福西(ことば)です。
漢文を読んでいたら、ホラティウス
を連想する句が出てきました。
「歳月人を待たず」です。
得歡当作楽 歓を得てはまさに楽しみを作すべし、
斗酒聚比鄰 斗酒、比隣(ひりん)を集む。
盛年不重来 盛年、重ねて来たらず
一日難再晨 一日、再び朝(あした)なり難し。
及時当勉勵 時に及んでまさに勉励すべし、
歳月不待人 歳月は人を待たず。
(雑歌、陶淵明)
うれしい時は、心ゆくまで楽しみ、
酒をたっぷり用意して近所の仲間と一緒に飲むがいい。
若い時は二度とはやって来ないし、
一日に二度目の朝はない。
楽しめる時には、せいぜい楽しもう。
「時」というのは人を待ってはくれないぞ。
「勉」というのが中国語では「楽しむ」という意味らしく、
勉励は「楽しみに励む」、従って、「カルペ・ディエム」
の本来の意味と似ているのを知って、驚きました。
carpe diem(一日を摘め)でも、
「まじめに生きよう」的な意味は、後からの解釈でしたね。
原文(ホラティウス、詩集Ⅰ・ⅩⅠ)
http://www.thelatinlibrary.com/horace/carm1.shtml
恋人に呼びかけている文脈で、「人生いちどきり、だから恋愛しよう」
というのがもともとなことから、
carpe diemと「歳月人を待たず」は、後の解釈のされ方も
似ていて、なんだか、不思議な一致を見たような感じがしました。
carpe diemの訳は、taro先生のHPにもありますね。
Posted by at March 12, 2004 09:14 PMHor.1.11 ですね。訳は次のようなものです。
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神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、レウコノエ、そんなことを尋ねてはいけない。それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビュロンの数占いにも手を出してはいけない。死がどのようなものであれ、それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、或いは逆に、立ちはだかる岩をものともせず、テュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。酒を漉(こ)し、短い人生の中で遠大な希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから。 今日一日の花を摘みとることだ。
明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。
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福西です。
私は日本語というと、井上靖の文章が
好きなのですが、
『しろばんば』の中に、
少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
という言葉が妙に耳に残って、村の
少年(若き日の井上靖)が、町の中学に
行くための勉強を励むようになる、
という話があったと思います。
「少年老いやすく・・・」については、よくラテン
語の Ars longa, vita brevis. との対応が言わ
れますね。ヒッポクラテスの言葉のラテン語
訳になります。