ラテン語格言集 (1)
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Dum spiro, spero.
dumは「〜の間」という意味の接続詞です。
spiro, spero はそれぞれ
第一変化動詞
単数1人称(要するに主語は「私」ということ)で、「息をする」、「希望を持つ」の意味です。
「ドゥム・スピーロー・スペーロー」と読みます。
発音すると音の響きが美しく聞こえます。
直訳は「息をする間、私は希望を持つ」となります。すなわち、「生きる限り、希望をもつことができる。」(=死んだら希望などもてない。)という意味です。
<余談>この言葉を思い出す度、いつもいろいろなことを考えます。「手を止めて深呼吸せよ。希望がわくだろう。」という解釈もできるでしょう。「希望」はラテン語で spes (スペース)といいます。
Vox populi vox dei.
voxは単数属格がvocisとなる
第三変化名詞
で「声」を意味します。
populi は
第二変化名詞
populus の単数属格で、意味は「人間」です。ここでは「人民」という意味で使われます。
dei とはdeus(神)の単数属格です。
「ウォークス・ポプリー・ウォークス・デイー」と読みます。
動詞がありませんが、est(不規則動詞sumの3人称単数)を補います。
直訳は「民衆の声は神の声(である)」となります。
<余談>朝日新聞の「天声人語」はこのラテン語を元にしているようです。
Nihil sub sole novum.
「ニヒル・スブ・ソーレ・ノウム」と読みます。
nihil は英語で nothing の意味をもち、中性形として扱います。この文では主語になります。対応する形容詞 novum(=new)は中性単数形が主語ですから、novus のようにはなりません。
subはunder の意味を持つ前置詞で、次に sole のような奪格をとります。sole は第三変化名詞 sol(ソール、太陽)の単数奪格です。
この文でも簡潔を求めるため、est が省略されています。
<余談>「何ものも太陽の下に新しいものはない。」という意味です。
Et arma et verba vulnerant.
「エト・アルマ・エト・ウェルバ・ウルネラント」と読みます。
et A et Bの構文は、英語のboth A and Bと同じです。「AもBも・・・である」という意味になります。
arma(中性名詞複数主格「武器」)とverba(「「言葉」を意味する中性名詞verbum の複数主格)が文の主語です。
vulnerant は、「傷つける」を意味する
第一変化動詞
vulneroの(直説法・能動相)現在、三人称複数形です。
「武器も言葉も(人を)傷つける」という意味になります。目的語として「人を」を意味する homo の対格 hominem (複数対格で homines)が省略されていると解釈できます。
<余談>こういう表現の場合、AもBもといえば、Aはもちろん実はBも・・・という含みがあります。武器が人を傷つけるように、<実は>言葉も人を傷つけるのだ、というニュアンスです。
Justitia saepe causa gloriae est.
「ユースティティア・サエペ・カウサ・グローリアエ・エスト」と読みます。
Justitia は「正義」を意味する
第一変化の女性名詞
justitia の単数主格です。この文の主語です。
saepe は「しばしば」という意味の副詞です。
causa は「原因」を意味する
第一変化の女性名詞
、単数・主格です。この文の補語です。
gloriae は語尾に注意します。辞書だと gloria, -ae, f. glory (栄光)と記されています。辞書の見出し語のうち、前から数えて二つ目の -ae は単数・属格が gloriae だということを示しています。
gloriae は直前の causa にかけるといいでしょう。「栄光
の
原因」と訳せます。
「正義はしばしば栄光の原因である」という意味になります。
<余談>いつの世も正直者が馬鹿を見るのでしょうか。
古代ギリシアの詩人ヘシオドスはパンドラの神話などを織りまぜつつ、正義の重んじられる社会の実現を願って『仕事と日』(松平千秋訳、岩波文庫)をかきました。
『論語』に「徳孤ならず。必ず隣あり。」という言葉があります。「正義が孤立する」とは思われません。
ユウェナーリスは逆に、
Probitas laudatur et alget.
(正直は賞賛され、凍える)と述べました。probitas は賞賛されても、実際には人々に疎んぜられる、という主旨です。
Semper avarus eget. (Horatius)
「センペル・アウァールス・エゲト」と発音します。
semper は「常に」を意味する副詞です。
avarusは
第二変化名詞
と同じ変化をする形容詞です。ここでは名詞的に使われています。「貪欲な」という意味を持ちますが、ここでは「貪欲な者は」という意味で使われています。
対応する動詞 egeoの変化は3人称単数の形になっています。
eget は「欠乏する」を意味する第二変化動詞 egeo の現在・三人称・単数です(直説法・能動相・現在)。
「貪欲な者は常に欠乏する。」という意味です。
ホラーティウス
の言葉です。(『書簡詩』1.2.56)
<余談>ホラーティウスは、叙事詩人
ウェルギリウス
とともに、古典期を代表する抒情詩人です。
Carpe diem(カルペ・ディエム)
という言葉の生みの親です。
Boni amant bonum.
「ボニー・アマント・ボヌム」と発音します。
boniは形容詞bonus(
第二変化名詞
と同じ変化をする)の複数主格です。
boniは形容詞の複数主格ですが、ここでは名詞として扱われています。日本語は「善人は」となります。
bonum も形容詞 bonus, -a, -um の中性単数対格ですが、ここでは名詞として使われている点に注意します。その場合、「善」を意味します。もちろん、男性単数対格とみなすことも可能です。その場合、「一人の善い男を」となりますが、文脈から考えて、中性単数対格と取るのがよいでしょう。
amantは、「愛する」を意味する
第一変化動詞
amo,-areの直説法・能動相・現在・3人称複数です。
「善人は善を愛する。」という意味になります。
<余談>この格言と同様に、美しい心を持たないと、美しいものは見えないということを考えます。
Fortuna amicos conciliat, inopia amicos probat.
「フォルトゥーナ・アミーコース・コンキリアト・イノピア・アミーコース・プロバト」と読みます。
fortuna は「運命」を意味する
第一変化の女性名詞
、単数主格で「順境は」と訳します。
amicos は「友人」を意味する第二変化名詞 amicus の複数対格で、「友人たちを」という意味です。
conciliat は、「結びつける、与える」を意味する
第一変化動詞
concilio の単数3人称です。主語は fortuna で、目的語は amicos です。
inopia は「欠乏」を意味する
第一変化の女性名詞
、単数主格です。
probat は「試す」を意味する
第一変化動詞
probo の現在、単数3人称です。
「順境は友を与え、欠乏は友を試す。」と訳せます。
<余談>英語の"A friend in need is a friend indeed."を思い出します。
キケローの表現に、"Veri amici rari"(ウェーリー・アミーキー・ラーリー)というのがあります。これは「真実の友は希である」の意味です。キケローは『友情について』(De Amicitia)という作品を残しました。
Curatio vulneris gravior vulnere saepe fuit.
curatio(第3変化名詞単数主格→「治療は」)vulneris(第3変化名詞単数属格(isで終わる点に注意。vulnus,-neris→「傷の」)
gravior=第3変化形容詞gravisの比較級単数主格の形→「より重い、甚だしい」。主語のcuratioと対応しています。
vulnere(第3変化名詞vulnusの単数奪格の形。比較の構文で「〜よりも」に当たる形は普通奪格にする。)
fuit→不規則変化動詞sumの単数3人称
完了
の形。ふつう「〜だった」と訳しますが、格言で用いられる場合、時制は現在とみなすことがあります。
「クーラーティオー・ウルネリス・グラウィオル・ウルネレ・サエペ・フイト」
「傷の治療は、しばしば傷そのものより大きな痛みをともなう。」
色々な意味で取れるでしょう(政治システムの改革とか)。解釈はご自由に。
Nemo ante mortem beatus.
nemo=nobody、動詞est(sumの変化、現在3人称単数)が省略されています。
ante+acc.(対格)→「〜の前に」
mors,-tis(第3変化)→mortem(単数対格)
beatus(「幸福な」第二変化名詞amicusの変化と同じ)
「ネーモー・アンテ・モルテム・ベアートゥス」と読みます。
「だれも死ぬまでは幸福ではない。」
キケローによって「歴史の父」と称せられたヘロドトスの言葉です。『歴史』(岩波文庫、松平千秋訳)の第一巻にある「クロイソス物語」に見られます。
<補足>これは一見残酷なせりふのようですが、一難去ってまた一難といった感じで生きていく私たちにとって、リアリティのある言葉と映ります。
Mors certa, hora incerta.
morsは「死」を意味する第3変化名詞・単数・主格、horaは「時」を意味する第1変化名詞・単数・主格、です。
mors, horaともに、女性名詞・単数・主格ですから、対応する形容詞も、性・数・格が一致しています。
直訳は、「死は確実、時は不確実」です。
我々が死ぬことは確かである。だが、いつ死ぬかはだれにもわからない、という意味でしょう。
発音は、「モルス・ケルタ・ホーラ・インケルタ」となります。
ホラーティウスが
「カルペ・ディエム」
と歌った詩の中に、これと同じ趣旨の表現が出てきます。
<補足>hora mortis (死ぬ時)という言葉の内 mortis が省略されているので、この表現は想像力をたくましくしないと訳せないです。簡単に見えるのですが、ラテン語は、こういう表現に対し案外てこずります。
Varietas delectat.
「ウァリエタース・デーレクタト」と読みます。
varietas は「多様性」を意味する第3変化名詞・単数・主格、delectat は、「喜ばせる」を表す第1変化動詞 delecto の単数3人称現在です。
全体で、「多様性は喜ばせる」という訳になります。いろいろあるから面白い、という意味ですね。
キケローの言葉です。
Fortes fortuna juvat.
「フォルテース・フォルトゥーナ・ユウァト」と読みます。
fortesは「強い」を意味する第3変化形容詞、fortisの複数対格です。fortuna は「運命」を意味する第1変化名詞・単数・主格で、juvat は「助ける」を意味する第1変化動詞 juvo の単数3人称・現在の形です。
「運命は、強い者を助ける。」の意で、英語のことわざ"Heaven helps those who help themselves."を思い出します。
「運命は臆病者の味方をしない」(ソポクレス断片927)という言葉もあります。
<補足>ラテン語の Fortuna は女性名詞です。-a で終わる単語(第一変化名詞)は基本的に女性名詞です。Fortuna が「運命の女神」と訳され得るのは、この単語が女性名詞であることに基づきます。Victoria (勝利、勝利の女神)も同じです。これらの単語は、英語の victory, fortune の語源です。このように、古典の時代では、抽象名詞が神格化されて用いられることがよくあります。あと、「正義の女神」という表現もラテン語ではJustitia といいます。綴りを見れば、これも女性名詞とわかります。だてに「・・・の女神」とは呼ばないわけです。そう呼ぶ理由はラテン語名を思い浮かべることで理解できます。
Homo homini lupus.
「ホモー・ホミニー・ルプス」と読みます。
homoは、「人間」を意味する第3変化名詞・単数・主格の形。hominiは、その単数与格の形、です。
lupusは「狼」を意味する第二変化名詞・単数・主格です。動詞 est が省略されています。
「人間は、人間にとって、狼である。」という意味になります。
ローマの喜劇作家プラウトゥスの『ろば物語』に出てくる言葉です。
Barba non facit philosophum.
「バルバ・ノーン・ファキト・ピロソプム」と読みます。
barbaは「髭」を意味する第1変化名詞・単数・主格、facit は「作る」を意味する動詞facioの単数・3人称・現在の形。
philosophum は、「哲学者」を意味する第二変化名詞 philosophus の単数・対格です。
直訳すると、「髭は哲学者をつくらない。」
うわべを飾っても中身が伴わないと駄目という意味ですね。
Certa amittimus dum incerta petimus.
「ケルタ・アーミッティムス・ドゥム・インケルタ・ペティムス」と読みます。
certa は「確実な」という意味の形容詞・複数・中性・対格で、ここでは名詞的に使われています。
「失う」を意味する第3変化動詞 amittimus (1人称・複数・現在)の目的語となっています。
dum は英語の while と同じ意味をもち、petimus (第3変化動詞petoの複数・1人称・現在)の目的語は、incerta (不確実なもの)となっています。
「われわれは不確実なものを求める間、確実なものを失う。」という意味です。
プラウトゥスの言葉です。
Qui parcit malis, nocet bonis.
「クィー・パルキト・マリース・ノケト・ボニース」と読みます。
quiは関係代名詞、男性・単数・主格です。先行詞は省略されています。
parcitは第三変化動詞parco(=許す)の3人称単数・現在の形です。
malisは、形容詞malus(=悪い)の男性・複数・与格です。名詞として使われ、「悪い人々」と訳せます。与格になる理由は、動詞parcit(許す)が与格を支配する(目的語としてとる)ためです。
nocet(←noceo:害を与える)はparcitと同じく、与格を支配し、bonis(bonusの複数与格)を目的語とします。
直訳は、「悪人を許す人は、善人に害を与える」となります。
Bis vincit, qui se vincit in victoria.
「ビス・ウィンキト・クィー・セー・ウィンキト・イン・ウィクトリアー」と読みます。
quiは関係代名詞、男性・単数・主格です。先行詞は省略されています。qui...victoriaが、bis vincitの主語となります。
vincitは第三変化動詞vinco(=勝つ)の3人称単数・現在の形です。
seは、再帰代名詞・単数・対格です。vincitの目的語です。se vincitで、「己に打ち勝つ」となります。
in victoriaについて、victoriaは第1変化名詞・単数奪格となり、「勝利において」の意味です。
bisは副詞で、「二度」の意味です。
直訳は、「勝利において己に打ち勝つ者は二度勝利する」です。
勝利をおさめ、なお歓喜に酔いしれない者は、いかなるときであれ、平常心を保てる者です。相手に勝つこと(=1度目の勝利)と己に勝つこと(=2度目の勝利)の2つの困難を克服するよう昔のローマ人はつとめたのでしょう。
紀元前1世紀のローマの喜劇作家、プブリリウス・シュルス『金言集』の言葉です。
Levis est fortuna: id cito reposcit quod dedit.
「レウィス・エスト・フォルトゥーナ。イド・キト・レポスキト・クウォド・デディト」と読みます。
levisは「軽い」を意味する第三変化形容詞。fortuna(運命)を修飾します。したがって前半部は、「運命は、軽薄である。」となります。
id(指示代名詞)は中性・単数・対格です。quod deditの先行詞になっています。
citoは「ただちに」、reposcitは「返すよう求める」(reposcoの単数・3人称・現在の形)、主語は、fortunaです。
dedit は、動詞 do(与える)の
完了
・3人称・単数の形です。主語は、fortunaです。
後半の訳は、「運命は、与えたものをすぐに返すよう求める」となります。
「運命は軽薄である。与えたものをすぐに返すよう求めるから。」という訳になります。
Non solum fortuna ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit quos semper adjuvat.
「ノーン・ソールム・フォルトゥーナ・イプサ・エスト・カエカ・セド・エティアム・エオース・カエコース・ファキト・クウォース・セムペル・アドューウァト」と読みます。
non solum A, sed etiam Bの構文は、英語のnot only A but also Bの構文に対応します。
ipsaは強意代名詞ipse(それ自身)の女性・単数・主格です。
caecaは形容詞caecus(盲目な)の女性・単数・主格です。
前半は、「運命はそれ自身盲目であるだけでなく。。。」となります。
指示代名詞eosは、男性・複数・対格です。caecosと性・数・格が一致しています。
facitは動詞facio(=make)の単数・3人称・現在で、「eosをcaecosにする」という意味を与えています。
quosは、関係代名詞、男性・複数・対格です。adjuvat(=help)の目的語になります。
adjuvatはadjuvo(助ける)の単数・3人称・現在で、主語はfortunaです。semperは「常に」という意味です。
後半は、「常に運命が助ける者たちを盲目にする」となります。
訳の全体は、「運命は、それ自身が盲目であるだけでなく、常に助ける者たちを盲目にする。」となります。
運命が盲目であるという指摘はある意味で、月並みです。ポイントは、後半のせりふです。運命がたまたま愛した人間は、幸運を自分の実力と思いこむ、つまり正しい判断を失って、盲目になるというのです。
ホラーティウスは
詩の中
で、「苦難には、勇気を持って力強く、対処せよ。しかしその一方、賢明になって、あまりに順調な風に対しては、はらんだ帆を畳め。」と述べています。
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