福西@高校・数の世界です。
『道具力』──あるいはすっぱいぶどうの経験──
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「ぼくの日本における最大の夢は、日本に数学コンテストを根付かせること」というピーター・フランクルの話や、数学オリンピックのことを知ったのは、「数の世界」に来てくれている、A 君を通じてでした。
A 君は高校1年生です。その話を聞くと、学校ではクラブで、友達と数学オリンピックの問題を解き合っているそうです。そこで、私も遠隔からですが、山の学校の授業で付き合ってみようと考えたのでした。
それまでの私は、お恥ずかしい話ですが、高校時代からの偏見をそのまま引きずっていました。数学オリンピック、と聞いたときの、当時の印象を思い出すと、学校の授業についていくのが精一杯だった私は、自分の能力不足を思い知らされるのが嫌だったので、こう言ってのけていたのでした。
「そんなものを解けたからって、一体どうなるんだ」と。
本式の国際数学オリンピック(IMO)の制限時間は9時間。6問を解きます。私たちがクラスで解いているのは、日本の、それもまた予選問題なのですが、私のようなアマチュアには、その予選の1問にでも、1週間かかって解けたら「万歳」が出てしまいます。アイデアがひらめいて解けることは、正直、嬉しいです。(ちなみに予選は3時間12問と、ちょっとせわしないですが)。そしてそこで試されるのは、道具を使う力よりも、作り出す力だと、つくづく思います。私はこれを、『道具力』と呼びたいと思います。ちょっと定義しておきます。
「道具力とは、定理を証明するために、途中の補題を作り出せる力のことである」
つまり、道具を使いこなす力ではなくて、作り出す力のための定義です。「必要は発明の母」と言いますが、数学オリンピックの問題には、まさにそのような力が試されます。
数学でいう『道具』とは、定理を証明する準備となる、「補題」(complement とか、lemma とかいうもの)のことですが、まずひらめいた事柄を、確かだとする補題を作り、それを鍵にして、定理を証明します。 補題ができ上がれば、あとはそれを問題に応用するだけなので、勝ったも同然なのですが、その補題に、過去の数学者が作った既成品の定理を利用することも考えられます。もちろん、それでもいいのです。気付くことが大事だからです。しかし、もし知らなくても、自分でそれに類することを作り出して、前に進める自力はもっと大事ですし、根本にあります。それが1問に何時間も用意されている理由です。
自前の補題が問題に通用しないようだったら改良する。または別のアイデアから、別の補題を作る。そうした試行錯誤の中に喜びを感じ取る、というのが、私が数学オリンピックの問題を掴んだ時の感覚です。(こう言うと偉そうですが、実際の私はほとんど解けません)
素手でゴリゴリとやっているうちに、解ける問題もあります。しかし解けるかどうか分からない問題は、未だ新しい道具が人類の脳みそに不足しているから、未解決なのだ、と思いながら、頭を悩ませるところが、「解けるかどうか分からない」問題の醍醐味です。
あたかも未知の問題として目に映るような問題に挑戦すること。そして人の道具を借りるよりも、自分で必要を感じて生み出した道具を使って、前進すること。
つまり、真に将来の未解決な問題を解く時の練習をしているのです。あるいは、「解けたからって、どうなるんだ」などという私の古い印象は、ぶどうを前にしたひがみでしかないのです。
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ところで昔、私は、「似顔絵」というものが、肌色の絵の具がなければ描けないものだと、強く思っていました。幼稚園の頃の話です。そして、「どうしたの?」と、先生がやってきて、パレットの上に橙と白を混ぜると、知っているあの肌色が、みるみると浮かんでくることに感動を覚えました。
私はこの「混色の原理」を自分の物にしたくて、「どうして肌色になるのか」としつこく聞いて回った覚えがあります。質問された側は、どうしてと言われてもそうなるのだから、と思ったことでしょう。
今あの時の私が聞きたかったことを翻訳すると、その疑問は、肌色に限らず、「どんな色でも、同じようにしたら作り出せるのか」ということだったのです。たとえば茶色は、幼稚園児にとって最初から絵の具の色として用意された、おなじみの色ですが、もしなくても、橙と黒から作り出すことができます。しかしそれを知らなくても、「混ぜれば何とかなる」ことを知っていれば、試行錯誤のうちにはいずれ、その組み合わせに気付くでしょう。私はその「組み合わせ」に夢中になる物を感じました。
これまで肌色やそれに類する色がなければ描けなかった世界が、ぐんと広がりました。幼稚園時代に肌色を伝授してくれた先生は、だから私の恩人です。桃色とか黄土色とか、いつも最初に「絵の具の色」として見る色が、なくても、今ある色からひねり出して、それを友達に教えることができました。そうすることで、それまで苦手だった(というか拘束に思えた)お絵かきの時間から、悠々自適の世界へと一歩抜け出したのでした。
数学でいう知識、つまり数の論理的・構造的な事実もこれと同じなのです。過去の数学者によって確認され積み上げられたそれは、知識の「構造物」です。それは、それ自身の、ちゃんとした土台の上に立っているからこそ、そのように大きくなるのです。それがために、基礎的な部分を、絵の具でいうと十二色程度は知っておくことは、まず必要なことです。
しかし、必要というのも程度の問題で、十二色よりも二四色、四八色…といって、二五六色最初から知っておかないと、解けないような問題は、本当の意味で解けないのではありません。
必要とされる知識に近い知識を、はじめら持っていれば、確かにスマートに解けるでしょうが、そのことに問題の難しさが依存しているのではありません。知識を自作できるかどうかにかかっているのです。ちょっとしたロビンソン・クルーソーになれば、知識を学ぶことも、知識を発明することも、両方大事だと分かるはずです。
しかし知識を発明するには、無人島に行くぐらいの、それなりの覚悟がないといけません(と私は思います)。その問題を解こうとするのは自分であって、それに関心のない人が、自分の代わりに道具を発明してくれることはないのだ、とそのように自分に言い聞かせている人が、こつこつと、作り出した道具は、どれも誇らしげに見えます。ぶどうの木を初めて見て、それが欲しいと思った最初に人間になって、色々なものを発明することは、とても楽しいことです。
私は、知らないことが知識の真の限界ではないことを、痛切に感じます。反対に、「知らないから解けない」で止まってしまう自分が、少しずつ脱皮していくことは、苦しみながら楽しめる作業です。作り出せないから、その意味で解けないのだと思って、諦めない。そして少しずつ自在になれる。自分の思うように行かないことが、許容範囲になる。
「知っていれば使う、なければ作る」この単純な行為の組み合わせで、問題を解決することは、何も数学に限ったことではありません。
複雑な道具が現在の世の中を支える一方で、その道具自体を作る基礎力が次の世代、また次の世代へと受け継がれていかないと、世の中はどんなに努力しても、縮小再生産の道をたどることになりかねないでしょう。
そのことを杞憂に吹き飛ばすために、教育はますます盛んになるべしです。作り出された道具を、次の世代にもたらすだけではなく、作り出す力を育てる点においても。
ううむ、いいお話を読ませていただきました。Ryoma 先生の「いかないでリスト」にこのエントリーを登録しておいてください。ご推薦します。最終行に共感と感銘を受けました。Pフランクル氏の熱き魂にも間接的にふれた思いがいたしました。
Posted by: 山下太郎 at September 28, 2004 11:26 PM