February 25, 2005

今日のやまびこ

「カプラでかまくら作りに挑戦しよう!」

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3度目の正直で、やっとできました!
キレイ事抜きで、本当に「みんなの力」でできたと思いました。(2つ目が無理と分かったときは、さすがに時間が厳しいかと思いましたが(笑)。)

でもその間に積み方のコツをつかんだ「ツワモノ」たちが、続々と3つ目を積んでいくペースは、今までで一番息が合っていました。そしてついに! 一つのかまくらが完成~!(みんな、最後はすごかったですね!)

今年度の山びこクラブは、これで終了です。
これまで遊びに来てくれたお友達、ありがとう!
また来年会おうね!

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ラテン語

昨日も予定通り4課進みました。ゴールがはっきり見えてきました。あと2回で終わります。昨日は少し時間に余裕があったので、最後にラテン語に由来する現代語について、あれこれ考えてみました。非人称動詞 interest と英単語 interest の関係を考えることから始まって・・・。

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February 24, 2005

キケローを読む

今週は、41節まで読みました。

内容は、徹底した voluptas (快楽)批判です。

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February 23, 2005

これから

福西です。以下は引用です。

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数の世界

福西@数の世界です。

先週は「オイラーの多面体定理」と4次元のサイコロをイメージする話をしました。

今週はメビウスの輪をきってみました。

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(ふぞろいのメビウスたち)

次元や空間という話が続いて、話がふくらみすぎてきた気配があるので、来週からはまた高校数学の基礎に戻ります。

ちょうど学校では三角関数を習っているそうなので、sinやcosが定義を見れば「ただの分数」であることや、sinΘ^2+cosΘ^2=1の公式にピタゴラスの定理が出てくるといったことを確認しながら、この前までしていた初等幾何のおさらいというか、sinやcosといった解析関数を使っても理解できるところに、数学の素晴らしさがある、といった内容をしていこうと思います。

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February 17, 2005

ラテン語初級文法

本日の授業では、間違って5課進んでしまいました。来週の予習を1課分お手伝いした形とし、本日は4課のみ進んだこととします。

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やまびこ通信最新号

やまびこ通信2月号が刷り上りました。

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February 16, 2005

1月の青春ライブ授業!レビュー

児童書から教わったこと――それは、思い出すこと (福西亮馬先生)

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 参加者が三々五々集まった頃、静かにピアノの曲が流れ出しました。福西先生による演奏の始まりです。皆の心が静まり、拍手の鳴る中、今度は机いっぱいに並べられた児童書のひとつひとつを手にとりながら、現在に至るまでの読書の思い出を順々に語っていかれました。

 福西先生は、幼い頃から空想にふけることが大好きな少年でした。絵本や児童書は常に空想の世界に誘う秘密の窓口であり、そこには現実世界で経験できない数多くの出来事や、仲間との出会いがありました。やがて中学に上がると、これらの舞台に出てくる地名を精緻に書き込んだ手製の世界地図を作るなど、児童書に触発された空想の遊びは、とめどなく発展していきました(その地図の実物をご披露頂いたのですが、参加者の誰もが思わず息をのみ、目を疑うほどのできばえでした)。

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 しかし、高校に上がる頃には、そのような「遊び」への後ろめたさも感じるようになり、この気持ちを払拭するかのように勉強にも力を入れたそうです。そして、無事に大学入学を果たすと、専門の機械工学の領域はもちろんのこと、「虚学」と呼ばれる学問も含め、一心不乱に勉強に打ち込まれました(ラテン語を習得されたのもこの時期のことです)。やがて、「世の中に役に立つものをつくりたい」という強い気持ちから大学院に進学され、「実学」――「制御」の理論――の研究に没頭する日々が続きました。そんなある日、ふと目の前に飛び込んできたのが次の「太陽」と題する詩でした。

おさなごの詩 「太陽」

先生 太陽ってなんぼある?
    山科の家にいった時もあったで──、
    山口の家にいったときかって──、
    北極にも 南極にも あるんやろ──、
先生 屋上にも太陽あるな──、
    先生 見張りしてゝや──、
    僕 運動場にもあるか見てくるからな!

 お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、この詩の中で「太陽ってなんぼある?」と尋ねた園児が福西先生ご本人であり、また、この詩の作者は、幼稚園時代にお世話になった担任の先生なのでした。この詩に出会い、福西先生は大きな感動に包まれます。時空を超えて自らの「思い出」との遭遇を可能にする言葉の力を思い、何より自分の言葉を大切に書き留めて下さった先生への感謝の気持ちに満たされました。このとき心の中で強く決意されたそうです。「自分も子どもの言葉を大切にできる大人になりたい」と。

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 この決意は、それまで愛着を覚えながらも、現実からの逃避と受け止めがちであった自らの懐かしい思い出――児童書を読み、空想の世界に遊ぶこと――の意義を再確認することにもつながりました。福西先生によれば、「児童書とは、子どもの時に読む本ではなくて、子どもの時を思い出す本」であり、(上に引用した詩のように)「大人の作者が子どもという常に生まれてくる者のために、自らの思い出を書き残した本」のことです。先生はさらに、ファージョンの作品を紹介しながら、子ども時代の心を「今」に蘇らせる創造の原理が、児童文学を創作する作家の原理と共通することを具体的に指摘していかれました。このとき、表題の「児童書から学んだこと」に関連づけて、次のように締めくくられたのが、たいへん印象深く感じられました。
 
 「私が児童書から学んだことは、過去を思い出すことの意味でした。人はよく、『今を大事に生きなさい』と言いますが、それは、『いつか今を懐かしく思い出せるように生きなさい』ということです。私の場合、たまたま先生が自分の言葉を書き残して下さったのですが、それは運がよいのであって、皆さんの場合、やはり自分で自分の経験を言葉にして書き残してほしいと思います。まずは自分のやりたいことを夢中になってやり続け、一方では言葉にならない言葉も含めて、なんとか文字にして書き残してください。いつかそれを読み返し、懐かしく思い出す自分を想像しながら。思い出は自分を強くし、生きる力の源となると信じます。」
 
 「今を思い出せるように精一杯生きる」――それは簡単なことのように思えますが、実践するのはなかなか難しいことです。人生を主体的に生きない限り、過去を懐かしく思い出すことはできないからです。事実、自分の感情を押し殺し、人まねを繰り返すだけでは、思い出の源となる経験を育てることはできません。

 この日「青春ライブ授業!」に参加した生徒たちは、誰もがしーんとしてお話に聞き入っていました。冒頭で流れたピアノのメロディーが、最初から最後まで静かに流れていたと感じられるほどでした。そんな適度に張りつめた空気の中、先生は「今を生きることの意味」について、希望に満ちた小・中・高生に真摯に語って下さいました。それは子どもたちに対する最高のオマージュとして、また、心からの激励として、彼らがいつか将来ふりかえったときに、必ずや心に残る思い出に熟成するものと確信しました。

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February 12, 2005

木曜日のラテン語

28課「指示代名詞および限定代名詞」から、31課「人称代名詞」まで進みました。以上、覚え書きまで。

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February 11, 2005

昨日の授業

順調に復習を重ねています。この英語クラスについては、次の記事をお読み下さい。山びこ通信2月号用の原稿です。

英語の基本(中学2年生)
英語は基本が大切です。とりわけ中学一年生の勉強が決定的に重要です。この勉強をあいまいにしていては、学年を問わず日々の勉強が重く、しんどく感じられます。
昨年以来、全員に中学1年生用の問題集を徹底的に解いてもらいました。間違えるたびに、辞書を引いていちいち確認していきました。それが功を奏したのでしょうか。今は、2年生の問題集をすいすい仕上げています。めいめいが自分で選んだ問題集を使っていますが、薄い本を選んでも、厚めの本を選んでもそれは自由です。各自が自分でノルマを決め、それを授業時間内にこなしていきます。
私は各自の自習ぶりを見てまわり、きりのよいところで採点し、赤ペンでコメントを書いていきます。あいまいにしておくと後々問題になると思われる間違いについては、一緒に辞書を引いて例文にマークをさせています。単に「辞書を引きなさい」と指示するだけでは駄目で、最初は横について辞書の引き方を一から教える必要があります。これを丁寧にやると、英語に関し「自分で勉強ができる」生徒になり、これを怠ると「自分で勉強をする気がわかない」生徒になります。
英語の勉強は、辞書を丁寧に引くことに加え、やはり地味な文法のドリルが重要です(一斉授業では個々の過ちをあいまいにしたまま先へ進みがちです)。小学生の漢字の書き取りと同じで、やれるときに徹底してやっておかないと、高校に入ってから、勉強の理解に大きなハンディを抱えることになります(逆に、高校生で英語に不安を抱える者は、思い切って中学1年生の勉強からやりなおすべきです)。それはちょうど、「てにをは」があいまいなまま、漢字ばかり覚えても、日本語が理解できないのと同様です。
語彙について言えば、中学の段階でできるだけ積極的に高校レベルの語彙にも親しむべきです。派生語、反意語、単語の成り立ちに留意すれば語彙力は飛躍的に伸ばせます。そして、この習慣は、辞書を面倒がらずに引く中で自ずと会得できるものと思います。そのやる気を引き出すためにも、私自身、英語の語源に話が及ぶときには、率先して大英和辞典を引いてみせ、ときにはギリシア語、ラテン語の辞書も引きながら、英単語の成り立ちの話をするよう務めています。

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February 10, 2005

最近のつれづれ

福西@かずです。
山びこ通信の原稿とは別に、今何気に思っていることを書いてみた文章です。

「ひらめき=天才」という命題

 昨年、日本の新体操陣営がアテネ・オリンピックで活躍しましたが、その影響で、体操クラブへの習いごと熱が高まっているというニュースを見たことがあります。
 取材に応じたあるコーチが、淡々と言うには、近所から通う子どもも、選手育成コースの人も、練習内容はひたすら基本となる動作の繰り返しで、特別なプログラムをこなしているわけではありません、ということでした。
 ああ、そうか。これがあの9.875という数字となるのだ。と、吊り輪で回っている体操選手の映像が、何か立体的に見える思いがしたのでした。
 審査員が見ている技の美しさとは、つまり膨大な基本の蓄積であり、過去であり、いわば結晶なのです。演技の華やかさに目を奪われがちですが、それを作り出す原理は、蓄積された基本にあるのだと。蓄積されているものを見ることは稀だからこそ、驚きとなる、それが新体操なのだと、その時には思えたのでした。

 数学にも、『数学オリンピック』 (1)というものがあります。そこには、何時間もかけて、ひらめいて問題を解く楽しみがあります。しかしこの「ひらめき」という言葉はなかなか曲者で、人によっては、特別視すると同時に敬遠してしまうでしょう。『ひらめきは天才のものだ。私は天才ではない。だから天才のことは、私にはできない』という結論を導いてしまうのです。(2)しかし前提を誤っていることには、あえて気付こうとはしません。
 ひらめきとは、基本を思い出すことです。たとえば、解けると思っていたのに、なかなか解けない問題があるとします。うんうんうなっているうちに、ふと、基本にある定理や定義に立ち返って、再出発すると、なるほど、解けた、ということがよくあります。この「なるほど」が、ひらめきのことなのです。幾何学で必要な1本の補助線は、定理1つと等価です。それはすでにどこかに「書かれているもの」なのですが、最初に習った1回で、それを使えるようになったと心得てしまうのは、体操選手の大車輪を1回見て、自分もできると空想するのと同じです。泥臭いですが、何度も基本をおさらいして、ある日、補助線が「一度やったことのある定理」に見えた人は数学において強いですし、結局、数学を好きになっていきます。本当に基本問題に夢中になっていれば、「私にはひらめきがない」という口癖もおのずと消えていることでしょう。(福西亮馬)

(1) 数学オリンピックの目的は、それに参加した人が、自身の数学への好奇心を再確認し、参加した後は、数学それ自体に向かって行ってもらうことです。参加することに意義がある、というのはそういった意味です。数学オリンピックは、数学それ自身に対する窓です。ゴールではないです。

(2) ひらめきは決して天才のものではありません。なぜなら、外から与えられるのではなくて、内にあるべきものだからです。また、天才ということにしても、本当の天才は、内にあるものです。(内にあるものを外から与えられたと謙遜するのは、別のこととして善いとは思います)。

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「楽しくやるのは大いに結構、しかし楽をしようとするな」

同じ字でも気持ちの向かう方向は真逆ですね。

誰から聞いたんだっけ、と、ようやく思い出しました。
小学校のときの担任の言だったような気がします。

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February 09, 2005

感想

生徒からいただいた感想です。

ことば
ことばでは、書きぞめをしたり、ちょっと難しい作文を書いたりしています。作文は、中学生レベルのものをしたりするのは難しいけれど、言葉についてくわしくなれます。(小学6年生)

しぜん
いつも楽しく、山の学校に通っています。わかりやすく教えてくださってとても楽しいです。中学校に行っても、よろしくお願いします。自然のクラスでは、たけのこほりや、川原などに行って石採集をするなど、自然といっしょに、自然のことを学んでいます。(小学6年生)

英語の基本
「英語は基本が大切」ということで、私は、中学1年生の問題集の1ページ目から解きました。忘れていたことがたくさんあって、最初はショックだったけれど、この復習のおかげで、2年生の勉強もあまり間違わなくなりました。自分のペースで勉強できるのがいいです。(中学2年生)

数の世界
山の学校に通っていることで、一番良かったと思うことは、問題を、時間を気にせず解くことができるということです。学校と違って、点数とか、残り何分で何問解かなきゃいけない、というようなことを考えずにただ問題を解くときの楽しさ、おもしろさを感じることができるのがとても嬉しいです。いつも、気がつくと授業終了間際で、本当に時間を忘れて授業を楽しんでいます。(中学3年生)

日本語の読み書き
春学期から秋学期にかけては、プラトン著『メノン』を読みました。内容について毎時間、先生と意見交換をすることで、自分の考えが以前より上手くまとめて話せるようになりました。小論文の書き方も細かく教わり、起承転結を分ける練習もしていたため、学校で行なった小論文は、すらすら書けて、自分でも驚きました。(高校1年生)

数と自然
先生の経験談を交えた授業は面白く、おすすめの参考書を教えてもらえたりして、数学に親しみ易くなりました。少しハイレベルな授業を理解し、自分のものにできる段階が面白いです。(高校1年生)

数の世界
僕が山の学校に通い始めた時は時は、僕一人と、福西先生だけだったのですが、半年近くの時間が経過した今では(早いものです。)中津君や近藤君も加わりにぎやかになり、お互いに自分の意見や考えを交換したりするなどして数学の世界を探険しています。このことは一人一人の関心や知識、能力を高めるには最高の方法だと思います。なぜなら自分だけの考え方を人との交換により、多面的に考えられるからです。そうした日々を過ごすことは、大きな目標への偉大なる一歩となるでしょう。そしてこれをより有効な一歩に活用していこうと思います。(高校1年生)

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February 08, 2005

2005年度「山の学校」会員募集

今日できた山の学校のチラシです。
ごらんください。

2005年度「山の学校」会員募集

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“落ち葉カルタで遊ぼう” 小学生しぜんクラス秋学期最終日<11月30日(火)> 山下育子

前回の11月16日(火)のしぜんクラスでは、お庭、そしてお山の中へ落ち葉を見つけに出かけました。どの葉がどんな木から落ちてきているか・・などを見て、集めて歩きました。クラスにもどり、そうして拾った数種類の落ち葉をよく見てみると、いろいろな色,形,穴あきの葉(春に虫が食べた跡)などがあり、種類ごとに分類するとまたそれぞれの葉の特徴がよくわかりました。子どもたちの顔と同じくらいの大きなクリの落ち葉もありました。
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ほどよい大きさの落ち葉、主に「モミジ」「モクレン」「イチョウ」「クリ」「カキ」の5種類を6枚ずつ計30枚選び、約一週間後には、“紅葉の押し葉”が出来上がりました(作り方は下記参照)。それを、厚紙に1枚ずつ貼り付け、『落ち葉カルタ』をつくります。
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【かんたん落ち葉カルタのつくり方/IKUKO風】
*分厚い電話帳を利用します。
①落ち葉1枚を、ティッシュ2枚の間にはさみます。
 (ティッシュを使うのは、葉に印刷のインクがつかないようにです)
②電話帳の間に計30枚を約一週間、そっとはさみ込んでおきます→上に約2㎏ほどの重石をのせる。
③カード台紙(ボール紙くらいの厚さ)を押し葉の枚数分用意し、その上に出来上がった押し葉1枚をのせ、細くカットしたセロテープで、葉,枝を数カ所とめていきます。
④押し葉が痛まないように、カードにビニール袋をかぶせピッタリの大きさになるようカバーをします。
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   (↑カードの枚数を確認)
*みんなで集めた秋の落ち葉から、モミジ,モクレン,イチョウ,クリ,カキの計30枚の『落ち葉カルタ』が出来上がりました。
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さて、次にあげるのは、子どもたちで考えついた『落ち葉カルタ』の遊び方です。

■落ち葉神経衰弱■ ↓

遊び方/全てのカードを裏返しにして、トランプの神経衰弱の要領で同じカードが2枚めくれたら、いただき!
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『えい、これだー!』 『ぼくがとるー』 『ぜんぜんあわへんー』と、これはなかなか面白い。
クラスに歓声があがります。

■モミジめくり■ ↓

遊び方/百人一首のぼうずめくりの要領で、カード30枚を下向きに積み重ね上から順にめくっていきます。
 「モミジカード」(全部で6枚あり)が出たところで、手持ちのカードを全て差し出します。
 次に「モミジカード」をめくった人は、前に差し出されたカード全てがもらえます。その繰り返しで進みます。
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『あーぁ、残念!』 『なかなか増えへん』 『わたし、出してばっかり・・ショック!』
傍ら、着々と懐を肥やしている子は、ニンマリニンマリ・・・。
『うふっ!今度は最後にたくさん取れたわ!』  -よかったわね。-

*白熱して次々とカードをめくっていく途中で、突然、少し小さめの個性的な赤いモミジカードが出たら、何だかヒヤッとするものを感じます。前に出ているカードをもらえるときは嬉しいのですが、手持ちカードをすべて差し出すのはとてもショックなのです。

■モミジばばぬき■ ↓

遊び方/「モミジカート゜」の1枚を“ばば”に見立てて先に1枚抜いておきます。そして、トランプの“ばばぬき”の要領で進み、最後に「モミジカード」が1枚残った人が負け。
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*一番赤く小さなモミジが、ばばカードに。出てきたらやっぱり「はっ!」として、なぜか雰囲気的にちょっぴり
こわいカードに思えてくるのは私だけではなかったはず。でも、何度も繰り返し楽しみました。

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他に、「イチョウめくり」などもしました。まだまだ楽しい遊び方が閃きそうです。
最後に、全員でハイポーズ!!  -左右の葉は、モクレンとクリの落ち葉カード-
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秋の落ち葉を集めに出かけ、みんなで拾った落ち葉で作った『落ち葉カルタ』。それぞれの葉の特徴,色,大きさを、遊びながら自然に覚えてしまった秋学期最後の楽しいクラスでした。『落ち葉カード』は、自分の好きなカードを選んでお土産に持って帰りました。

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February 06, 2005

セネカを読む

De Vita Beata 幸福な生活について

今週は、3,4節を読みました。最後の一行、sanabimur, si separemur modo a coetu. (人々の群れから離れれば、健全になれる。)というのが、全体の要約になっていると思います。授業を終えてから、日本語で言う「みんな・・・している」という意識にとらわれることをやめることなのかな、と自分勝手に解釈しています。では、セネカは、何を幸福の本質とみているのか、これからの展開が楽しみになってきました。

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February 04, 2005

昨日のラテン語の授業

昨日は、24課「完了、過去完了、未来完了の受動相」から27課「能動欠如動詞」まで。

少し余談も混ざり、時間を若干オーバーしました。受講生のみなさんの熱意に寒さを忘れ、あっというまに4課進みました。

デポーネントの話は、なんかトリッキーで、いまひとつ、しっくりいかないですね。「慣れ」がものをいう世界の一つだと思います。完了、完了分詞の形も「覚える」ほかないわけで、同様です。

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February 02, 2005

今回のレジュメ(細水先生)

青春ライブ授業! 
3月25日(金) 講師:細水康平

タイトル:Like likes like

皆さんもご存じの通り、学術分野で使われる
共通言語は英語です。数多くの書籍や論文
が英語で毎日のように出版されています。

英語が重要なのは書籍だけではありません。
前回の「お話」の後、海外で学会に出たり、共
同研究を遂行したりする機会を得ることがで
きました。その期間、同じ分野の人たちと会話
することの重要性について実感することが出
来ました。

研究における英語・言語の役割、コミュニケー
ションの大切さについてお話させていただきた
いと思います。

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今回のレジュメ(廣瀬先生)

青春ライブ授業! 
3月11日(金) 講師:廣瀬一隆

タイトル:考えるってどんなこと?

こんにちは、3月11日に青春ライブでお話させて
頂くことになっている廣瀬です。

以前にも、青春ライブでお話したのですが覚えても
らっているでしょうか?

今回も前回に引き続き「考えるってどんなこと?」
をテーマに、みなさんとさまざまな議論、話し合い
ができればと思っています。

議論といっても、とくに難しく考える必要はありま
せん。自分の考えを、相手にとってわかりやすく、
丁寧に言うことを心がければ、それだけで十分で
す。

とはいえ、いきなり議論を始めることには難しいと
ころもあると思いますので、議論の種子となる、テ
ーマをあらかじめこちらから提案しておこうと思い
ます。以下のテーマについて自由に意見を書いて
ください。

       *

まず、ひとつめ。自分といつも意見の合わない人っ
ていますよね? 誰しも一人や二人、そういう苦手
な人っているものです。では、どうしてその人とは
意見が合わないのでしょう? その原因を、自分で
じっくり考えて、文章にしてみてください。

       *

普段普通に生活しているだけでも、意見のぶつかり
合いは起こるものですよね。みなさんは、友人と意
見がぶつかったときにはどうしていますか? 自分
の経験にそって書いてみてください。いつもは、こ
ういう風にしてしまうけど、本当はこうしたほうが
いいんだろうな、という書き方でもいいですよ。
できるだけ細かく、自分の体験とそれにもとずく自
分の考えを書いてくれるとうれしいです。

       *

さて、意見の異なる人とどのようにして接するか、
というテーマでふたつの文章を書いてもらったと
思いますが、ここで日常生活から、少し遠くへ目
をやってみます。世界にはさまざまな価値観を持
った人たちが暮らしています。もしも、あなたが
慣習が日本とまったく異なる地域に行って、そこ
の習慣に従うように求められたとしたら、どうし
ますか?ここでは、話を具体的にするために、イ
ンドにいってそこの習慣(牛を崇拝すること、川
で沐浴をかかさないことのふたつ)に従うことを
求められた場合、としましょう。


以上三つのテーマについてみなさんの意見を教え
てください。どんなに常識に反しているように思
えるものでも、反対にありきたりに思えるもので
も、まったく構いません。ただ、正直に自分の考
えを書いてくれれば、それが価値ある文章になり
ます。

また、みなさんの方から、何か議論したいテーマ
があれば、書いてみてください。それも、みんな
で話し合ってみましょう。それでは、みなさんの
ご協力をお願いします!

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3月のお知らせ

『青春ライブ授業!』 からのお知らせです。

 第12回 「考えるってどんなこと?」
 とき  3月11日(金) pm7:00-8:30
 講師 廣瀬一隆 滋賀医科大学2回生

廣瀬先生の回(前回)の感想はこちらです。(第5回目)
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 第13回 「Like likes like」
 とき  3月25日(金) pm7:00-8:30
 講師 細水康平 京都大学大学院M2

細水先生の回(前回)の感想です。(第2回目)
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*2月の青春ライブは、第13回目3月25日
に変更いたしております。

上記の講師による前回の「青春ライブ授業!」は、
pdfファイルでもご覧いただけます。

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