪っていく。やがて幼児の頃から機械仕掛けの移動装置を利用する(させられる)時代がくるだろう。その機械は転倒や衝突、あらゆる危険を回避できるよう精妙にプログラムされ、TVやビデオ並みに普及する。それを文明の進歩と呼び、歓迎してよいのだろうか。そこに山がある限り、自分の足で登ろうと決意し、一歩一歩山頂を目指す人間はこれから減る一方なのだろうか。

登山同様、古典の学びは、我々の精神を試し、鍛える。子どもは自分ひとりの意志で山登りを始めることはない。はじめのきっかけは必ず大人が与える。幼い頃に山登りに親しんだ者は、親になるとわが子を山に誘い、その子も山登りに親しんでいく。こうして山道は守られ、未来に継承されていく。山中に人の歩ける道が存在するという事実は驚嘆すべきことである。同様に、二千数百年の時を超えて目の前の古典作品を読むことのできる状況もほとんど奇跡と呼ぶに値する。無数の人間が山道を歩き続けることによって道が守られるように、古典も無数の人々に読まれることによって未来に引き継がれていく。さらに、大人が自らの「学びの子守唄」──めいめいの学びの恩──を思い出し、精一杯自分の声でそれを奏でるという本来の教育の営みについても同じことがいえる。

山の学校の取り組みに独自性があるとすれば、このような人間本来の学びを大事にする点にある。すなわち、テキストとしての古典に正面から取り組むだけでなく、年齢を問わず、学びのジャンルを問わず、人間らしい学びのありようをいつも手探りで確かめながら、教える側も学ぶ側も一緒になって山道を登っていく。

同じ山道でも山頂を目指してタイムを競わされるのでは、それを「山登り」とは呼ばない。受験のため、強いられて学ぶことを本来の学びと呼ばないのと同様に。数値による「評価」の一切は、人生の大事なものの値打ちを正しく示すことはできない。あの山は標高何メートルだから登る価値があり、何メートル以下だと登る値打ちがない、というものだろうか。何時間以内に登頂したら褒められ、遠回りをし、時間をかけて山頂に着くことは無意味なことだと叱られるのか。山の頂に到達するという「結果」だけに価値があるのなら、歩いて山道を登るのは時代遅れである。世間の「常識」が耳打ちする、これからの時代は、ロープウェイ、ドライブウェイを利用すべきである、なぜなら、その方が効率的だからである、云々と。

だが、人間はいつの時代にも自分の足で山に登ることに喜びを見出すものである。実際人間以外で山登りを楽しむ生き物はあるのだろうか。急がず、あわてず、自分で決めた道を自分の足で歩く。それが本来の学びの山道を登るやり方である。そのようにしてこの山道は守られてきたし、未来に伝えられていく。こうして人間の文化が継承されていく。

「点数で競わせない」教育はけっして楽な選択ではない。競争と称しつつ、やっていることは同じ答えを生徒に鵜呑みにさせるやり方のほうがマニュアル通りにやれる。だが、そうやってせっせと詰め込んだ内容にどれだけの普遍性があるのだろう。皮肉ないい方をすれば、現代日本の「古典」とは「入試問題のデータベースとその正解」であるかのようだ。これもまた「ガラパゴス化」の一例といえないか。

人はけっして――「そんなことではよい学校に入れない」などと――恐怖に駆られて学ぶようにはできていない。古典にふれるとき、本来の学びにふれるとき、人は感動・感謝・尊敬の気持ちで学ぶことができる。それはけっして楽な道ではないが、学ぶ道への信頼と学ぶことの充足感が生涯心の支えとなるだろう。

末尾に当たり、私たちの活動の一部について、今回も「クラスだより」として、読者諸氏にご一読いただけることを何よりありがたく思う。なお、山の学校のブログには、克明なクラスだよりが日々蓄積されているので、興味を持たれた方はぜひご覧頂きたい。
(2010.6)

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2010年7月2日 | コメント/トラックバック(0) |

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京都大学広報誌 「寸言」(2007.3)所収:学びの山道を照らすもの――自由人の教育を求めて

私は、京大文学部で助手として4年間、京都工芸繊維大学では講師、助教授として8年間、よき恩師とよき同僚に恵まれて、充実した研究生活を過ごすことができた(専門は西洋古典文学)。過去形で書いたのにはわけがあって、じつは4年前、家業を継ぐために大学の研究職から幼稚園の世界に飛び込んだのである。

この世界、なかなか面白い。こちらの接し方一つで、子どもたちはぐんぐん成長し変化する。たとえば「歩く」という切り口。当園は北白川山の上にあり、200段近い石段を歩いて登るしかアクセス方法はない。雨の日も雪の日も、園児らは毎朝5つの集合場所(半径一キロ四方)から、先生に引率されて元気に山道を登ってくる。歩くことから一日の活動が始まるのである。小さい積み重ねでも、3年間に見られる心身の成長はじつに大きい。歩く中で会話もはずむし、年下の子を優しく守ることも学ぶ。

子どもはまた、「本物」に敏感である。これも創立以来の伝統で、当園では園長が年長児に俳句を教えることになっている。全員が正座し、黙想することから俳句の時間は始まる。芭蕉や蕪村、一茶の俳句をただ繰り返し暗唱する。一句、一句、自分の耳を頼りに暗記しなければ、何も始まらない。新しい俳句を紹介するときの子どもの顔は真剣そのものである。俳句のリズムに慣れるにつれ、今度は自作の俳句を作ることに喜びを見出す。知識として学校教育の先取りをさせるのではない。子どもたちの知的好奇心を満たし、真摯に学ぶ姿勢を教える上で俳句は有効なのである。

さて、私は園長就任とともに、学校法人の一部門として、小学生以上を対象とした「山の学校」を立ち上げた。知を愛する心(ピロソピア)を分かち合い、人間的教養(フーマニタース)を重んじる学びの場を創設したい、この一心からであった。例えば、小、中、高生は、国語の教科書代わりにプラトーンやアリストテレースの作品を読み、講師と議論を交わす。大人向けには、キケローやウェルギリウスのラテン語を読み解くクラスもある。言うなれば、真の意味でのリベラル・アーツを復活させたいのである。ラテン語のクラスについて言えば、片道3時間かけて通う社会人もいるし、今までしっかり文法を学べなかったことが心残りだったと学習動機を打ち明ける大学教授もいる。政治家を目ざし、キケローのレトリックをじかに学びたいと真剣に訴える京大生も通ってくる。つまり、大人も子どもも無心になって学ぶ場がここにはある。

ところで、今ふれたリベラル・アーツに込められた本来の意味は何であったのか。この言葉は一般に「自由人に相応しい教養」と訳されるが、リベラルの語源に当たるラテン語の形容詞形はリーベリーである。日本語に直訳すれば「自由人」という意味になるが、この語は同時に「子ども」の意味をあわせ持つ。古代のローマ人は何にもとらわれない自由な心を子どもの姿に見出した。学問に志す者は、無垢な子どもの様にひたむきに勉学に勤しむべきなのである。

そもそも、大学はなぜユニバーシティと呼ばれるのか。ユニとはラテン語で「一」のことであり、「学問の山頂」、すなわち唯一絶対の「真理」を象徴している。この山はどの入り口から頂上を目指してもよい。事実、大学にはたくさんの登り口(学部学科)が用意されている。しかし、ここが一番重要であるが、「人間はこの真理を手に入れることはできない」というのが古代ギリシア以来の約束事である。だからこそ、人は真理の探究に生涯をかけて情熱を燃やすことができるのである。

「自由人」は利を求めてこの「学びの山」を登ることをしないだろう。「真理」の探求に情熱を注ぐ者こそ「自由人」と呼ばれるに相応しい。私見を述べれば、息をひそめて昆虫を真剣に見つめる子どもの眼は、まさに「自由人」のそれである。日本の未来を考えるとき幼児教育の果たす役割は大きいと言われるが、その重要性を認識するには現場に立つにしくはない。私の目には、子どもたちの好奇心の輝きが、とりわけ「学びの山道」を登るエクセンプルム(手本)として、ひときわ大きく尊く見えるのである。

山下太郎 (学校法人北白川学園理事長,昭和60年文学部卒)

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カテゴリー:ごあいさつ

「三つ子の魂百まで」をめぐって――深く考え、豊かに感じるために――

山下太郎

『星の王子様』(サン=テグジュペリ)を持ち出すまでもなく、常識や先入観にとらわれると、幼いころには当たり前に持っていた好奇心を失う恐れがあります。空はなぜ青いのか?雲はなぜ落ちてこないのか?風はどうして吹くのか?誰もが一度は考えたことのある疑問だと思います。でも、これに対し、常識が耳打ちします。「そんなことを考えてどうするのか?」と。アインシュタインは「聖なる好奇心を失うな」(never lose a holy curiosity)と喝破しましたが、好奇心は常識の前ではあまりに非力です。

ここで、学校教育に目を移すと、試験で出題される内容はすべて正解のある「常識」ばかりです。試験の結果を見れば、どれだけ「常識」を知っているかの参考になるかもしれませんが、一人一人がどれだけ「好奇心」を輝かせているのかは誰にもわかりません。しかし、実際に大学や社会で試され求められるのは、そんな「常識」のバロメータでしょうか、それとも「好奇心」(とそれに付随する向上心)の輝きでしょうか。私は後者だと考えます。もちろん、人によって答えは様々でしょう。しかし、「好奇心」を否定する意見は少数派だと思います。また、そうあってほしいものです。であれば、なぜ大人は(最近は子どもも?)繰り返し口にするのでしょう、「そんなことを考えてどうするの?」と。

司馬遼太郎氏は、中学校時代、英語が嫌いでした。授業中に「ニューヨークとはどういう意味ですか?」と先生に尋ねたら、「そんなばかな質問をするな」と叱られたからだとか。むろん司馬氏は、「New York =ニューヨーク」といった単なる言葉の言い換えではなく、ニューヨークを「新しいヨーク」と訳して初めて気づく言葉の歴史に興味を持ち、上の質問をしたわけです。図書館に足を運び、この地名の由来を調べていくうちに司馬氏は確信します。「知識は教師に与えられるものではなく、自分で調べて獲得するものだ」と。

言うまでもなく、この確信を支える根っこには、司馬氏の強い「好奇心」があったわけです。あふれる好奇心は強力な磁石のように知識を束ね、創造に結びつけるでしょう。逆に、「好奇心」を欠いたままその場しのぎの「知識」をいくら詰め込んでも、それだけでは創造は生まれません。

ではこの大切な好奇心をどうやって育てればよいのでしょうか。私は好奇心は育てるものではなく、守るものだと思います。子ども時代に好奇心に輝いていない子は一人もいません。その好奇心が輝きを失わないために、周囲の大人がこれを尊重するのか、常識をふりかざすのか。子どもが何かを問うたとき、すぐに答えを教えることがよいとは限りません。そんなときには、「よし、いっしょに考えてみよう」とじっくりそばに寄り添うことが大切です。そうすれば、子どもたちは時間をかけてものを考えるようになるでしょう。

最後に、表題の「三つ子の魂百まで」について一言。この表現は、辞書的には「三つ子の魂<は>百まで」と読むべきですが、私は本文の趣旨に即し、「三つ子の魂<を>百まで」と読み替えたいと思います。そして「三つ子の魂」とは人間の尊い「好奇心」そのものである、と。願わくは、世の子どもたちが、いつまでもあふれる好奇心を輝かせ、言葉や数字の精妙な配列にも自然の息遣いにも心を動かし、深く考えることと豊かに感じることの喜びを生涯の友としますように。
(2009.3)

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カテゴリー:巻頭文

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