宇梶です。
中学生の「ことば」のクラスの代講を行ないました。
テキストとして、(文章の長さとしても内容としても的確と思われる)寺田寅彦氏のエッセイ
「流言蜚語」を用いました。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/43260_17028.html
このエッセイが書かれたのは関東大震災の翌年で、ここで例に挙げられている「流言蜚語」
は、おそらくは朝鮮人虐殺事件の際のものだと思われます。何故デマというものは生じるの
か、何故鵜呑みにされてしまうのか、そしてどうしたら防げるのか、そういった点が論じられ
ています。
寺田氏は、「科学的常識」というものを土台にし、冷静になって情報を判断すれば、流言蜚語
が拡大するのは防げるのではないか、といった主張をしていました。
授業としてはまず音読を行い、内容について議論し、最後に作文を書いてもらいました。
生徒のMさんは、
「まず、物理的には誰がうわさを流したのだろうと考える。そして誰かをついせきする。単
じゅんだが、そのだれかをついせきするのならば、その方法が一番いいと思った。」
つまり、誰が噂を流したのかを追跡し、当人に確認を求めることで、噂の真偽を確かめること
ができるのではないか、ということです。
Jくんの意見。
「例えば、「急に教室のドアがはずれて近くにいたC君が頭を打って重傷なんだって。」みたい
な本当にありそうなことを流してしまったら防ぐためにはそのC君に聞くしかないのでとても広
がりやすいデマだが、だれかがそのC君に聞いてうそとわかったらその事を伝えればいいと思
う」。
寺田氏は「科学的常識」に従って冷静に考えればよいのでは、との主張でしたが、Jくんが言う
には、それでも「常識的に考えていかにもありそうなことを伝えるデマ」に対してはどうすれ
ばいいのかと問い、やはり当人や実際の事実を確認するべき、と主張していました。
授業後、山下先生との雑談の中で、僕が山下先生のブログに書いた「ローマ文化に対する偏
見」が話題に上がりましたが、
http://www.kitashirakawa.jp/~taro/mt/archives/001338.html
やはり直接原典に触れることが大切だ、という話になりました。偏見を解消するには、事実を
確認するに如くはない、ということです。
この点からしても、MさんやJくんの主張は正しいのだな、と感心した次第です。
Posted by at May 28, 2005 10:19 PM