山下太郎のラテン語入門

ラテン語の独習を支援するサイトです。

Archive for the ‘マルティアーリス’ tag

Frangere dum metuis, franges crystallina.

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「フランゲレ・ドゥム・メトゥイス・フランゲース・クリュスタッリナ」と読みます。
frangere は「壊す」を意味する第三変化動詞 frango の不定法・能動相・現在です。
dum は「・・・するあいだ」を意味する接続詞です。
metuis は「恐れる」を意味する第三変化動詞 metuo の直説法・能動相・現在、二人称単数です。
franges は frango の直説法・能動相・未来、二人称単数です。
crystallina は「水晶(の器)」を意味する第二変化中性名詞 crystallinum の複数対格です。
「水晶の器を壊さないかと恐れると、壊す」と訳せます。
「用心深すぎる手と不注意な手は、どちらも失敗する」と続きます。
マルティアーリス、『寸鉄詩』14に見られる表現です。

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Written by 山下 太郎

1月 11th, 2012 at 4:21 pm

Nec tecum possum vivere, nec sine te.

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「ネク・テークム・ポッスム・ウィーウェレ・ネク・シネ・テー」と読みます。
「nec A, nec B」の構文で、A、B ともに否定します。
possum(私は~できる)は不定法 vivere(生きること)を目的語にとります。
tecum= cum te(te は人称代名詞 tu の奪格)のことです。cum は「・・・とともに」を意味する前置詞で奪格を取ります。英語なら with you となるでしょう。
sine は「・・・なしに」を意味する前置詞で、これも奪格を支配します。
「私はおまえとともに生きていけない、おまえなしに生きていけない」という意味になります。
マルティアーリス『エピグランマタ』に見られる表現です。原文はこうです。

XLVI

Difficilis facilis, iucundus acerbus es idem:
Nec tecum possum vivere, nec sine te.

この2行目が表題です。1行目は、「同じ君が気難しかったり従順だったり、楽しげだったり気難しかったり」という意味です。

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Written by 山下 太郎

5月 14th, 2011 at 9:27 am

Non est vivere sed valere vita est.

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「ノーン・エスト・ウィーウェレ・セド・ウァレーレ・ウィータ・エスト」と読みます。
Non A sed B の構文は「AでなくB]と訳せます。
vivere は「生きる」を意味する第三変化動詞 vivo の不定法・能動相・現在です。
valere は「元気である」を意味する第二変化動詞 valeo の不定法・能動相・現在です。
vita は「人生、命」を意味する第一変化名詞、単数・主格です。
「(ただ)生きることでなく元気であること、それが人生だ」と訳せます。
マルティアーリスの言葉です (6.70.15)。

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Written by 山下 太郎

7月 24th, 2011 at 4:50 pm

Omnis habet sua dona dies.

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「オムニス・ハベト・スア・ドーナ・ディエース」と読みます。
omnis は「すべて」を意味する第三変化形容詞 omnis の女性・単数・主格で dies にかかります。
habet は「もつ」を意味する第二変化動詞 habeo の単数・現在・3人称です。主語は dies です。
sua は再帰代名詞 suus の中性・複数・対格で dona にかかります。
dona は「贈り物」を意味する第2変化名詞 donum の複数・対格です。habet の目的語になっています。
dies は「日」を意味する女性・第5変化名詞 dies の単数・主格です。
「すべての日は、それ自身の贈り物をもっている。」という意味になります。
<補足> マルティアーリスの言葉です(8.78.7)。毎日、何か新しい贈り物との出会いが待ち受けている、というポジティブな視点が示されています。毎日の新しい出会いや発見は、人間が手に入れるものというよりも、dies から授かるもの(=dona)という見方が新鮮です。

関連図書:

Epigrams, Volume I: Spectacles, Books 1-5 (Loeb Classical Library)
Martial D. R. Shackleton Bailey
0674995554

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Written by 山下 太郎

5月 15th, 2011 at 12:22 pm

Omnis habet sua dona dies. 毎日その日の贈り物がある

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マルティアーリスの詩に見られる言葉です(8.78.7)。韻律の都合もあり、語順は少し変則的です。文頭の omnis (すべての)が文末の dies (日)を修飾し、動詞の habet(持つ)と目的語の sua dona (それ自身の贈り物を)を包み込む形になっています。字句通りに訳すと「すべての日は、それ自身の贈り物をもっている」となります。

「一日」が擬人化され、私たち人間に毎日新しい贈り物をプレゼントしてくれるというイメージが示されています。一日、一日、その日の贈り物があるという認識は、私たちの心を前向きにしてくれます。「今日はどんな贈り物があるのかな?」と素直な子どものような気持ちで朝を迎えることができます。

「贈り物」を受け取る人間は一見「受け身」の立場にあるように見えますが、そうではありません。この言葉をすてきだと感じ、素直な気持ちで「人生の恵み」に感謝できるかどうかは人それぞれです。

一見嫌なこと、つらいことに見舞われても、それらを苦しみとして排除する人もいれば、試練として受け入れ、乗り越える勇気を持つ人もいます。平凡に見える日常の中にも、大事なことに気づくきっかけを発見する人もいますし、たいくつだとため息をつく人もいます。日々の「贈り物」は「受け手」となる人を選ぶということです。

ラテン語では「カルペ・ディエム」に通じる言葉と言えますが、禅語の「日々是好日」を思い出すこともできます。

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Written by 山下 太郎

9月 24th, 2012 at 5:46 am

Quisquis ubique habitat, nusquam habitat.

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「クィスクィス・ウビークェー・ハビタト・ヌスクァム・ハビタト」と読みます。
quisquis は英語の whoever に相当します。「・・・する人は誰もが」と訳せます。
ubique は「どこにでも」を意味する副詞です。
habitat は「住む」を意味する第一変化動詞 habito の直説法・能動相・現在、三人称単数です。
nusquam は「どこにも・・・ない」を意味する副詞です。
「いたるところに住んでいる者は、どこにも住んでいない」と訳せます。
マルティアーリス、『寸鉄詩』の言葉です。

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Written by 山下 太郎

1月 7th, 2012 at 1:00 pm

Rara juvant.

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「ラーラ・ユウァント」と読みます。
rarus, -a, -um (珍しい)の中性・複数・主格が、主語の rara です。名詞扱いします。
juvo (喜ばせる、楽しませる)の直説法・能動相・現在・三人称・複数の形が juvant です。
「珍しいものは(人の心を)楽しませる」という意味です。
マルティアーリスの『エピグラム』(4.29.3)に見られる言葉です。

M.V. Martialis Epigrammata
Nicolas Eloi Lemaire Thomas Farnaby Matthaeus Rader
1115717057

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12月 29th, 2012 at 8:43 am

Si post fata venit gloria, non propero.

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「シー・ポスト・ファータ・ウェニト・グローリア・ノーン・プロペロー」と読みます。
si は条件文を導き、「もしも」を意味します。
post は対格をとり、「・・・の後で」を意味します。
fata は「運命、死」を意味する第二変化中性名詞 fatum の複数・対格です。
venit は「来る」を意味する第四変化動詞 venio の直説法・能動相・現在、三人称単数です。
gloria は「栄光」を意味する第一変化名詞、単数・主格です。
propero は「急ぐ」を意味する第一変化動詞、直説法・能動相・現在、一人称単数です。
「もし死後に栄光が訪れるなら、私は(死を)急がない」という意味になります。
マルティアーリスの言葉です。

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5月 21st, 2011 at 8:55 am

Summum nec metuas diem nec optes.

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「スッムム・ネク・メトゥアース・ディエム・ネク・オプテース」と読みます。
summum は基本的には「最高の」を意味します(比較級は superior)が、ここでは「日」を表す第5変化名詞 dies (ディエース)の対格にかかり、「最後の日」(=死を迎える日)を意味しています。
nec A nec B の構文に注意します。「A も B も共に・・・ない」という意味になります。
metuas は「恐れる」を意味する第3変化動詞 metuo の接続法・現在・二人称・単数の形です。
nec metuas で「あなたは(最後の日を)恐れてはならない」となります。metuas は接続法なので nec と併せて禁止を意味します。
optes は「望む」を意味する第1変化動詞 opto の接続法・現在・二人称・単数です。これも nec と併せて「あなたは(最後の日を)望んではならない。」となります。
「あなたは最後の日を恐れても望んでもならない。」という意味になります。
ローマの風刺詩人マルティアーリスの言葉です。

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Written by 山下 太郎

5月 21st, 2011 at 9:04 am

Ut ameris, ama.

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「ウト・アメーリス・アマー」と読みます。
ut は「・・・するために」と訳せます。
ameris は「愛する」を意味する第一変化動詞 amo の接続法・受動相・現在、二人称単数です。
「あなたが(誰かに)愛されるように」というのが前半の訳です。
ama は同じく amo の命令法・能動相・現在、二人称単数です。「愛しなさい」という意味です。
「あなたは愛されるように、愛しなさい」と訳せます。
マルティアーリスの言葉です(Mart.6.11.10)。

M.V. Martialis Epigrammata
Nicolas Eloi Lemaire Thomas Farnaby Matthaeus Rader
1115717057

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1月 20th, 2013 at 3:12 pm

Vive hodie. 今日生きよ

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Vive hodie. 今日生きよ

ラテン語で「生きる」を意味する一般的な言葉はウィーウォー(vivo)です。「万歳!」を意味するイタリア語の「ビバ(viva)!」という表現や、「生き生きとした」という意味の英単語 vivid もラテン語のウィーウォー(生きる)が語源です。ちなみに、vi- を「ウィ」と発音する点に関しては、ラテン語で「毒」を意味する virus を日本では「ウィルス」と発音することでおなじみです(母音の長短に留意すると「ウィールス」が正式)。

英語圏においては、口頭試験のことを viva voce といいますが、これはラテン語のつづりがそのまま使用される一例です。ちなみに、この表現を直訳すると「生の声で、肉声で」という意味になります。

表題にあげた vive は文法的に言えば命令文で「生きよ」という意味になります。たとえば、Vive memor mortis (死を忘れずに生きよ)のように使います。

vive を用いたマルティアーリスの詩句を紹介します。

non est, crede mihi, sapientis dicere ‘Vivam’;
sera nimis vita est crastina, vive hodie.
わたしを信じたまえ、「こう生きよう」と口にするのは賢者にふさわしくない。
明日の生活はあまりに遠い先にある。今日生きよ。

決意を新たにするというと聞こえはいいのですが、マルティアーリスによれば明日の生き方ではなく、今どう生きるか、どう行動するかが何より大切だと示唆しています。

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Written by 山下 太郎

9月 8th, 2011 at 7:27 am

「明日」はどこに?:マルティアーリス

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マルティアーリス

マルティアーリス(紀元後40年頃~104年頃)は、乱れた世相への風刺を得意とする作品『エピグランマタ』(Epigrammata)14巻(86年)を残しました。エピグラム(寸鉄詩)は、元来墓石や奉納物に刻まれた銘文を意味しました。 誕生日が3月(Martius)1日なので、それにちなんだ名前なのだと詩の中で述べています。 63年ごろローマに出て、文人・詩人と交友関係を深めます(セネカ、ルーカーヌス、クインティリアーヌス、小プリーニウス、ユウェナーリスなど)。

テキスト(5.58)と逐語訳

Cras te uicturum, cras dicis, Postume, semper:
dic mihi, cras istud, Postume, quando uenit?
Quam longe cras istud! ubi est? aut unde petendum?
Numquid apud Parthos Armeniosque latet?

語釈

  • 1行目: cras は「明日に」を意味する副詞です。 te uicturum は「あなたは生きるであろうこと」。te は対格ですが、不定法未来 uicturum の意味上の主語です。dicis (あなたは言う)の内容が不定法で示されています。Postume はPostumus(人名)の呼格。semper は「いつも」。 「明日生きるだろう、明日は」と、ポストゥムスよ、おまえはいつも言う。」
  • 2行目: dic mihi で「私に言え」。dic は命令法。cras istud で「おまえの言う『明日』は」。uenit (来る)の主語。quando は「いつ」。 「私に言ってくれ、ポストゥムスよ、おまえの「明日」はいつやって来るんだ?」
  • 3行目: Quam longe で「どれくら長くかかって(おまえの「明日」はやってくるんだ?」。aut または。unde どこに?petendum (peto:求める)は動形容詞、中性・単数・主格。「求められるべき」(求めるべき) 「どれくらい待てばおまえの「明日」はやって来るのだ?それはどこにあるんだ?または、どこで手に入るんだ?」
  • 4行目: numquid(否定の答えを予想する疑問文を導き)・・・ではないだろうね?apud (・・・の間で;対格支配)Parthos は Parthus(パルティア人)の複数・対格。Armenios (アルメニア人;Armeni の複数・対格)。latet 「隠れる」。 「さてはパルティア人かアルメニア人の間に潜んでいるんじゃないだろうな。」
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Written by 山下 太郎

6月 4th, 2011 at 11:14 pm

おまえなしに生きていけない:マルティアーリス

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マルティアーリス『エピグランマタ』の一つをご紹介します。(12.46)

XLVI

Difficilis facilis, iucundus acerbus es idem:
Nec tecum possum vivere, nec sine te.

2行だけの詩です。
1行目は、「同じ君が気難しかったり従順だったり、楽しげだったり気難しかったり」という意味です。それぞれの形容詞は単数主格なので、辞書を引けば意味が載っています。
2行目は、「nec A, nec B」の構文で、A、B ともに否定します。
possum(私は~できる)は不定法 vivere(生きること)を目的語にとります。
tecum= cum te(te は人称代名詞 tu の奪格)のことです。cum は「・・・とともに」を意味する前置詞で奪格を取ります。英語なら with you となるでしょう。
sine は「・・・なしに」を意味する前置詞で、これも奪格を支配します。
「私はおまえとともに生きていけない、おまえなしに生きていけない」という意味になります。

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Written by 山下 太郎

6月 4th, 2011 at 2:58 pm

珍しきものが喜ばれる:マルティアーリス

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マルティアーリスの詩に見られる表現です。マルティアーリスはエピグラムと呼ばれる短い詩を得意としました。表題の言葉は次の詩に出てきます。

rara iuvant: primis sic major gratia pomis,
hibernae pretium sic meruere rosae.
珍しきものが喜ばれるのだ。林檎も初物ならいっそうよいし、
冬の薔薇なぞ、そりゃあ高値を呼ぶ。
マルティアーリス『エピグラム』第四巻29,3(柳沼重剛訳)

主語に当たる rara は英語の rare(珍しい)の語源です。ラテン語の辞書には rarus の形で載っています。 元来形容詞ですが、ここでは名詞として用いられています。形容詞の名詞的用法と呼ばれるもので、ちょっとした初学者泣かせの用法です。動詞の iuvant は「喜ばせる、楽しませる」という意味の他、「助ける、救う」という意味を持ちます。

後者の用例としては、 Audentis Fortuna iuvat.(運命の女神は勇敢な者たちを助ける)という格言を紹介します。この例でわかるとおり、iuvo は他動詞なので、audentis (勇敢な者たちを)のような目的語を伴うのが本来です。一方、表題の Rara iuvant.は表現上目的語を省略し、簡略化しています。ラテン語、特に韻文や格言的表現ではよくあることです。

「珍しいものは(人を)喜ばせる」と直訳してもよいのですが、意味をくんで「珍しいものが喜ばれる」と訳すわけです。

このように rara iuvant. は、たった二語ですが、ラテン語らしい凝縮された表現であることがわかります。

関連図書:

ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)
柳沼 重剛
4003212312

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Written by 山下 太郎

6月 4th, 2011 at 11:44 am