June 11, 2004

『ことば』のクラス紹介

  『ことば』高学年クラス

   (火曜日A 4 :10~5 :10 / B 5 :30~6 :30) 


  『ほったんかけたか』

            ──担当 Nagumo Taisuke

タイトルを見て何のことやらと思われた方が多いかと思いますが、これ、現在火曜日の「ことば」のクラスで読んでいる若山牧水の『みなかみ紀行』所収、「山上湖へ」という一章にでてきますひとことです。

ひとこと、といいますか、要は牧水が憩う木立の中で耳を澄ませた郭公(カッコウ)の鳴き声の音写であります。

私なぞは日本海側の生まれであるせいか、この「ほったんかけたか(ほっけんかけたか)」を読むと反射的に親不知子不知(おやしらずこしらず)、安寿と厨子王の昔話を思い出してしまうのですが、そういえばこれも森鷗外がたいへん優れた文章に書いております(『山椒大夫』)ので、そのうち授業で取り上げるかも知れませんし、また「何でほったんかけたかと鷗外が関係あるの」と思われた向きには繙読されると面白いかも知れません。

さて、私の担当している「ことば」のクラスでは、まず音読。そして漢字の読み書き。辞書を引く。という三本柱を建てています。

まだ屋根が載っかっておりませんけれど、屋根というのは文章を読んで感じ味わい、そしてそこから受けたこころの動き(ジーンとしたとか面白くなかったとか、何にも感じなかったとか、快不快ひっくるめてぜんぶ)を「自分が使える日本語で表現する=書く」ということであるのですが、そこまではまだ達成できておりません。

「何にも感じない」ことを表現する、というのはどうも一見矛盾しているようですが、感じないからにはその理由があって、どうしてそうなのという根本まで突き詰めて考える、そういうことが出来れば良い訳です。不可能なことではありません。

そしてその基礎となるのはやはり読み書きであり、土台もしっかりしてないのに屋根は載っかりませんし、また「音読」というのもポイントで、牧水は歌人でありますから、ことばの持つリズムとか舌の上に転がる感覚とか、そういったものを非常に大切にしています。それは実際に声に出して読んでみないとなかなか調子がわかりません。

文章を読む楽しみというもの、そのひとつには「自分のお気に入りのことばや文章を見つける」というのがあるかと思いますが、タイトルの「ほったんかけたか」は最近の授業でちょっとブレイク(まさに文字通り爆笑が割れて出る感じ)したことばであります。意外な面白さを湛えた日本語の発見、それはやはり他人から受ける感化の力が大きい。

自分は授業前に通読したときは、その前後の心情描写が非常に美しいことばかりに気を取られて、「ほったんかけたか」には特別注意を払うというようなことはしませんでしたけれども、この音写の絶妙なこと、それは柔らかな感受性に教えられたことであります。寂しさばっかりを感じてしみじみするのみならず、頭蓋骨に響いてくる朗らかさがあります。

本というのはいっぺん買ったら捨てるか売るか無くすまで、ずっと手元にあることになりますから、何年かまた何十年かあと、ふっと読み返してみるような偶然があるかも知れません。そんなすてきな偶然が、今は小さな雛鳥たちに、きっと訪れますように。

Posted by at June 11, 2004 12:20 PM
Comments
Post a comment









Remember personal info?