福西(ことば・高学年)です。
今回も、古文の暗唱です。
疎水べりを歩きながら、方丈記の冒頭と、漢文を暗唱しました。
歩きながら、手をあげた人の暗唱を一人ずつ聞いていき、
言えたら、「合格」と言ってあげます。
ぼくのすることは、まあこれだけです。
方丈記の「行く河」が流れている京都で、「歩きながら暗唱したなあ」
という思い出を作る。そんな授業でした。(鴨川ではありませんが)
今日の暗唱は、次の二文。
行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。
年年歳歳 花 相似たり
歳歳年年 人 同じからず
方丈記は一目で「長い」と感じたらしく、どの子も敬遠しがちでした。
でも、「年年歳歳…」からクリアーすると、食欲(まさに食欲です)
が出てきて、「よっしゃ、次!」という流れができました。
でも、まだ方丈記はハードルが高かったらしく、その中間に、
前回の復習をあてました。
東風吹かば 匂ひ起こせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな
帰りなんいざ 田園まさに蕪れなんとす なんぞ帰らざる
やっぱり一回目と二回目は覚えがちがうようで、よく言えました。
あの微妙に記憶回路をくすぐるのが面白いようです。
これで合格が一つから三つに増え、そこで残した方丈記にも、
食欲が出たようです。方丈記は三つに切って「食べ」ました。
小学生が六人口々に、疎水に到着するまで、暗唱。暗唱。暗唱。
そして疎水べりでは、「行く川の水は…」。
散歩で行き交う人に、彼らの声はどんなふうに聞こえたのかなあ
とふと思いました。
「今度三年生の教室に入ってくるのが、今三年生の君
じゃないように…」というふうなことも話しながら、
みんなで疎水を見つめていました。
山の下に戻ってくる間もまたよくて、熱唱続きでした。
あれはまたもう一度したいです。
一年の最後に、本当に思い出深い授業をされている様子がまぶしく感じられます。
私も大学で「文学入門」を教えていたときは、この「方丈記」をよく引用しました。
時まさに春。ゆく河の・・ではありませんが、「ゆく子どもの流れは絶へずして」、「しかも、元の子にあらず」という感慨に浸るシーズンであります。
子どもたちは、導入次第で高いハードルに挑戦しようとどん欲ですね。私も今日の英語のクラスでは、欧米の文筆家のエッセイを精読しています。
大学受験生でも難しい英語を、現中学3年生がしっかり辞書を引いて読むのです。古典的な文法の知識に根ざした精読の手ほどきをほぼマンツーマンで行うのですが、案外大事な知的体力を養うことになるのだと思っております。
子どもには無理だろう、とトライするチャンスを奪うのではなく、無理なことにも挑戦してみよう、という気概を含めて、子ども達を指導したいですね。
Posted by: 山下太郎 at March 17, 2004 10:55 PM