April 28, 2004

「ことば」 4月28日(水)

水曜日「ことば」の授業担当の宇梶です。

今日は宮沢賢治の『なめとこの山の熊』を読みました。
熊を銃で殺してその肝を売る猟師が、最後には自分の方が熊に殺されるという話です。
この猟師(小十郎)は「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。おれも商売ならてめえも撃たなけぁならねえ」と言います。
そんなかたちで自らの業を感じていた小十郎は、一頭の熊に殴られて死んでしまいます。熊は「おお小十郎、おまえを殺すつもりはなかった」と言っています。
そして、亡くなった小十郎の周りに熊が集まってきて、お話は終わりになります。

今日は生徒が自分から積極的に音読したいと言ってきたので、交替で読むことにしました。
読み終えた後、私は「小十郎は死んだ後にどうなったんだろう」と尋ねてみました。
すると「神様になったんだよ」という答えが。「熊たちは小十郎を神様にしたの」。「だって、熊たちはもともと小十郎のこと好きだったんだもん」。

以前に民俗学関係の本で読んだのですが、もともと東北のマタギの間では、殺した熊の霊を送る儀式が行なわれていたそうです。
おそらくは山岳信仰と関係があり、その霊は山の神のもとに送られていたそうで。
『なめとこ~』の中では、生徒の意見を踏まえて考えるならば、この図式が最後で反転するのだと思います。
つまり、熊たちの方こそが儀礼を施すことで、最後に殺された小十郎は神様になるのだと。
(確かにこの絵本の最後のシーンでは、熊たちが喪に服し、霊を送るための儀式を行なっているように見えます)。

他にもいろいろ興味深い対話があったのですが、今日のところはここまでにします。

Posted by at April 28, 2004 10:58 PM
Comments

福西です。宇梶先生はいつもストーリーが
付いていますね。

多分宇梶先生も、知っておられた知識が、
まさかこんなところで(子どもたちの素の
口から)で出てきたことが、びっくりされた
のではないでしょうか。

ぼくも子どもたちの反応を知って、勉強に
なりました。

『なめとこの山の熊』は、紙芝居にも入って
いますね。ぼくだと、安易に敷居を低くして
紙芝居に頼ってしまった所があるのですが、
今回授業で使われたのは絵本ですよね。

多分、原文に近い長さだったと思いますが、
それを、「読みたい」という子どもの側の気
持ちを大事にしてあげて、結果的に、朗読
に持っていった手腕が、すごいなと思います。

#私は最初から朗読させようとした「結果」、
うまくいかなかった経験があります。だから
ただ「本を読む」ということのことができる
授業は、すごいなと思います。

Posted by: 福西亮馬 at May 7, 2004 08:09 PM
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