May 14, 2006

学習記録表

山下です。
4月から全体に導入した「学習記録表」ですが、それを見ると、生徒の勉強に対する姿勢がよく伝わってきます。

本人も意識していないところで大事な情報を伝えているので、1年、2年先に振り返ると、自分の成長の跡が感じられたり、当時の自分のひたむきさによって逆に励まされたりするのだと思います。

生徒たちは、勉強というもっとも関心の高いテーマに沿って、密度の濃い「自画像」を書き記しているように感じています。

イラストつきの記録表もあったりして、読んでコメントを書くのも楽しい作業です。

Posted by at 09:40 AM | Comments (0)

April 09, 2006

心機一転

山下です。

山の学校の部屋の机、いす、床の間、看板などが一新されました(^^)

カウンターのノートも本日無線でランにつながるようにしました。今、テストを兼ねて書き込んでいます。授業の合間に、授業の記録などをアップするなんてこともできます>講師の先生方。

Posted by at 01:20 PM | Comments (0)

March 01, 2006

もうすぐ梅のかおり

竹馬や・・・の俳句を検索すると、このブログの過去のエントリーがヒットしました。

あと10日ほどで梅の香りがただようのでしょうね。はやいですね。

Posted by at 07:25 PM | Comments (0)

February 24, 2006

3月まぢか

二月は「にげる」といいます。気がつくと来週はもう3月です。

sora.jpg
(春を思わせる青空も広がって・・・)

Posted by at 06:26 PM | Comments (0)

February 23, 2006

寄贈感謝

前川先生が書かれたエントリーに、ラテン語図書のことが出ていましたが、この本は全部前川先生に寄贈いただいたものです。ありがとうございます。

図書室ができたらいいのですが、スペースの確保はまだ少し難しいかな。

私の本は、書き込みだらけなので、寄贈するのが気恥ずかしい気がします。また、いずれ折を見て。

Posted by at 11:39 AM | Comments (0)

February 22, 2006

漢字検定

英語検定も大事ですが、この時代は漢字検定も大事ですね。
準1級、1級くらいを目指さねばと思う今日この頃です。
さっそく参考書を買ってきました(^ ^ )。
さてどうなることやら。

Posted by at 12:16 AM | Comments (0)

February 06, 2006

幼稚園から小学校にかけて

山下です。

幼稚園で学ぶことと、小学校で学ぶことの双方に共通する原理について、また親としてどのように、子どもたちを応援するのがよいか、「園長便り」に具体的にかきました。

Posted by at 09:55 PM | Comments (0)

先週の授業を振り返る

山下です。

火曜日は「ことば」がありました。「ことろのばんば」を読みました。表紙の絵が怖い感じがして、3冊読む本の候補があったのですが、満場一致で「ことろのばんば」を読むことに決定しました。

このごろ小学校のように「起立、礼」の号令を当番を決めてやってもらっています。

木曜日の中3英語では、過去の入試問題をやってもらっています。まだどうしても凡ミスが出るので、気持ちを落ち着けてミスを減らすよう気をつけています。これを機会に、長文をできるだけたくさん読みたいと思います。

金曜日は『牧歌』を読みました。42行までです。次回の予習の便宜を考えて、最終行まで簡単にポイントを駆け足で説明しました。

Posted by at 04:39 PM | Comments (0)

January 23, 2006

本立ちて道生ず

センター試験の問題を見て、基本的な事柄が問われていることを再認識しました。

受験生の数は60万人とも言われていますが、進学校でない学校に通っている人が大半なのでしょう。

現役生の場合、なんといっても学校にいる時間が長いわけですが、授業をなおざりにしている生徒は少なくないように思います。

以下覚え書き。

生徒は学校の授業の予習復習をまじめにやるべし。

受験勉強の基本はこれにつきる。

学校の勉強を馬鹿にする態度で成功はない。

どの高校の教科書も重要なことは漏らさず書いている。

先生や校風やその他、自分を取り巻く環境は上を見たらきりがないわけだが、それがすべて満たされたとて、勉強しない者はどの道しない。

勉強しているように見えて、いたずらに背伸びした勉強ばかりしても空回りに終わる。

センターでよい成績をとることは確かに重要である。

こつは、学校の授業時間を大事にすること、つまりは、予習、復習を歯磨きのように習慣化すること。

とくに英語と数学は予習、復習を怠っておいて、どこで勉強するというのか?

教科書を馬鹿にすると、教科書に準拠した問題(つまりは基本的な問題)で痛い目に遭う。

周りが変わることを、周りを変えることを期待するのではなく、自分を変えるのが一番大事。

高校生は学年が上がるほど、覚えている単語の数は増える傾向があるが、逆に高校入試の問題を抜き打ちで解かせると、正解率が下がる傾向をもっている。

予習がうまくいかないのは、案外中学時代に原因があるのかもしれない。(実は大半がこれ。)

数学が苦手な者は、教科書の例題が理解できていないことが多い。

そこからやればよい。

虚栄心を捨てる多少の勇気が必要なことであるが。

Posted by at 04:26 PM | Comments (0)

January 03, 2006

一心不乱

「事をなすには一心不乱でありたい」という言葉を松下幸之助氏の文章で見つけました。賢い人は行動するより考えてしまう。失敗のリスクを計算したり・・・要はやらない理由をあれこれ数え上げてしまう。

しかし、一心不乱でありたい、と。受験勉強も社会の仕事も原理は同じですね。


人が見ればつまらないと思われるような仕事にも<馬鹿の一つ覚え>と言われるぐらいに全身全霊を打ち込む人がいる。この姿は全く尊く、見ていても頭が下がる。

仕事に成功するかしないかは、第二のこと。要は、仕事に没入することである。批判はあとでよい、とにかく一心不乱になることだ。こうした努力は必ず実を結ぶのだ。そこからものが生まれずして、いったいどこから生まれよう。

Posted by at 10:50 AM | Comments (0)

December 21, 2005

漢字検定合格

小学校のCちゃんが漢字検定4級に合格されました。おめでとうございます。漢字は大事ですね。小学校時代の勉強は、漢字と算数の計算に明け暮れたらそれでよいようにも思います。

Posted by at 09:29 PM | Comments (2)

December 19, 2005

スタイルシートを変更しました

以前予告していたとおり、スタイルシートを変えました。ブラウザによっては以前のフォントが小さすぎたこと、3段組は解像度の異なるマシンで見え方に大きくばらつきがあるので、無難な2段組に戻しました。

Posted by at 04:58 PM | Comments (0)

December 01, 2005

スタイル変更

このブログの文字が目につらくなってきたので、近々新しいデザインに移行するかもしれません。

Posted by at 10:47 PM | Comments (0)

November 28, 2005

教養としての漢文

漢文は、学校教育ではもう廃れつつある存在のようです。
漢文の時間が英語に振り分けられているような勢いでしょうか…。

まあそれも時代の流れといえばそうなのでしょうけれども、
日本文化のまちがいない一部分である漢文(古典中国語とは
また違いますので)を、教養という形ででも学ぶことは
大切だと思います。

さすがに今でも、漢文を学ぶ機会は比較的市井にあるようですね。

Posted by at 12:47 PM | Comments (11)

November 23, 2005

守・破・離

知人からこんな話を聞きました:
---
剣道(に限らないかもしれませんが)において「守・破・離」 という言葉があります。
「守」は「師の教えを守り、忠実に基本を体に染み込ませること」
「破」は「基本を踏まえたうえで、自分なりのものを見つけてゆくこと」
「離」は「師、仲間から教えられる立場から離れ、誰かに教えられるようになっていくこと」
---
勉強も同じではないかと思います。小・中・高校の勉強は、「守」でしょう。
大学で「破」となり、大学院以上で「離」となるように思います。
まずは「守」をきっちり行うことが、「破」「離」の基礎になることは
間違いありません。

Posted by at 08:57 AM | Comments (4)

November 21, 2005

今日の夕焼け

山下です。

今日は夕焼けがきれいでした。夕日の沈む位置がだいぶ南になりました。

明日もよい一日でありますように。

05_11_21 026.jpg

Posted by at 09:05 PM | Comments (0)

November 16, 2005

「はじめて学ぶ西洋思想」

山下です。

タイトルの本がミネルヴァ書房から発売されました。

中学、高校生にぜひ読んでいただきたい内容だと思いました。

漢字だらけの概説書のイメージはふっとぶと思います。

中学・高校生が質問しそうな人生や世界についての質問がQとなり、そのAに当たる部分を紹介している哲学者の文献から引用してあり、さらに執筆者がその引用文の補足を行っています。

キケローの紹介もあるのが◎です(笑)。

「生涯と思想」の冒頭には、

「・・・しかし欧米においてはそうではなくて、キケローは「知ってて当然」にランクされるビッグネームなのだということをまず知っていてほしい。」とあり、思わず快哉を叫びたくなります。

思えば・・・。「神々の本性について」を訳したころ、大学の新年会で「キケロー?キロロなら知ってますがなぁ(あはは・・)」と一笑に付した先生もいらっしゃいましたが。(当時キロロの曲が流行っていた)

フランス人の先生とジョイントで授業することが当時あり、200人くらいの学生を前に「キケローを知っている人?」と聞くとゼロ。その結果に、その先生は目を丸くして驚いていたのが忘れられません。

私はお返しに?「ファーブルを知っている人?」と聞くとほぼ全員が手を挙げたのに二度びっくり。

フランスでは、小学生でもキケロー(シセロン)の名は有名。大学生なら知らない者はいない、とのこと。一方、ファーブルは自分も知らなかったそうです。

はじめて学ぶ西洋思想―思想家たちとの対話
村松 茂美 長友 敬一 小泉 尚樹
4623041522

Posted by at 03:04 PM | Comments (7)

November 07, 2005

山びこ通信11月号間近

山下です。

明日「山の学校」の子どもたちに持って帰っていただけるよう、今がんばって原稿を書いています。

言いたいことがありすぎて、言葉がまとまらず、時間だけ飛んでいく、という感じです。

学生時代から何度この気持ちを味わったことでしょうか(笑

担当している「ことば」、「英語」のクラスは書いたのですが、肝心のラテン語がまだでした。

どうも長くなりすぎるので、二回か三回の連載にしたいと思い始めています。

Posted by at 06:29 PM | Comments (0)

November 05, 2005

ギリシア・ローマ文学概説

山下です。

今必要あって、ギリシア・ローマ文学の概説書を読んでいます。

この手の文学史について、ウェッブでは京大出版会の説明が詳しいです。

ほかによいサイトがあれば、教えてください。

Posted by at 06:41 PM | Comments (0)

October 29, 2005

「ぶどう酒色の海」

山下です。

岩波書店より、西洋古典文学の新刊が出ました。恩師岡道男先生の小論集です。

ぶどう酒色の海
岡 道男
4000246305

Posted by at 12:58 AM | Comments (0)

October 12, 2005

哲学すること

山下です。

N先生の日記にて、ヤスパースが引用されています。

「哲学の本質は真理を所有することではなくて、真理を探究することなのであります。哲学とは途上にあることを意味します。哲学の問いはその答えよりもいっそう重要であり、またあらゆる答えは新しい問いとなるのであります。
ヤスパース、草薙正夫訳『哲学入門』新潮文庫」

真理の探究者のことを、その途上にある人のことを、student と呼ぶわけです。先生も student でなければうそになります。私たちが「知識」の切り売りをするソフィストでない、とするならば。

ここが重要なポイントだと思います。

Posted by at 10:10 AM | Comments (4)

October 04, 2005

サーバーの件

山下です。

サーバーが不調だったようですが、今の時点では問題ないようです。

自宅のPCから問題なく global address にて閲覧可能です。>Fujita 先生

Posted by at 09:30 PM | Comments (0)

October 02, 2005

知識と科学

山下です。

語源にまつわるエッセイシリーズです。

--

知識と科学

「知識」は英語でknowledge という。これは「知る」を意味する動詞 know の名詞形である。knowledge を用いた英語表現に「知識は力なり」(Knowledge is power.)というのがあるが、これは、Scientia est potentia .(スキエンティア・エスト・ポテンティア)というラテン語の英訳である 。この表現をホームページの「ラテン語格言集」に掲載したところ、高校生から次の質問を電子メールでいただいた。

ラテン語のscientiaと英語のscienceには何かつながりがあるのですか。スペルから二つの単語につながりがあるというのは想像がつくのですが。

この質問者は、なかなか鋭い勘をしておられる。science(科学)の語源はラテン語のscientia(知識)であり、scientia(スキエンティア)はscio(スキオー=知る)の派生語である 。しかし、「発音のつながり」という点では、英語の「サイエンス」とラテン語の「スキエンティア」は大きく異なっている。サイエンスに限らず、英語の発音は綴り字どおりに発音しない例に事欠かない。それに対し、ラテン語は、ローマ字どおりに発音すれば基本的にオーケーである 。ラテン語というとなんだか難しそうであるが、少なくとも発音に関する限り、ローマ字読みでよい。

日本では、小学校でラテン語の発音の仕方(=ローマ字読み)を学習した後、中学に入ると英語の発音を習うことになる。つまり、発音に関して日本人にとって一番なじみのある言語(ラテン語)から一番難解な言語(英語)へと移行するので、中学校で英語を学ぶ際には、たいへんなカルチャーショックを受けることになる 。

さて、本題に戻ろう。ラテン語のscioと関連した英単語としては、まずconscience がある 。これは「良心」という訳語がふつう当てられるが、語源に注意すれば「正しいことを知っている」というニュアンスをもつことがわかる。次に、形容詞として conscious に着目すると、この単語は「知覚のある、意識している」という意味の形容詞であるが、綴り字にラテン語の scio の名残が見えることから、これまた「何かを知っている、気づいている」というニュアンスをもつことが窺える。

次に、scienceの反意語としてnescience(無知、無学)という言葉がある。接頭辞のneがつくことにより、science(知ること)の意味が打ち消されている。またomniscienceといえば「全知、博識」を意味する。ラテン語で「すべて」を意味するomnis(オムニス)がscienceの前についている。同様にprescienceという一見難解な英単語も、「前もって」を意味するpreという接頭辞とscienceに分解することにより「前もって知ること」、すなわち「予知、先見」といった意味をもつことがわかる。

ところで、冒頭の Knowledge is power. という言葉は、イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626)の言葉である 。ベーコンにとって、「知識(knowledge)」は技術と結びつき、人間生活に利便をもたらすものであり、人間が「知識」を利用して自然を支配することは、「最も健全で崇高な野心」と位置づけられた。だが、このような素朴な「知識」観は、その後の「科学万能の信仰」を生み、やがて「自然破壊」と呼ばれる問題を多方面で引き起こすことになる。このことは「目に見える」問題だけに、現在、地球規模での批判にさらされている。

しかし、ベーコン流の考え方は、今も我々の生活のあちこちで、いわば「目に見えない形で」影響を及ぼしていることに気づかされる。彼の考え方の特徴を浮き彫りにする一文を紹介しよう。

…it should be said frankly that that wisdom which we imbibed principally from the Greeks seems merely the boyhood of knowledge, with the characteristics of boys, that it is good at chattering, but immature and unable to generate.

ここでは、ギリシア人から受け継いだwisdom (知恵)について、それが「知識の少年段階」(the boyhood of knowledge)に過ぎないものであると批判されている。「おしゃべり は得意だが、モノを生み出すことにかけては無力である」とも。逆に、具体的にモノを生み出す(generate)知識こそ「知識の大人の段階」というわけである。

だが、人がwisdom の声に耳を傾け、モノを作ることの根元的意味を問うとき、それは一見面倒な議論に聞こえるとしても、けっして未熟な「子供のおしゃべり」ではない。逆に、このような哲学的問いをなおざりにし、例えば、売れるモノを低コストで大量に作ることに専念した結果、日本の高度成長は短期間で達成されたのである。と同時に、自然破壊も、経済危機も、あえて言えば、教育の荒廃も、もはや取り返しのつかないところまで来てしまった。

さて、このような現状をふまえてベーコンの言葉(Knowledge is power.)に向き合うとき、「たしかにknowledge は power であるが、それを善用するかどうかは各人のwisdom 次第である」という常識的な反論が思い浮かぶのである。ところで、「知識」を善用する意志であるとか、wisdom を重視しようとする態度は、ベーコンが批判したまさしくギリシア以来の思想の伝統に相通じるものである。

人間は自然の法則――太陽や星の運行、四季の移り変わりなど自然界の秩序――を知ることによって、海も渡れるし食べ物を育てることも可能となる。このことは知識と技術によって高度の文明を築いたギリシア人、ローマ人にとっては自明のことであったが 、彼らは宇宙の秩序を神と同一視し、神の正義に通じる人間の英知や倫理が知識と技術を正しく導くことも信じていた。また、「そのための教育」というものが何より大切に考えられたのである。

「知識」の問題もそれを教える「教育」の問題も、いったん現代の常識から離れ、その根元的意義を問い直す時期に来ていると思われる。また、その問いは人間の wisdom の錬磨に関わる以上、けっして無益なものとは思われない。

Posted by at 09:12 PM | Comments (0)

October 01, 2005

英語の語源(個の自立)

山下です。

英語の語源に絡めて、以前書いたエッセイを掲載します。

個の自立

最近よく耳にする「個の自立」という言葉は、具体的にどのようなことを意味するのだろうか。対応する英単語をめぐってあれこれ考えてみたいと思う。

まず「自立」という日本語について考えると、この言葉の英訳は、普通independenceとみなされる 。実際、「自立」と independenceは、各々喚起するイメージがかなり似ていて興味深い。「自立」とは文字通り「自分で立つ」というイメージである。では、independence とはどういう状態を意味するのだろうか?

英語のindependentは、inとdependentに分解できるが、このうちinとは、「無」とか「不」の意味(notの意味)を表す接頭辞である 。一方、dependentという語は、さらに、deとpendentに分けることができる。deは「下降」の意味を持ち 、もう一つのpendentはまさしく「ペンダント」の意味、つまり首からぶら下がるペンダントと同じ意味を持っている 。種明かしをすれば、このペンダントとは、ラテン語でまさに「ぶら下がる」状態を意味する言葉であって、dependentとは、他人の首からだらりとぶら下がるペンダントのような状態(主体性のない状態)をさす言葉だ。日本語には「親父のすねをかじる」という表現があるが、英語では「すねをかじる」といわずに、「首からぶら下がる」というわけである。

一方、冒頭にあげた「自立すること」、すなわちindependentな状態とは、まさにそのようなペンダント状態を「否定(克服)すること」(接頭辞inの意味に注意)を意味している。それは、まさしく「自立」であり、「独り立ち」と言ってよい状態である。「すねかじり」状態から「独り立ち」への転換を、inという否定の接頭辞が意味していると考えると、一見とっつきにくく見える英単語のスペリングにもロマンが感じられる。

次に、「個の自立」と言った場合の「個」について考えてみる。英語ではindividualという言葉がこれに当たる。ここでまた言葉の成り立ちを考えると、inは先ほどでてきた「打ち消し」のinであり、dividualのスペリングには、「分割する」を意味する動詞のdivide が認められる。つまり、「個人」とは「これ以上二つに分割できない存在 」というニュアンスをもつことがうかがえる。

一方「個」に対立する言葉は、英語ではgroupと言えよう。日本語だと「みんな」がこれに当たる気がする。「みんな大学に行くから私もいく」という言い方における「みんな」である。「みんな~している」けれども「自分はこうする」と判断するとき、私たちは先入観にとらわれない「自分の」考えを大切にしていることになる。

今「先入観」という日本語を使ったが、英語ではprejudiceがこの日本語に対応する。pre-の部分は「前もって」を意味し、judiceの部分は、ラテン語で「判断」を表すjudicium(ユーディキウム)が元になっている。つまり「先入観を持つ」とは、自分で確かめることなく「先に判断する」態度を意味している。言い換えれば、他人の考えを鵜呑みにし、思考が停止している状態といっていい。

思考が停止するから、何かにもたれないといけなくなる、というわけで、知らず知らずのうちに自分以外に判断の根拠を求める(=権威にもたれかかる)体質ができあがっていく。このようなことを考えるとき、繰り返しになるが、冒頭にあげたindependenceという語は、他人からの経済的独立だけでなく、何より自分の内面に判断の基準をもち、思考を働かせる態度と無縁でないと思われる。

Posted by at 04:18 PM | Comments (0)

September 26, 2005

長文問題と著作権

山下です。

ニュースをみていると、問題集に長文問題を掲載するさい、著作権がらみで掲載ができないケースが出てきたようですね。

大学で問題を作ると、事前に著者に問い合わせることはしません。出題そのものがマル秘事項だからです。事後承諾を求めることになります。といって断ることはできなかったと思います。入試は特例ということで。問題は、それを問題集に掲載できるかどうかということですね。

Posted by at 10:42 PM | Comments (0)

September 25, 2005

語源の話: 「一般」という言葉

山下です。

かつて書いたエッセイより引用します。

「一般」という言葉

「一般教育」といった場合の「一般」に込められたニュアンスはどんなものでしょうか。

『野生の思考』(レヴィー・ストロース)を翻訳された故大橋保夫先生は、フランス語のジェネラルという語について、「物が生まれる」というニュアンスがあると講義中に話されたことを思い出します。(「一般言語学」というネーミングについての話だったかもしれません。)

語源はラテン語のgenus。genusには「種族」等の意味がありますが、この語はギリシア語のゲノス(race, descent)に由来し、さらには「生まれる、生ずる」を意味するギグノマイと関連します。

また「遺伝子」をgene、遺伝学をgeneticsといいますが、これらも語源はgenusです。gender(性)、generate(生み出す)も同様です。

大学の「一般教育」という語の本来の意味は、様々な研究成果を生み出す基礎的教養、というニュアンスであったろうと思われます。

間違っても「パンキョー」と発音しては、オリジナルの意義を理解することは不可能でしょう(笑)。

Posted by at 12:56 PM | Comments (0)

アゴラ・ソクラティカ

http://www008.upp.so-net.ne.jp/agorasocratica/index.htm

このような団体があるそうです。過去の活動ではプラトンの『メノン』も取り上げられていました。
activitiesにある「グレートブックス・セミナー」のところを読んで、おお、同じでは、と思ってしまいました。
一年位前から更新は止まっていますが…。

Posted by at 12:34 AM | Comments (1)

September 23, 2005

講師のHPより

前川先生のHPは毎日更新されています。

日誌に見つけた言葉:死の苦しみを減らすのではなく、生きる歓びを増やそう。

まことに同感です。

西洋古典文学は、死の問題を扱った作品だらけという気がします。

古い日本の言葉に、天寿を全うする、というのがあります。

言葉の響きはよいのですが、おいそれと全うできないものなのだと思います。

だからこそ、チャレンジするに値する。

私自身は、何事であれ、「人事を尽くして天命を待つ」というスタンスで臨みたいです。

『マザー・テレサ 愛のことば』より

   「たいせつなのは
    どれだけたくさんのことをしたかではなく
    どれだけ心をこめたかです」

Posted by at 07:52 AM | Comments (0)

September 22, 2005

ひねもすでブリッジをつくる

山下です。

以前、山の学校では、月曜日の放課後に「ひねもす教室」を開いていました。

が、参加者減のため、今は生徒を募集していません。

幼稚園では人気があるのですが・・・。

小学生にはファミコンの方が人気があるようで(苦笑)。

それはともかく、

ひねもすを使ったイベントは案外全国に広まっているようで。

ブリッジをつくるイベントなど。

山びこクラブのネタにいかがでしょう?>Ryoma 先生

ではまた。

Posted by at 06:27 PM | Comments (0)

September 17, 2005

out of swap space?

最近サーバーの調子が悪いのです。タイトルのようなメッセージが出ます。

アクセスが異様に遅くなります。

Posted by at 07:05 PM | Comments (0)

September 11, 2005

春を愛する人

山下です。

ラテン語の質問をちょくちょく受けます。

GLAYさんの『春を愛する人』という曲をご存知でしょうか??ぜひ『春を愛する人』を訳して頂きたいのですが…

amator veris (アマートル・ウェーリス)でしょう。

曲名といえば、副題に memento mori をつけた曲ってあったような。

Posted by at 07:59 AM | Comments (2)

August 29, 2005

晩夏

sky.JPG

朝夕が涼しくなってきましたね。

Posted by at 03:25 PM | Comments (0)

August 20, 2005

合宿の下見

昨日、花脊、山村交流の森に下見に行きました。

市内より涼しい場所です。川遊びも楽しく出来そうです。

今回は川遊び用のサンダルと、散策用の運動靴の両方が必要で、どちらかだけだと、どちらかに参加できません。(山の傾斜がけっこうあるので、サンダルだと無理)。

家族で訪れてもよさそうなところです。

Posted by at 12:43 AM | Comments (0)

August 18, 2005

送り火

一ヶ月近くエントリがなくて寂しいので昨日の送り火の写真でもアップします。

daimonnji.jpg

Posted by at 12:08 AM | Comments (2)

July 18, 2005

見ることは信じること?

だまし絵というのがあります。自分の目の働きをあまり信じてはいけないのかな、と思わされるページです。よろしければ、テストしてみてください。

Posted by at 09:12 PM | Comments (0)

勉強とは何か?

「勉強とは」という問いを含むサイトへのリンク集です。私の書いた文へのリンクもあります。答えは簡単に導ける問いではありませんが、一度、親も子どもも、先生も、自分の頭でこの問題を一から考えてみてはいかがでしょうか。

Posted by at 01:02 AM | Comments (0)

July 02, 2005

将棋

福西です。
将棋を山の学校にはやらせようと思って、盤を持ってきました。

shogi.jpg

また、いつか一局指しましょう!

Posted by at 11:34 AM | Comments (2)

本棚

カウンターの下に、小さな本棚を設けました。

fbook.jpg

for a girl who was reading "The Silver Curlew"

fargeon.jpg

Posted by at 09:16 AM | Comments (0)

June 04, 2005

URL うらない

たまには軽い話を(笑)。山の学校のホームページについて、URL占いというのをやってみました。

結果は、次の通りです(^^)


※あまり深刻にならないで下さい。

http://www.kitashirakawa.jp/yama.html

このサイトの持つ性格は、理性・華麗といった言葉で象徴されます。
コンピュータ関連や芸術などの情報をあつかうのに向いています。

このURLの総合的な吉凶は以下の通りです。
信用と魅力の意味があり大吉です。目上からは信頼され、目下からは尊敬され順調に発展していく運勢です。

Posted by at 09:01 PM | Comments (0)

May 24, 2005

一年間

何気なく左のサイドバーから一年前のエントリーを選び読み返すと、一年はあっという間だったとも、
充実していて、その間に色々あったなあと思うことも、人それぞれできると思います。そういう意味で、
このエントリも含め、内容的に意味のあるものも、ないものも(笑)、そのときの心の風景として、
アップしておきたいと思います。

今日は、山びこ通信の原稿を書いています。締め切り間際です。学校時代の宿題提出をちょっと
思い出すことのできるひとときです。

Posted by at 04:40 PM | Comments (0)

May 21, 2004

this week

■しぜん

火曜日は「しぜん」のクラスがありました。子どもたちは、山の階段を登りなが
ら、きょろきょろ捜し物をして登ってきます。部屋に着くと、必ず手には昆虫か、
植物が・・・。それが何か、図鑑で調べることからクラスはスタートします。

この日は、山の中へ探検に出かけました。途中で、巨大なナメクジを見つけたり、
アオダイショウを発見したり。特筆することは何もなくても、青空の下、山の緑
に包まれて、あたりをきょろきょろするだけでも、大切な思い出になると思いま
す。(私自身、この山の木登りをして小学生時代過ごしたことを思い出します)。

■ラテン語(水曜日)

キケローの「老年について」を原文で読んでいます。この日の読解は、「自然に
逆らうのは、ギガンテスの如く神々を相手に戦うことに他ならない」という箇所
から始まりました。ここでいう「自然」とは、老いの訪れと言い換えてもよいで
しょう。若い内から、自分の老いをどうすごすかをよく考えないといけないなぁ
(笑)と感じさせられることしきりです。

■かず(木曜日)

低学年の「かず」には二人のお客さんが参加しました。小学校1年のKちゃんは、
課題の本をほとんどすべてこなしてしまいました。あと10分あれば、1冊最後
の問題まで終わったでしょう。2年生のHちゃんも、お連れの友人に刺激されて、
文章題を頑張って解いていました。

■えいご(木曜日)

中二の英語は、仲良し3人組です。中1の復習と中2の予習の二本立て。英文の
音読(タイムも計る)を徹底的に。3人いると、互いに刺激しあうので、スリル
があります。中1の復習プリントは、9割以上できるのですが、やはり間違うと
ころは間違います。同じプリントをコピーし、もう一度一からやり直し。最後に
もう一枚、同じプリントを配ってだめ押し。われながら、しつこいやり方と思い
ますが、英語の勉強はしつこいくらい一つのことを繰り返すのが大事なのです。


Posted by at 05:57 PM | Comments (0)

this week

■しぜん

火曜日は「しぜん」のクラスがありました。子どもたちは、山の階段を登りなが
ら、きょろきょろ捜し物をして登ってきます。部屋に着くと、必ず手には昆虫か、
植物が・・・。それが何か、図鑑で調べることからクラスはスタートします。

この日は、山の中へ探検に出かけました。途中で、巨大なナメクジを見つけたり、
アオダイショウを発見したり。特筆することは何もなくても、青空の下、山の緑
に包まれて、あたりをきょろきょろするだけでも、大切な思い出になると思いま
す。(私自身、この山の木登りをして小学生時代過ごしたことを思い出します)。

■ラテン語(水曜日)

キケローの「老年について」を原文で読んでいます。この日の読解は、「自然に
逆らうのは、ギガンテスの如く神々を相手に戦うことに他ならない」という箇所
から始まりました。ここでいう「自然」とは、老いの訪れと言い換えてもよいで
しょう。若い内から、自分の老いをどうすごすかをよく考えないといけないなぁ
(笑)と感じさせられることしきりです。

■かず(木曜日)

低学年の「かず」には二人のお客さんが参加しました。小学校1年のKちゃんは、
課題の本をほとんどすべてこなしてしまいました。あと10分あれば、1冊最後
の問題まで終わったでしょう。2年生のHちゃんも、お連れの友人に刺激されて、
文章題を頑張って解いていました。

■えいご(木曜日)

中二の英語は、仲良し3人組です。中1の復習と中2の予習の二本立て。英文の
音読(タイムも計る)を徹底的に。3人いると、互いに刺激しあうので、スリル
があります。中1の復習プリントは、9割以上できるのですが、やはり間違うと
ころは間違います。同じプリントをコピーし、もう一度一からやり直し。最後に
もう一枚、同じプリントを配ってだめ押し。われながら、しつこいやり方と思い
ますが、英語の勉強はしつこいくらい一つのことを繰り返すのが大事なのです。


Posted by at 05:57 PM | Comments (0)