September 29, 2005

志、あるいは偉大なことを欲すること

山下です。

以下はラテン語の格言をめぐる覚え書きです。

志とは、心の志向するものという意味。忙しいと「志のあるなし」に注意が向かなくなりがちである。それでも生きてはいけるのだが。

ラテン語に「偉大なことを欲したことが偉大である。」(Magna voluisse magnum.)という言葉があるが、偉大なことをなしたことが偉大である、というのが今のご時世かもしれない。そうなると、「偉大さ」比べの競争が絶えなくなる。だがわかりやすい偉大さの競い合いは、本当に偉大なことなのかどうか。

そう考えると、magna voluisse (偉大なことを欲した)というラテン語の意味が少し分かってくる。志や目線の高さというものを問題にしたい。世間の評価は二の次と達観しよう。よしんば世間の評価(ラテン語では fama がこれにあたる)が得られたとて、それは己の志の高い低いとは直接関係はない。

「このことをなして死ねれば本望」という「このこと」を今即答できるかどうか。一人静かに自問してみたい。

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ラテン語版四季の歌

山下です。

以前書いたエッセイです。

ラテン語版「四季の歌」(オウィディウスによる)をご紹介しましょう。

Poma dat autumunus: formosa est messibus aestas:
ver praebet flores: igne levatur hiems. Ov.Rem.187ff.
(秋は果実を与える。夏は豊作で美しい。春は花々をもたらす。冬は火で楽になる。)

ラテン語で四季を表す語が、2行のほぼ四隅に置かれ、それぞれの季節の特徴が簡潔に記されています。春→夏→秋→冬の順に記すわが国の『枕草子』とは異なり、秋→夏→春→冬の順で記されています。私の感心するのは、最後の冬に関する表現です。「冬は雪が降る」とか、「北風が強くふく」というのでは平凡です。冬と火の結びつき。火は人間の暮らしの象徴です。家族の団らんをも意味しているのでしょう。冬の厳しさは認めながらも、ほっとした心の安らぎが感じられる表現です。

さて、日本の和歌から秋の趣きを称えた歌をひとつ、ふたつ。

春はただ花のひとへに咲くばかり 物のあはれは 秋ぞまされる   「拾遺集」

春に関して。

石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上のさ蕨(わらび)の 萌え出づる春になりにけるかも
「万葉集」

『源氏物語』(「野分」)には、「春秋の争ひに、昔より、秋に心寄する人は数まさりけるを」と述べていますが、どちらも甲乙つけがたいです。

一方、春の到来について、『イリアス』第6巻では、次のように語っています。

「度量ひろきテュデウスの子よ、わたしの素性などをどうして訊ねる。人の世の移り変わりは、木の葉のそれと変わりがない。風が木の葉を地上に散らすかと思えば、春が来て、蘇った森に新しい葉が芽生えてくる。そのように、人間の世代も、あるものは生じ、あるものは移ろうてゆく。」

季節のうつろいに、人生のサイクルを重ね合わせる見方は、洋の東西を問わないように思われます。

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September 28, 2005

ラテン語格言集追加

山下です。

ラテン語格言集は現在220まで公開していますが、新たに二つ追加しました。

まだ、HPにリンクははっていません。

こういうのを加えたら、というのがありましたらどしどし教えてください。

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September 27, 2005

ことば(小1)

今日は新しい俳句に取り組みました。ノートに書き写し、暗唱し、発表しました。その場で俳句を作った者もいます。

後半は、少し長めの絵本を読みました。「てぶくろをかいに」という新美南吉の作品です。全部は読めませんでしたので、つづきは来週のお楽しみです。

途中、母ぎつねがかつて人間に危害を加えられそうになったことを暗示させる挿し絵があるのですが、このことに関し、先日近隣に出没した猿の群れのことに子どもたちの連想は飛びました。

人間の生活を脅かすほうも悪い。しかし、動物に危害を加えることはやはり悪い。などなど、子どもたちの議論はなかなかとまりませんでした。

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September 26, 2005

長文問題と著作権

山下です。

ニュースをみていると、問題集に長文問題を掲載するさい、著作権がらみで掲載ができないケースが出てきたようですね。

大学で問題を作ると、事前に著者に問い合わせることはしません。出題そのものがマル秘事項だからです。事後承諾を求めることになります。といって断ることはできなかったと思います。入試は特例ということで。問題は、それを問題集に掲載できるかどうかということですね。

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September 25, 2005

『ラテン語広文典』の復刊

山下です。

『ラテン語広文典』が復刊されました。

ラテン広文典
泉井 久之助
4560007926

ラテン語の教科書を勉強していて「もっと詳しく知りたい」というとき、この本は役に立ちます。

9月から授業に参加されているGさんは、すでに入手しておられましたが。

「新ラテン文法」も巻末の「事項索引」を使いこなせると、同様の意義があると思います。

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語源の話: 「一般」という言葉

山下です。

かつて書いたエッセイより引用します。

「一般」という言葉

「一般教育」といった場合の「一般」に込められたニュアンスはどんなものでしょうか。

『野生の思考』(レヴィー・ストロース)を翻訳された故大橋保夫先生は、フランス語のジェネラルという語について、「物が生まれる」というニュアンスがあると講義中に話されたことを思い出します。(「一般言語学」というネーミングについての話だったかもしれません。)

語源はラテン語のgenus。genusには「種族」等の意味がありますが、この語はギリシア語のゲノス(race, descent)に由来し、さらには「生まれる、生ずる」を意味するギグノマイと関連します。

また「遺伝子」をgene、遺伝学をgeneticsといいますが、これらも語源はgenusです。gender(性)、generate(生み出す)も同様です。

大学の「一般教育」という語の本来の意味は、様々な研究成果を生み出す基礎的教養、というニュアンスであったろうと思われます。

間違っても「パンキョー」と発音しては、オリジナルの意義を理解することは不可能でしょう(笑)。

Posted by at 12:56 PM | Comments (0)

アゴラ・ソクラティカ

http://www008.upp.so-net.ne.jp/agorasocratica/index.htm

このような団体があるそうです。過去の活動ではプラトンの『メノン』も取り上げられていました。
activitiesにある「グレートブックス・セミナー」のところを読んで、おお、同じでは、と思ってしまいました。
一年位前から更新は止まっていますが…。

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September 24, 2005

ラテン語の格言

山下です。

次のセンテンスをラテン語格言集に新しく追加する予定です。

omnia mecum porto mea.

キケローの言葉です。

意味は?

「私は、自分の(mea)すべてのものを (omnia)、自分と共に (mecum)、運ぶ (porto)」というのが直訳です。

祖国が占領されて逃げる際、ギリシアの七賢人の一人ビアスは何も持たずに逃げました。

その理由は、「自分のすべての財産」が自分の「知恵」であったから、というものです。

『ストア派の矛盾について』に見られる表現です。

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「クラス紹介」リニューアル

山の学校ホームページのうち、「クラス紹介」のページをリニューアルしました。

2005年以前の「山びこ通信」のバックナンバーから、各講師の執筆したファイルをHTML化し、該当するクラスの案内文の下にリンクしました。

それぞれのクラスの雰囲気は、担当の先生の肉声を聞くことで、イメージが具体的につかめると思います。

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September 23, 2005

「英語が苦手な君に」

山下です。

2年前に「山びこ通信」に載せた原稿をHTML化し、クラス紹介にリンクしておきました。

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「玉手箱と若返りの水」

クラスの紹介に、Ryoma 先生の書かれた「玉手箱と若返りの水」へのリンクをはりました。

2年前の「ことば」のクラスの紹介文です。

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講師のHPより

前川先生のHPは毎日更新されています。

日誌に見つけた言葉:死の苦しみを減らすのではなく、生きる歓びを増やそう。

まことに同感です。

西洋古典文学は、死の問題を扱った作品だらけという気がします。

古い日本の言葉に、天寿を全うする、というのがあります。

言葉の響きはよいのですが、おいそれと全うできないものなのだと思います。

だからこそ、チャレンジするに値する。

私自身は、何事であれ、「人事を尽くして天命を待つ」というスタンスで臨みたいです。

『マザー・テレサ 愛のことば』より

   「たいせつなのは
    どれだけたくさんのことをしたかではなく
    どれだけ心をこめたかです」

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NHK 文化センターでの特別講座

山下です。

NHK文化センター京都にて、10月17日(月)、10月31日(月)の二回にわたり、特別講座を担当します。

タイトルは、「ラテン語の世界」です。

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September 22, 2005

『ことばの風景』

山下です。

山の学校のホームページのうち、「クラスの紹介」を少しずつ更新しています。

今日は、福西亮馬先生の『ことばの風景』と題するエッセイへのリンクを付け加えました。

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ひねもすでブリッジをつくる

山下です。

以前、山の学校では、月曜日の放課後に「ひねもす教室」を開いていました。

が、参加者減のため、今は生徒を募集していません。

幼稚園では人気があるのですが・・・。

小学生にはファミコンの方が人気があるようで(苦笑)。

それはともかく、

ひねもすを使ったイベントは案外全国に広まっているようで。

ブリッジをつくるイベントなど。

山びこクラブのネタにいかがでしょう?>Ryoma 先生

ではまた。

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September 21, 2005

中1の英語(代講)

山下です。

先週に続き代講しました。

先週はユニット4の「暗写」をしてもらいました。

どれくらい覚えているのだろうか?

Mちゃんは、今朝早起きして英語の音読をしたといいました。えらい!

みんなに白い紙をわたし、どれだけ覚えているか?かけるだけかいてごらん、といいました。

画?E7-6-8 049.jpg

な、なんと、先週活躍したYくんは、余裕で2ページ分かききり、しかも全部正解。

彼は、新品の辞書(英和、和英)をうれしそうにもっています。

お母さんに頼んでかってもらったそうです。

画?E7-6-8 047.jpg

以後、時間の許す限り、教科書の暗写にチャレンジ。

1ページ覚えるたび「チャレンジします!」と宣言し、書き取りに挑戦し、できたら私が採点。

subject の b がぬけて思い切り悔しがったのがJくん。

彼は場を盛り上げる名人で、なんどもチャレンジし、そのたび、違う箇所を1つずつ間違うという離れ業をし、じだんだふんで悔しがります。

画?E7-6-8 048.jpg

Mちゃんは、今週はもくもくと筆写にとりくみ、確実に1ページずつものにしていきました。

favorite, interesting, などの単語は、自分で辞書を引き、発音を確認させます。

面倒でも、自分で調べたことは忘れにくいんだよ、と言い添えて。

途中で、暗唱も気分転換にさせてみました。

このほうが、最後まで通しやすい。(ふつうはこれでも一苦労)

暗唱できたホットな状態で、ふたたび暗写させる。

この繰り返し。

あっというまの1時間半でした。Yくんは、4ページ制覇。完璧です。

明日試験でも9割は堅いでしょう。

最後にみなで誓いました。

次回の試験で三人の合計が270点になるようにと。

来週から、教室で顔を合わせるたび、目の前に白い紙を渡すからね、といいましたから、今日の三人なら、きっと発憤して満点を目指してくれると信じています。

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『ことば』

山びこ通信第一号に、『ことば』と題する一郎先生のエッセイが掲載されています。

クラス紹介のページにリンクを張りました。

このように、各講師が今まで書いてくださったエッセイをhtml化し、あらためてクラス紹介のページにてリンクを張っていきたいと思います。

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小1ことば

山下です。

火曜日の小1クラスでは、絵本や紙芝居を読んでいます。

今回は、「ちょろりんととっけー」を読みました。

ちょろりんととっけー
降矢 なな
4834015793

どのページのどの絵を見ても、たいへん幻想的で細かい筆遣いがなされていて、内容的にもスリルのあるお話なのですが、不思議とせきこんで先を急ごうという気がおこりません。

子どもたちも、それぞれの絵をよく見ていて、こっそり隠れているちょろりんの弟(とっけー)の姿を見つけて指摘したり・・・。絵本や紙芝居は絵の持つ力が大きいと実感します。

紙芝居は「おけやのてんのぼり」を読みました。

今日は少し時間が余ったので、絵本の文字を紙に書き写してもらいました。

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September 20, 2005

今日のラテン語

Memento mori.

「メメントー・モリー。」と発音します。

動詞 memini(メミニー) 「覚えている」の命令法が memento で、「覚えていなさい」。

moriは、動詞 morior(死ぬ)の不定法の形。

(自分が)死ぬことを覚えていなさい。

人の死を忘れてはならない、という意味ではなく、自分がいつか死ぬ身である、ということを胸に刻め、という意味で用いられます。

Posted by at 12:31 AM | Comments (0)

September 19, 2005

英語は「暗写」

山下です。

中学時代、高校時代、私は英文を「暗写」しました。

教科書を完全に頭に入れたうえ、白い紙に英文を復元していきます。

自分で元の英文と照らし合わせ、完全に一致するまで繰り返し覚えます。

このようなことを、先週エントリーに書きました。

その後、ラテン語の授業で「暗写」のことが話題になり、話のついでで思い出したのですが、じつは、京大の西洋古典の試験というのが、この「暗写」でした。

試験では白い紙が配られるだけで、覚えているだけ書きなさい、という指示が出ます。

PS
大西先生や谷先生は、日没順延、2日かけて書き続けたという伝説も伝わっています。

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September 17, 2005

次回の山びこクラブ

山下です。

昨日は Ryoma 先生のエントリーにありますように、山中に子どもたちの歓声が響き渡るような楽しいイベントでした。

次回の案内をさせていただきます。

次回、10月21日(金)は…

『アスレチック幼稚園ごっこ!』

「こっから、スタートにしよう!」「じゃあ、ここがゴールな!」「そんで、ここを通ってから、ジャンプしていかなあかんことな!」etc…自分たちでルールをつくって、小学生ならではのダイナミックなアスレチック遊びをしましょう! (by Ryoma)

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out of swap space?

最近サーバーの調子が悪いのです。タイトルのようなメッセージが出ます。

アクセスが異様に遅くなります。

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September 16, 2005

かみひこうき!

hikoki.jpg

『紙ひこうきキャッチ!』と案内していましたが、今回は原点に戻って、紙ひこうきを飛ばす、ただその一事で遊びました。

ゆき組の中が工場で、できた紙ひこうきはさっそく外に持っていって…。期待通りか? それとも期待はずれか? 飛距離を標した滑走路の上空を、紙ひこうきが舞っていました。何機か作ると、各自、自慢の「名作」機体が誕生して、「こっちの□□号は6メートル! でも、今度の○○号は8メートルまでとんだ!」と報告しにきてくれるところが、素朴な感じがしました。こういう思い出がいつか支えになってくれるといいなと思います。

もし公園のような広い場所で飛ばす人は、存在感がある色画用紙で作るのがおすすめですよ!

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中3数学

今日の授業のメモ:(by 福西)

中3数学の代講をして、初めてN君と接する。

1.一次関数
2.二次方程式
3.平方根の計算
4.合同の証明

についてプリントを1枚ずつして、明日の学校の試験範囲を手伝う。

その日、4.は時間がないだろうと思っていたが、N君が意欲的にプリントをこなしていったので、全部やってしまうことができた。教える側の気持ちも、「答案にとりあえずだけれど、全部書いた」気持ちに似ている。

・最初にした一次関数は、本人ちょっとためらいがちに「忘れかけている」と言っていたが、

「最初にy=ax+bと唱える」

ということを思い出してくれた。これが一次関数では唯一無二の方針、というのは、一次関数 ⇔ y=ax+b だから。その呪文を唱えて、あとはヒントを2つ、問題文から探す。問題文が、回答者に意地悪をしているのではなくて、ヒントを2つくれているのだ、と思えれば楽勝。点(x1,y1),(x2,y2)を代入したり、傾きがすなわち=aだと知るなりして、2つヒントが出揃ったら、係数 a と b の値がわかる、というやり方を徐々に思い出してくれて、「これならできそう」と自信を回復してもらえたことが嬉しかった。(ここはやはり得点源なので、得失点差が大きい。彼の場合、それが得に変わったと思う)

・二次方程式 ax^2+bx+c=0は、問題なく。因数分解も淀みなくできている。下村先生がN君にスパークリングをつけてくれているからだ。解の公式も、私が黒板に書こうとするなり「それは、これです」と自分からプリントに書き出して、実際それを使えていたので、合格。

・平方根自体の問題も、一番厄介な「有理化」ができていたので、問題なし。

・残るは合同の証明。最後でしかし一番熱が入った。「よし、これがラスト」とプリントを置くと、それを押えたN君の手が、いやに力強かった。

「辺AB=ACを示せ」という問題に対して、「えーと…」とか言わずに、すぐに方針を「三角形の合同を示す」というように立てていた点、そのために二辺夾角やニ角夾辺を言う点は、しっかりと型ができているように思えた。そこまで持っていく途中は、多少遠回りをしているところもあったが、積み重ねている factor 自体は間違っていなかったこと、何よりその横顔が、自分で考えることを楽しんでいたことから、採点した。

Aを示すためにB,Bを示すためにC…となってくると、普通は「はあ…」とため息をつきたくなるものだが、N君はそうではなしに「あ、そうか」と弾んだ声で、「自分が何を示そうとしていたのか」、集中し記憶を持続させながら、答を追いかけていた。その日最後の問題を、ついに、「①,②,③より、△A≡△B」とまで追い詰めて、にっこりとしたN君。それまでにかかった時間が満足に変わった瞬間を、私も一緒になって味わえた。

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September 15, 2005

中3英語

今日の授業メモ:

明日校内模試がある、という。

試験範囲を復習。

すでに仕上げた学年別問題集のうち、該当箇所の例文、問題文を全部音読。

空欄にも答えは書き込んであるので、その上をなぞるように、とにかく英文を全部読み抜く。

次に、書き込みのない私の問題集と交換し、同じ事(例文・問題文の音読)を一から行う。

本人の読み方から判断し、知識の怪しい箇所(現在・過去・過去分詞の変化形など)は、その都度手元の紙に問題形式にしてメモしていく。たとえば、write--wr__ __---wr_____ といった具合に。

全部の復習が終わったあと、そのメモの問題を本人に渡し、全部解いてもらった。(鉄は熱いうちに打て!)。

明日の結果がどうであれ、短時間で能率的に点の取れる勉強の仕方を伝授したかった。自分で「これは!」というメソッドをためし、自分でなっとくのゆく結果がだせたなら、日々の勉強に向かう姿勢がぐんとよくなっていくと思う。

中学生は身長と同じで伸び出すととまらない。

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ナンバーはなぜ No. か?

タイトルの問いについて、私の書いたものがテレビで取り上げられたそうですが、その内容は自分で考えたものなので、ほんとうにそうなのか、ちょっと自信がありません。違う説明の仕方をご存じの方がおられたら、これを機に教えてください。 

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September 14, 2005

中1英語の代理授業

今日は代理で中1のクラスの英語を担当しました。以下はそのメモです。

少し早めに来たY君に教科書を音読してもらった。なかなかうまい。聞くところでは、この単元は家で音読の練習をしてきたとのこと。

全員揃ったところで、今日は教科書の暗写をするよと告げる。「暗写」とは私の造語で、教科書の内容を何も見ずに正確な綴りで完全に復元できるまで書き取り練習すること。

Y君は覚える要領がよい。誰より早く2ページ分練習し、私の前で完璧に復元できたので、合格。気をよくして3ページ目に入る。

その間、J君は1行ずつ同じセンテンスを何度も書いてゆっくりゆっくり進んでいる。彼らしいまじめさに好感はもてる。数回テストしたが、かならず1箇所ミスをする。a がぬけたり、Isn't it...? を Is it...? としたり。

その横でMちゃんは全体をざくっと覚え、テストに挑戦したがるが、途中で「えっ、なんやったっけ(笑)」と早い段階での失敗を繰り返す。教科書を見ながら正確に写すことは、思うほど簡単なことではない。教科書をしっかり見ながら書いても写し間違いはするものである。Mちゃんは、歴史は覚えられるのに、英語は覚えられないと言う。我流や思いこみは捨てて、虚心坦懐に教科書を丁寧に写す練習が必要と告げる。

実際、自分で自分のミスに気づくようになれば、家での勉強も実りあるものとなる。逆に間違いを容認しながら何度繰り返して書き写しても、悪い癖がつくだけで自信を失う。

そうこうするうち Y君は3ページの暗写も成功。1ページ目から3ページ目までの内容全部を黒板に書くと宣言。大いなる挑戦者である。残念ながら綴りのミス(favorite--->fevorite)が一箇所あったが、よくがんばった。残り二人から尊敬の視線を受けていた。

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キケローを読む

『老年について』より。

「次の世代に役立つようにと木を植える」

これは、キケローの『老年について』(De Senectute)に見られる表現です。

サビーニー地方の農夫を引き合いに出し、「この人たちは、自分にはまったく関係のないことが分かっていることにせっせと励んでいる」(idem in eis elaborant quae sciunt nihil ad se omnino pertinere)とキケローはいいます。

「次の世代に役立つようにと木を植える」(Serit arbores, quae alteri saeclo prosint)というスターティウスの詩句を引用し、農夫は「誰のために植えるのか」と問われるなら、

Dis immortalibus, qui me non accipere modo haec a maioribus voluerunt, sed etiam posteris prodere.
「不死なる神々のために。神々は、私がこれを先祖から受け継ぐのみならず、後の世に送り渡すようにとも望まれた」

と迷わず答えるだろう、と続けます。教育もしかり、研究もしかり、と強く感じる次第です。解釈は、それぞれのお立場でご自由にどうぞ。


<語釈>

dis は「神」を表す deus の複数・与格です。
immortalibus は「不死の」を意味する形容詞 immortalis の複数・与格で dis にかかります。「不死なる神々のために」
qui は関係代名詞。先行詞は dis です。
me は人称代名詞 ego の単数・対格です。不定法 accipere の意味上の主語です。→「対格不定法」と呼ばれる構文です。
non modo...sed etiam は、英語の not only A but also B と同じ用法になります。
haec は指示代名詞 hic の中性・複数・対格です。
a maioribus について。a は「~から」を意味する前置詞で、奪格を伴います。maioribus は「先祖」を意味する名詞(元は形容詞) maior の複数・奪格です。
voluerunt は「望む」を意味する不規則変化動詞 volo の完了・三人称・複数です。主語は「神々」と解釈できます。
posteris は「後の世の者たち」を意味する名詞 posteri の複数・与格です。
prodere は「送り渡す、伝える」を意味する第三変化動詞 prodo の不定法・能動相・現在です。

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「数学は科学の女王にして…」

福西@数の世界です。

秋学期は数学者を紹介しています。

先週は夭折した二人の数学者、ガロアとアーベル。
今週は数学者の Princeps、ガウスでした。

gauss.jpg
Johann Carl Friedrich Gauss
(1777-1855)

伝記
ガウスのような天才にもまた憧れや、目標とすべき人物があったことは、後世の人々を励ますかもしれない。彼はアルキメデスとニュートンとを敬愛した。そして彼自身もその同列に加わったのである。

「純粋数学が一番素晴らしく、応用数学はそれに比べると取るに足りない」と言いながらも、実に応用面でも大きな足跡を残している点は、まったくアルキメデスと共通している。彼は非常に器用であり、天文や測地、電磁気学の実験道具を自作して必要に供した。物事の抽象性を追いかける一方で、それを具体的にする力もあったのである。(研究者としては非常に理想的な人である)。自然、研究の裾野は、現実の世界から純粋の世界まで広がっていた。ガウスは当時の数学界では孤高の秀峰だった。

「どうやってそのような素晴らしい発見ができたのか?」と人に問われると、彼は決まってこう答えることにしていた。「それを思い続けることによって。もしそれをした人がいれば、私である必要はない」と。ニュートンもまた同じように言っていたのである。万有引力の発見を、あたかも「リンゴが落ちたから」とちまたで表現される時、彼は弁護した。「それはまったくの逆だ。リンゴが落ちたから重力が生じたのではないように、重力の発見は多大な精神の投入があったからだ」と。

終生語学に興味を持ち、若い頃はギリシア・ラテンの古典学と、数学とのどちらに道をとるかで迷っていたという。19歳のある朝、円周等分の方法(その一例として正十七角形の作図法)を思いついたことを天機に、数学に道をとった。その日より日記をつけ始める。いわゆるガウス日記である。その後24歳の若さで『整数論』を著した。その時の感慨が、整数論をして「数学の女王」とする所以なのかもしれない。

根っからの計算好きで若い頃から神童ぶりを謳われていた。その点ではオイラーに似ているが、決してオイラーのような多産型ではなかった。日記には非常に独創的な研究がぎっしりと詰め込まれているが、その成果については寡黙だった。誰が第一発見者かをめぐる論争から、彼は遠ざかった。それによって研究の時間が食い潰されることを恐れたからである。彼の使っていた印章には、実が二、三なった木の絵と、PAUCA SED MATURA(少ないが熟している)という文字とが刻まれていた。

書簡でのガウスは友人に対して「数学には妨げられざる、切り刻まれざる時間が必要である」と言っていた。天文台長、測地監督といった国に任された実務の合間を縫いながら、彼は数学をし続けた。ガウス日記で一箇所だけ、長々とした数式が次のような一言で中断されている箇所がある。「こんなくらいなら死んだほうがましだ」と。ちょうど楕円関数の研究に没頭しているさなかに、講義の時間に呼び出されたのである。ナポレオン時代のドイツの混迷や、妻の死、パトロンだったブラウンシュヴァイク公の死によって、彼は当時ますます非社交的になっていた。その時の彼には、研究こそが薬だったのだろう。彼は寸暇を惜しみ、死ぬまで数学をしていた。

ガウスは才に恵まれ、寿にも恵まれた。ゲッチンゲンの町を愛し、その町の名誉となることを誇りとし、終生そこにとどまった。彼の墓もまたゲッチンゲンにあり、墓碑には一語、人々の思いを込めて、

MATHEMATICORUM PRINCEPS (数学者の第一人者)

と刻まれている。


ガウスの残した言葉
「数学は科学の女王、数論は数学の女王」
「寡少なれど円熟なり」(PAUCA SED MATURA)
「数学の研究には何よりも妨げられざる、切り刻まれざる時間が必要である」

ガウスの仕事
ガウスはいつでも基本的なところから始め、そこから非常に深い結果がもたらされることを、寡黙にも喜んでいたのではないだろうかと思われる。その対象が深い内容を持っていればいるほど、発見をなかなか世に見せることをしなかった。それは一度完成したものの表面を磨くのに手間取っているというのではなく、自身の研究がいつまでも未完成で、真髄に達していないと感得されていたからであろう。彼は物事の奥深さにとらわれると、ますますそれに対する考察を長くせざるを得なかったのである。中にはこうした彼の研究態度に非難を寄せる人々もあったが、彼の印章はこう代弁するのみである。「Pauca sed matura」と。

参考文献
『近世数学史談』高木貞二
『数学をつくった人びと』E.T.ベル

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September 13, 2005

セネカを読む(つづき)

前回の授業の補足です。

岩波の大西訳を参照してみました。

「善きものの始原はすべて徳に遡るから、さぞかし、君たちが愛しもし、恋い慕いもする善きもの(快楽)も当然その徳の根から生じるものだから、ということなのだろう。」(P.323)

>Videlicet はどこにかかるのか。

私は quia...est にかかると考え、この従属文の内容は明白である。しかし、だからといって、ex 以下は成り立つだろうか?という意味でとりました。大西先生の解釈では quia 以下の内容全体(エピクーロス派の考えをさす)にかかるようです。

>bonis はどう解釈すればよいか(何にかかるか)。

与格で principium にかかります。大西訳では「善きものの始原」に相当します。
日本語にすると属格が期待されますが、「善きものにとっての始原」というのが直訳です。

>hujus は何を指すのか。

virtus と考えられます。ex virtute (徳から)との対応からすると、hujus radicibus は「徳の根」と訳せますが、同格の属格(徳という根っこ)と考える方がよいでしょう。徳という花を咲かせるさらに根本の根っこが別にあるというのでは話が矛盾してきますので。

>ea quae...expetitis は具体的に何を意味しているのか?といったことがポイントになります。

大西訳では( )で説明されていますが、快楽です。エピクーロス派のキーワードとなりますが、セネカがここで批判する「快楽」はエピクーロス派が批判する「似非快楽」であることが話をややこしくしています。

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September 11, 2005

春を愛する人

山下です。

ラテン語の質問をちょくちょく受けます。

GLAYさんの『春を愛する人』という曲をご存知でしょうか??ぜひ『春を愛する人』を訳して頂きたいのですが…

amator veris (アマートル・ウェーリス)でしょう。

曲名といえば、副題に memento mori をつけた曲ってあったような。

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September 10, 2005

セネカを読む

金曜日はセネカの「幸福な人生について」(De Vita Beata)を読んでいます。

昨日は、VII.1の後半を読みました。水、木、金と週3日ラテン語を学びに通われているOさんに訳読をご担当いただきました。

文法を一方で学びながら、水曜日はキケロー、金曜日はセネカのテキストを独力で調べ抜いて解釈を発表されます。たいへんな studium です。

私も気になった表現が、Videlicet quia omne bonis ex virtute principium est, ex hujus radicibus etiam ea quae vos et amatis et expetitis oriuntur? でした。

Videlicet はどこにかかるのか。bonis はどう解釈すればよいか(何にかかるか)。hujus は何を指すのか。ea quae...expetitis は具体的に何を意味しているのか?といったことがポイントになります。

(・・・つづく)

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September 09, 2005

新しいかずクラス!

福西です。

かずの高学年(5,6年生)が、新しく秋学期からスタートしています。

昨日は6年生2人と、はじめて見学に来られた5年生2人との4人で授業をしました。全員、こちらがもっと教えたくなるような、熱心な生徒ばかりです。一段、また一段と、のぼろうとしている人から、その手を預けてもらえるような役目は、本当に甲斐があります。授業が終わると、私にも「一緒にのぼった」という達成感があります。

同じ「かず」といっても、やはりそのクラスごとに個性(伝統?)があって、それぞれがよくなるように持って行けたらと思います。中級クラスでは「マイル通帳」があったり、授業を少し早く切り上げて、幼稚園のお庭で「おにごっこ」をしています。上級クラスではそういったおまけがない代わりに、1時間が純粋に勉強の時間で話ができる気がします。

私は、このクラスで勉強する時間は、もちろん1時間が理想ですが、そのうちの30分でも十分だというように構えています。黒板を書き写す1時間ではなくて、自分で手を動かす1時間だからです。それは30分でも価値があります。ですので、ドリルの30分をコアタイムとして、次のような形で授業をしようと考えています。

 前半30分 ドリル
 後半30分 補足説明(休憩もかねて)

今はドリルが楽しい様子なので、したいという所までそれをしている生徒たちの様子を見守っています。どこまでこの調子が続くかは神のみぞ知るですが、上に書いたような授業の形でバランスを取っていこうと考えています。

また、ドリルには、6年生だったら5年生の、5年生だったら4年生のもの(例の「5分間トレーニング」)を使っています。

drill1nen2.jpg

これだと負荷が少なく、ついもう1ページしようという気になるみたいです。でも時々やり方の覚え間違いが発見できるので、いいです。算数を苦手だと思っている(あるいはそう親御さんがおっしゃっている)生徒さんは、結構これで自信と基礎が取り戻せます。

ここからはもう個別の感想なのですが、先週、今週と6年生の2人を見ていると、「今日はどこまでする?」と授業の最初に申し合わせて、実際そこまでやり遂げて帰る点がすごいと感心しています。また、今日たくさん進めば、来週も同じ分だけ進みたいという欲が出るらしくて(いいことです)、「宿題で先にしておく」というところに知恵が回るようです。来週分に下駄を2ページでも履かせておこうというわけです。

また、今日思ったより進まなければ、その気持ちを整理したいらしく、残りは宿題でして来ようというふうに、ドリルを通じて、勉強のペースができつつあります。

その2人の山の学校用の新しいノートには、

今日やった分:ドリル○~□
授業で何か先生が言っていたこと
宿題:ドリル○~□

が記録されています。毎週続けてくれると嬉しいです。最初私は、「ドリルには答を書き込んでいいから、ノートはいらないかもしれない」と言ったのですが、せっかく持ってきたノートです。彼女たちは自分で、そのノートに使い道を与えたのでした。私はそれを見て、いいと思いました。

Posted by at 08:19 PM | Comments (0)

T君あれこれ

たとえばみなさんは、下のような計算をどう解くでしょうか?

(□-3)×5=10

これもまたT君に驚いたことなのですが、私が( )の外し方を教えようとして、時間がかかってしまったところ、T君は後で私に説明してくれたのでした。

T 「×5は、÷5をすればいいんじゃないの?」
私 「と、いうのは?」
T 「×の反対は÷だから」
私 「ああ、そのやり方を知ってるのか」
T 「(□-3) = 2  としてから、
   ( )の中が2になるような□を考えたら、ね?」
私 「なるほど、次の問題もそれでできるなあ」

逆演算の考え方ができることに感心したのです。移行とか逆演算は、中学生でも「?」の人がいるのに、彼はそれが3年生でしっかりできているのでした。

T君はまた、問題を解いている間に、ひまをみつけて、自分で問題を作ることもします。そちらだけに流れると、基礎をあいまいにしてしまうというデメリットがありますが、うまく時間の中でバランスを取れば、教える側としては願ってもない傾向です。

問題を作るのは、当然それを解いてもらいたいからで、それには、「子ども」が「大人」に問題を出すという、逆転できる喜びがあります。たいていそのときに、大人(特に男の子の場合は父親)にかまってもらった子どもは、その大人への好感情がイメージとして数学の興味の上に灼きついて、数学が好きになっていくようです。少なくとも嫌いにはならないと思います。

遊びのように見える数字の羅列した計算問題には、二種類あって、頭を使ったのとそうでないのとがありますが、できればそのうちの頭を使って作られた問題については、大人の人はできるだけ付き合ってあげてほしいと思います。
(T君がせっせと問題を作っていた時に、「それ、誰に解いてもらうの?」と私が軽くたずねると、T君は健気にも、「自分で解くの」と答えました。私はそれで、私に解いてもらいたかったんだと気付いて、ぐっときたのでした)

なぜこの数字は3ではなくて4にしているのか──それは割り切れるようにするためだとか、+ではなくて×にしているのは──計算しやすいためだとか、出題者は実は意外に頭を使っています。遊びで集中するのと同じような時間を使っています。そして算数に限らず、問題を作って人に出したことを喜びとして覚えている人は、その科目については好感情を抱きます。

私もまた、T君の中にある「数学のいずみ」から湧き出してくるものを、大事に汲み取ってあげられたらと思います。それは義務感に駆られるせいではなくて、自身の経験を追体験するような気持ちになるからだと思います。

Posted by at 05:06 PM | Comments (0)

素数の情緒

かず中級クラスのT君は3年生ですが、ドリル的な経験は十分にできているので、そろそろ別の何かを用意しなければと思っています。

欲を出せば、もちろん4年生、5年生のドリルが待っているのですが、どうせ同じ余力を使うならば、1年先のことをするよりも、と、彼の場合10年先、数学そのものへの興味を引き出す方が適切だろう、とりわけ整数への感性を磨くことが優先されるだろうと思って、問題集を作って渡しています。

今週は、

「2よりも大きい偶数(4,6,8…)は、2つの素数の和に分解できる(か?)」

という問題でした。たとえば次のような分解が考えられます。

4=2+2
6=3+3
8=3+5
10=3+7

問題はこの後、大きな偶数でも分解可能かどうかということです。100はどうでしょうか。1000は?10000は? 

T君には「49999までの素数表」を渡して、その中であてはまる数を探してもらいました。T君はさきに6、8、10の分解で、3がよく出てくることに気付いて、とりあえず3を選び、もう一つの素数は、元の数より3小さい数が素数表にないかを探していました。100の場合は97、1000の場合は997と。なかなか賢いやり方だなあと思いました。

実際、97も997も素数で、
100=97+3
1000=997+3

と分解できます。では、

5000=?

T君の方法では残念ながら今回はうまくいかず、それでも結局、4957+43を自力で見つけていました。

こうした素数の問題は「ゴールドバッハの予想」といわれるもので、実際は予想でしかなく、いつでも二つの素数に分けられるかどうかは分かりません。ただ、それを「証明する」には専門知識がいるとしても、具体的な数で「確める」だけなら、小学生の手でも十分にできるということです。

実際、こうした小学生でもできることが、年齢が過ぎるにつれて、頭ではわかるようになるけれど、楽しいと感じるのが難しくなっていくのが一般的です。T君には「だからこそ」と思います。

<5000までの素数表>

2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97, 101, 103, 107, 109, 113, 127, 131, 137, 139, 149, 151, 157, 163, 167, 173, 179, 181, 191, 193, 197, 199, 211, 223, 227, 229, 233, 239, 241, 251, 257, 263, 269, 271, 277, 281, 283, 293, 307, 311, 313, 317, 331, 337, 347, 349, 353, 359, 367, 373, 379, 383, 389, 397, 401, 409, 419, 421, 431, 433, 439, 443, 449, 457, 461, 463, 467, 479, 487, 491, 499, 503, 509, 521, 523, 541, 547, 557, 563, 569, 571, 577, 587, 593, 599, 601, 607, 613, 617, 619, 631, 641, 643, 647, 653, 659, 661, 673, 677, 683, 691, 701, 709, 719, 727, 733, 739, 743, 751, 757, 761, 769, 773, 787, 797, 809, 811, 821, 823, 827, 829, 839, 853, 857, 859, 863, 877, 881, 883, 887, 907, 911, 919, 929, 937, 941, 947, 953, 967, 971, 977, 983, 991, 997, 1009, 1013, 1019, 1021, 1031, 1033, 1039, 1049, 1051, 1061, 1063, 1069, 1087, 1091, 1093, 1097, 1103, 1109, 1117, 1123, 1129, 1151, 1153, 1163, 1171, 1181, 1187, 1193, 1201, 1213, 1217, 1223, 1229, 1231, 1237, 1249, 1259, 1277, 1279, 1283, 1289, 1291, 1297, 1301, 1303, 1307, 1319, 1321, 1327, 1361, 1367, 1373, 1381, 1399, 1409, 1423, 1427, 1429, 1433, 1439, 1447, 1451, 1453, 1459, 1471, 1481, 1483, 1487, 1489, 1493, 1499, 1511, 1523, 1531, 1543, 1549, 1553, 1559, 1567, 1571, 1579, 1583, 1597, 1601, 1607, 1609, 1613, 1619, 1621, 1627, 1637, 1657, 1663, 1667, 1669, 1693, 1697, 1699, 1709, 1721, 1723, 1733, 1741, 1747, 1753, 1759, 1777, 1783, 1787, 1789, 1801, 1811, 1823, 1831, 1847, 1861, 1867, 1871, 1873, 1877, 1879, 1889, 1901, 1907, 1913, 1931, 1933, 1949, 1951, 1973, 1979, 1987, 1993, 1997, 1999, 2003, 2011, 2017, 2027, 2029, 2039, 2053, 2063, 2069, 2081, 2083, 2087, 2089, 2099, 2111, 2113, 2129, 2131, 2137, 2141, 2143, 2153, 2161, 2179, 2203, 2207, 2213, 2221, 2237, 2239, 2243, 2251, 2267, 2269, 2273, 2281, 2287, 2293, 2297, 2309, 2311, 2333, 2339, 2341, 2347, 2351, 2357, 2371, 2377, 2381, 2383, 2389, 2393, 2399, 2411, 2417, 2423, 2437, 2441, 2447, 2459, 2467, 2473, 2477, 2503, 2521, 2531, 2539, 2543, 2549, 2551, 2557, 2579, 2591, 2593, 2609, 2617, 2621, 2633, 2647, 2657, 2659, 2663, 2671, 2677, 2683, 2687, 2689, 2693, 2699, 2707, 2711, 2713, 2719, 2729, 2731, 2741, 2749, 2753, 2767, 2777, 2789, 2791, 2797, 2801, 2803, 2819, 2833, 2837, 2843, 2851, 2857, 2861, 2879, 2887, 2897, 2903, 2909, 2917, 2927, 2939, 2953, 2957, 2963, 2969, 2971, 2999, 3001, 3011, 3019, 3023, 3037, 3041, 3049, 3061, 3067, 3079, 3083, 3089, 3109, 3119, 3121, 3137, 3163, 3167, 3169, 3181, 3187, 3191, 3203, 3209, 3217, 3221, 3229, 3251, 3253, 3257, 3259, 3271, 3299, 3301, 3307, 3313, 3319, 3323, 3329, 3331, 3343, 3347, 3359, 3361, 3371, 3373, 3389, 3391, 3407, 3413, 3433, 3449, 3457, 3461, 3463, 3467, 3469, 3491, 3499, 3511, 3517, 3527, 3529, 3533, 3539, 3541, 3547, 3557, 3559, 3571, 3581, 3583, 3593, 3607, 3613, 3617, 3623, 3631, 3637, 3643, 3659, 3671, 3673, 3677, 3691, 3697, 3701, 3709, 3719, 3727, 3733, 3739, 3761, 3767, 3769, 3779, 3793, 3797, 3803, 3821, 3823, 3833, 3847, 3851, 3853, 3863, 3877, 3881, 3889, 3907, 3911, 3917, 3919, 3923, 3929, 3931, 3943, 3947, 3967, 3989, 4001, 4003, 4007, 4013, 4019, 4021, 4027, 4049, 4051, 4057, 4073, 4079, 4091, 4093, 4099, 4111, 4127, 4129, 4133, 4139, 4153, 4157, 4159, 4177, 4201, 4211, 4217, 4219, 4229, 4231, 4241, 4243, 4253, 4259, 4261, 4271, 4273, 4283, 4289, 4297, 4327, 4337, 4339, 4349, 4357, 4363, 4373, 4391, 4397, 4409, 4421, 4423, 4441, 4447, 4451, 4457, 4463, 4481, 4483, 4493, 4507, 4513, 4517, 4519, 4523, 4547, 4549, 4561, 4567, 4583, 4591, 4597, 4603, 4621, 4637, 4639, 4643, 4649, 4651, 4657, 4663, 4673, 4679, 4691, 4703, 4721, 4723, 4729, 4733, 4751, 4759, 4783, 4787, 4789, 4793, 4799, 4801, 4813, 4817, 4831, 4861, 4871, 4877, 4889, 4903, 4909, 4919, 4931, 4933, 4937, 4943, 4951, 4957, 4967, 4969, 4973, 4987, 4993, 4999,

このような表をじっと見ていると、ほかにも問題が生まれてくると思います。
たとえば私だったら、「1000ずつ、10000ずつ…の素数の個数の分布はどうなっているのだろうか?」ということが気になります。

・100までに素数は何個あるか? (25個)
・100ずつ区切ると、その区間の素数の個数はどうなっているのか? (101~200までは21個)
・1000ずつ区切ったり、10000ずつ区切ったり、区間の大きさを変えるとどうなるのか?

Posted by at 03:41 PM | Comments (0)

秋学期スタート

福西@かず中級です。
夏休みをはさんで、子どもたちとまた会えたことがうれしいです。

4人の生徒はそれぞれよくがんばってくれています。たとえばK君にスポットを当てると、
春学期から数えて実に8冊目のドリルに入りました。今では一財産築いたという感じです。今週は二桁の暗算でした。

55-24=31
62-35=27

K君はたまに「あってる?」と答を確認しに来るだけで、繰り下がりがあっても、暗算でとけるようになっていました。これは大きな前進です。彼を見ていると、スポーツで練習に励むように、ぎこちない動作を練習によって、当たり前の動作にしていく手続きを思い出します。

どの生徒もそれぞれに階段があります。のぼりつめた高さは違っても、一段一段の高さはみんな同じです。その一段をのぼる努力もみんな同じなのだろうと思います。

秋学期もこの調子で、気がついたら、「ここまで来ている」というようにしていきたいと思っています。

Posted by at 10:04 AM | Comments (1)

中学英語

中学三年生というと受験が気になるところですが、昨日中学二年生の復習が完了しました。
曲がりなりにも自分で取り組み、最後まで仕上げた問題集を手にするとき、山の頂上に立った高揚感にひたれると思います。今から勢いをつけて中三の復習、そして学校の学習範囲を追い越して、二学期中に最後まで仕上げようと思っています。

Posted by at 09:27 AM | Comments (0)

September 08, 2005

次回の青春ライブ授業!

次回の青春ライブは次のような内容です。(無料)

日  時 平成17年10月28日(金) 午後7~8時半
場  所 北白川幼稚園 第3園舎
対  象 中学生以上
演  題 『「あれもこれも学んでみたい!
~知のネットワーク化』
講  師 前川 裕(まえかわゆたか)

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前川先生は「山の学校」のラテン語講師です。

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次回のラテン語のゆうべ

次回の「ラテン語の夕べ」をご案内します。(無料)

日  時 11月11日(金)PM 8:00-9:30
場  所 北白川幼稚園 第3園舎
対  象 ラテン語に関心のある方
内  容 ラテン語はおもしろい

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次回の山びこクラブ

9月の「山びこクラブ」をご案内します。(無料)

日  時 9月16日(金) 4時から5時半。
場  所 北白川幼稚園 第3園舎
対  象 小学生
内  容 紙ひこうき・キャッチ ver2!

Posted by at 05:57 PM | Comments (0)

小学校1年「ことば」

以前書いたものですが、「ことば」クラスの雰囲気をお伝えするため再掲します。

小1「ことば」のクラスだより
山下太郎

 「ことば」の小1クラスでは、子どもたちに親しみのある俳句や絵本、紙芝居を紹介しながら、「楽しく言葉にふれること」をモットーにしています。

初めに新しい俳句一首を紹介し、全員でこれを繰り返します。何度も声を合わせて復唱していると、ちょうど音楽の歌詞を覚えるように、誰もが自信をもって暗唱できるようになります。

 腹の底から声を出すと自然に大きな音になりますが、街中とは違い、山の緑がどこまでも優しく包んでくれるかのようです。「今の(大きな)声、山のてっぺんまで聞こえたかな?」――いつも、誰かが得意そうにこの台詞を言います。気心の知れた仲間と一緒に俳句を朗唱する経験は、大人になってから、山の風景と共に懐かしく思い出すことができるでしょう。

 俳句の次は、絵本と紙芝居の時間です。日本の昔話やグリムやアンデルセンの作品をアレンジした絵本や紙芝居を選んでいます。絵本1つと紙芝居1つでちょうど時間いっぱいになります。

 俳句を通して「言葉」のもつ美しさやリズム感を感じ取ることができるとすれば、絵本や紙芝居の読み聞かせを通し、子どもたちは「物語」の楽しさに触れることができます。起承転結のついた物語展開に何度も何度も接することによって、物語の「先を読む」能力が着実に形成されていきます。この点、テレビやビデオでは、立ち止まって先を読む必要もなく、また、その「考える」時間さえ奪われているので、これらのメディアに接すれば接するほど、子どもたちの「先読み能力」は乏しく貧弱なものになっていきます。

 このようなわけで、私は絵本や紙芝居を読む際、新しいページや場面に移る前にいったん話をとめ、「次はどうなるでしょうか?」と期待を持たせるように合いの手を入れるようにしています。すると、あっちからこっちから、「次はこうなるんやで」、「いや違う、こうなるはずや」とめいめい私に「教えて」くれます。こうして期待のボルテージが最高潮に達した段階でページをめくると・・・子どもたちの期待通りに展開すればそれはそれでよし、まったく予想を裏切る展開になっていたとしても、それもよしです。

 余談ですが、今ふれた「物語の先読み能力」は、学校教育において、とくに国語と英語の学習において、後々計り知れない恩恵をもたらします。たとえば、この能力が豊かに備わった生徒は短時間で要点を見抜く力、速読力に長けており、国語や英語の長文読解を苦にすることが少ないものです。しかしそれを培う原動力は、何より各家庭での会話や「読み聞かせ」の習慣――子どもではなく保護者がその鍵を握っている――にほかならないことをここに強調しておきたいと思います。

 意外に思われるかも知れませんが、小学校に上がっても、子どもたちは親に「本を読んで!」とせがみます。これは「甘え」ではありません。まだ、「先読み能力」の未熟な子どもたちは「言葉の授乳」を渇望しているのです。このとき、色々な理由をつけて「自分で読みなさい」と突き放すのは子どもにとってかわいそうなことです。いずれ、「先読み能力」に自信が持てるようになれば、放っておいても一人で本を読むようになります。それが身についていない段階で「自分で読みなさい」、「たくさん読みなさい」と言うのは、酷なことなのです。乳児への授乳を「甘やかし」と称する人はいないように、子どもへの読み聞かせの習慣は、いかなる教材、いかなる教育メソッド――私の授業も含む!――にも勝る最高の教育なのだと私は思います。

 さて、前回の「ことば」のクラスでは、アンデルセンの『人魚姫』の絵本(いわさきちひろの挿し絵が美しい)を読みました。私自身この作品の正確なあらすじはすっかり忘れていたのですが、読み進めるにつれ、子どもが理解するにはたいへん複雑な筋の展開になっていることに気づきました。最後に人魚姫が泡となって消えるところまで、正確に筋を覚えている大人は意外に少ないのではないでしょうか。
ところが、一人の女の子がこの話をよく知っていて、ページをめくるときに「これは次にこうなるのよ」と合いの手を入れ、筋の展開を正確に言い当てたのには驚かされました。また、その女の子の話しぶりを他の子どもたちも静かに聞き入っていたのが印象に残っています。

 このような子どもたちの様々な合いの手――紙芝居の大蛇の絵を見て、「せんせー、あんなー、ぼくきのう、へびみたでー」等も含む――は、そのどれもが快い「場」の空気を作り上げ、絵本や紙芝居の魅力を全員で余す所なく分かち合う上で、不可欠のスパイスになっています。

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ラテン語講読

キケローの「老年について」を読んでいます。
お仕事の都合で従来参加されているお二人が9月いっぱいはお休みされますが、
新しいメンバーを一人迎え、昨日はマンツーマンで読みました。
キケローを読みながら文法の確認をしていくというスタイルでした。
キケローの文章は、「教科書的」で、教科書の例文として使えるものばかりでした。

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September 07, 2005

漢字

今日は小学生・中学生クラスで漢字検定の問題を解きました。小学生が4級、中学生が3級です。
春学期から毎回何かしらの文章を書く練習を積んできましたが、知っている漢字でも、つい平仮名で書いてしまうところがあるのが気になっていました。そこで、秋学期は漢字のレベルアップを目指します。
漢字は地道な努力によって確実に身に付くものなので、継続して取り組めるようにしたいと思っています。これは同じようなやり方で、後々は英単語力のアップにも繋がるでしょう。

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September 06, 2005

ことば(小1)

今日は「いったんもめん」が大人気でした。

1度目は電気をつけて読みました。終わってから、各自自分の言いたいことを順番に述べていきましたが、他人の言うことを最後まで聞いてから「はいっ」と手を挙げて発言できるようになっていたので、「おお、成長したなぁ」と感心したのでした。

最後の場面で「でも、私も笑っていられません。あさましい欲を出したために、こんなめにあったんですからね」という台詞があるのですが、「あさましい欲」とは何のことだったのか、みなで話し合いました。

ここで次の作品に移る予定だったのですが、子どもたちはぜひ「いったんもめん」をもういちど読んでほしい、と。しかも、「電気を消して!」と懇願されました。

みなしーんと静かになって、同じ話を最初から最後まで聞きました。二度目は、一度目とちがうところまで気づいて理解できますね。おもしろい作品は、なんど読んでも、おもしろいということを子どもたちは本能的に知ってくれているとしたら、これから作品選びにおいて、あれもこれも、と手を広げずにすむかなぁと思った次第です。

むしろ、このクラスの「定番作品」というのをみなで選定していけたらと思っています。

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September 05, 2005

台風接近

学校機関に順じる形で、警報が発令されたらお休みになります。

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「ある人は」 立原道造

ある人はうつくしい窓を持ち
椅子に凭れて眺めるといふが
僕の窓には黒ずんだ埃ばかり

高い空を流れる雲の せめてあのあたりの
青い色をと思ふのだが
いつかの日にはそれさへ曇天の灰色だつた

いつそ潮風でも吹いて来て
海がひろがつてくれればいい
この窓から ヨツトに乗るんだ

winds.JPG

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September 02, 2005

秋学期の予定

火曜日ことばクラスの秋学期の予定です。
どのクラスも作文・小論文・討論があります。

<小学生>
アラン『四季をめぐる51のプロポ』を続けて読みます。
漢字検定4級の勉強をします。(予定)

<中学生>
アリストテレス『弁論術』を続けて読みます。
漢字検定3級の勉強をします。(予定)

<高校生>
ヤスパース『哲学入門』新潮文庫、を、新たに読み始めます。

各クラスに夏休みの宿題を出してあります。保護者の方からのおたよりと一緒に、初回の授業時間に提出をお願いします。

Posted by at 11:38 PM | Comments (0)

新学期スタート

昨日より新学期がスタートしました。

クラスの時間割、授業内容などについて、お電話でお問い合わせをいただいています。

じっさいに、ご見学いただくことも歓迎です。ご遠慮なくお申し出下さい。

Posted by at 06:53 PM | Comments (0)