March 17, 2004

今日のことば

福西(ことば・高学年)です。

今回も、古文の暗唱です。
疎水べりを歩きながら、方丈記の冒頭と、漢文を暗唱しました。

歩きながら、手をあげた人の暗唱を一人ずつ聞いていき、
言えたら、「合格」と言ってあげます。
ぼくのすることは、まあこれだけです。

方丈記の「行く河」が流れている京都で、「歩きながら暗唱したなあ」
という思い出を作る。そんな授業でした。(鴨川ではありませんが)

今日の暗唱は、次の二文。

 行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
 久しくとどまりたる例なし。
         
 年年歳歳 花 相似たり
 歳歳年年 人 同じからず

方丈記は一目で「長い」と感じたらしく、どの子も敬遠しがちでした。
でも、「年年歳歳…」からクリアーすると、食欲(まさに食欲です)
が出てきて、「よっしゃ、次!」という流れができました。

でも、まだ方丈記はハードルが高かったらしく、その中間に、
前回の復習をあてました。

 東風吹かば 匂ひ起こせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな

 帰りなんいざ 田園まさに蕪れなんとす なんぞ帰らざる

やっぱり一回目と二回目は覚えがちがうようで、よく言えました。
あの微妙に記憶回路をくすぐるのが面白いようです。

これで合格が一つから三つに増え、そこで残した方丈記にも、
食欲が出たようです。方丈記は三つに切って「食べ」ました。

小学生が六人口々に、疎水に到着するまで、暗唱。暗唱。暗唱。
そして疎水べりでは、「行く川の水は…」。

散歩で行き交う人に、彼らの声はどんなふうに聞こえたのかなあ
とふと思いました。

「今度三年生の教室に入ってくるのが、今三年生の君
じゃないように…」というふうなことも話しながら、
みんなで疎水を見つめていました。

山の下に戻ってくる間もまたよくて、熱唱続きでした。
あれはまたもう一度したいです。

Posted by at March 17, 2004 08:55 PM
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一年の最後に、本当に思い出深い授業をされている様子がまぶしく感じられます。

私も大学で「文学入門」を教えていたときは、この「方丈記」をよく引用しました。

時まさに春。ゆく河の・・ではありませんが、「ゆく子どもの流れは絶へずして」、「しかも、元の子にあらず」という感慨に浸るシーズンであります。

子どもたちは、導入次第で高いハードルに挑戦しようとどん欲ですね。私も今日の英語のクラスでは、欧米の文筆家のエッセイを精読しています。

大学受験生でも難しい英語を、現中学3年生がしっかり辞書を引いて読むのです。古典的な文法の知識に根ざした精読の手ほどきをほぼマンツーマンで行うのですが、案外大事な知的体力を養うことになるのだと思っております。

子どもには無理だろう、とトライするチャンスを奪うのではなく、無理なことにも挑戦してみよう、という気概を含めて、子ども達を指導したいですね。

Posted by: 山下太郎 at March 17, 2004 10:55 PM
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