ホラティウスは、Necessitasを「死の定め」という意味で用いています。身分の上下を問わず、死は確実に訪れます。富や財産は追求しても空しい対象でしかなく、追い求めるとかえって、「恐怖」、「脅し」、「苦悩」に苛まれます。
では、詩人にとってかけがえのない価値とはなんでしょう。それは、次の詩の「農夫らの穏やかな眠り」という表現が、的確に象徴していると思われます。運命があてにならないという認識、金銭の多寡にこだわらないという心がけなどは、すでにご紹介したホラティウスの他の詩にも共通してみられます。たとえば、「カルペ・ディエム」などをご参照ください。
『カルミナ(歌章)』(3.1)
私は俗衆を厭い遠ざける。汝らは沈黙を守るがよい。 未だ聞かれざる歌をムーサイの神官たる私が若き男女のために歌う(4)。
恐るべき王の支配がその民衆に及ぶように、ユピテルの支配は、 王その人にも及ぶ。巨人族への勝利に輝き、万物をその眉によって 動かすユピテルの支配は(8)。
他人より広いブドウ畑を畝によって整える者がいるように、 ある男は他人より高貴な生まれの候補者として選挙に臨み、 ある男は他人よりすぐれた人柄と名声を武器に票を競い、 またある男は他人より大きな子分の集団を持つ。
だが「運命」は、公平な法則によって、 秀でた者にも低い者にも同じ分け前を与える。 容量の大きいくじの壷は、すべての名前を振り動かす(16)。
罪深い頭の上に剣が抜かれつるされていると、 シキリアのごちそうも美味を生み出すことはない。 鳥のさえずりや竪琴の歌もその者に眠りを取り戻してくれないだろう。 農夫らの穏やかな眠りは、賎しい家も、陰多き岸辺も、 西風にかき乱されたテムペの谷間をもいとわない(24)。
十分に足りるものだけを求める者を、逆巻く海も、 沈む牛飼い座や昇る山羊座の狂暴な急襲も、雹(ひょう)に 鞭うたれたブドウ畑も困らせることはない。 また、雨や畑を焦がす星々、あるいは厳しい冬に罪を なすりつける木々をもつ、そんな当てにならぬ畑も、 彼を困らせることはない(32)。
魚たちは、沖に礎石が沈められ、海が狭められたと感じている。 奴隷を連れた請負人と、大地に飽きた地主が、こぞってここへ 切石を沈めているからだ。しかし「恐怖」と「脅し」は、 主人が高所に昇ればその後にぴったりつき従い、黒い「苦悩」も 青銅張りの三段櫂船から去らず、 馬に乗った主人の背中に同乗している(40)。
だからもし、プリュギアの大理石も、星よりきらびやかな緋衣も、 ファレルヌスのぶどう酒も、ペルシアの香木も、悩める人を 喜ばさないならば、なぜ私は羨望を呼ぶ門構えと新しい様式を 備えた邸宅を建てるだろうか。 なぜサビーニーの谷を厄介な富と取り替えるであろうか(48)。