ラテン語格言集 (11)
トップ
>
ラテン語入門
> ラテン語格言集 (11)
Nutritur vento, vento restinguitur ignis.
「ヌートリートゥル・ウェントー・ウェントー・レスティンギトゥル・イグニス」と読みます。
Nutritur は、「養う」を意味する第4変化動詞 nutrio の受動相・三人称・単数・現在です。「養われる」となります。この文では「大きくなる」という意味で使われています。
vento は、第2変化男性名詞 ventus(風)の単数・奪格です。この文では、その前の受動相 nutritur の行為者を示します。「風によって(養われる)」となります。
restinguitur は、「消す」を意味する第3変化動詞 restinguo の受動相・三人称・単数・現在です。「消される」となります。
ignis は、「火」を意味する第3変化男性名詞の単数・主格でこの文の主語になります。
「火は風によって養われ(大きくなり)、風によって消される。」という意味になります。
Quem di diligunt adulescens moritur.
「クゥェム・ディー・ディーリグント・アドゥレースケンス・モリトゥル」と読みます。
quem は関係代名詞・男性・単数・対格で、先行詞 Is(その者は)は省略されています。
quem が対格になるのは、従属文中で diligunt (愛する)の目的語になっているためです。
di は「神」を意味する第2変化名詞 deus の複数・男性・主格です。
adulescens は、「若者」という意味の第3変化名詞(男性)単数・主格です。
この文では quem の先行詞として省略されている指示代名詞 Is (男性・単数・主格)と一致しています。
quem...diligunt で説明されている内容の Is (その者)は、adulescens として moritur する、というのが全体の構文をつかんだ訳になります。
moritur は形式所相動詞 morior (死ぬ)の現在・3人称・単数です。主語は、Is です。
「神々が愛する者は若者として死ぬ。」というのが直訳で、「神々が愛する者は若死にする。」と訳せます。
ローマを代表する喜劇詩人プラウトゥスの言葉です。
Tacere qui nescit, nescit loqui.
「タケーレ・クイー・ネスキト・ネスキト・ロクイー」と読みます。
tacere は、「黙る」を意味する第二変化動詞の不定法・能動相です。
qui は関係代名詞、男性・単数・主格で、先行詞は省略されています。
nescit は「知らない」を意味する第四変化動詞 nescio の現在・単数・三人称です。目的語として、tacere をとり、「黙ることを知らない」となります。
この文の前半は「黙ることを知らない(ところの)者は」となります。
Tacere qui nescit が、後半の動詞 nescit の主語となっています。
nescit の目的語が loqui です。「語る」という意味です。文法的には、形式受動態動詞 loquor の不定法となります。
「黙ることを知らない者は、語ることを知らない」と訳せます。
プブリリウス・シュルスの言葉です。
Est res publica res populi.
「エスト・レース・プーブリカ・レース・ポプリー」と読みます。
est は「・・・である、・・・がある」を意味する不規則変化動詞 sum の現在・三人称・単数です。
主語は res publica、補語は res populi です。「res publica は res populi である。」という構文です。
res は「もの、こと」を意味する第五変化名詞、女性・単数・主格です。
publica は、「国民の」を意味する第一・第二変化形容詞 publicus, -a, -um の女性・単数・主格で、res と同格です。あわせて「国民のもの」を意味し、通例「国家」と訳されます。
後半の res populi の populi は「国民」を意味する第二変化名詞 populus の単数・属格で、res にかかります。「国民のもの」という意味になります。
全体で、「国家は国民のものである。」となります。
キケローの『国家について』に見られる言葉です。>>
『キケロー選集(8)』(岩波書店)を Amazon で見る
Populi Romani est propria libertas.
「ポプリー・ローマーニー・エスト・プロプリア・リーベルタース」と読みます。
populi は「国民」を意味する第二変化名詞 populus の男性・単数・属格です。
Romani は「ローマの」を意味する第一・第二変化形容詞 Romanus の男性・単数・属格で、populi と同格です。
propria は、「固有の、特有の」を意味する第一・第二変化形容詞 proprius, -a, -um の女性・単数・主格で、libertas と同格になります。
形容詞 proprius は属格を支配します。「<名詞の属格形>に固有の」という意味になります。
libertas は「自由」を意味する第三変化名詞、女性・単数・主格で、この文の主語です。
「自由はローマ国民固有のものである。」という意味になります。
キケローの『アントニウス弾劾弁論』に見られる言葉です。
Extinctus amabitur idem.
「エクスティンクトゥス・アマービトゥル・イーデム」と読みます。
extinctus は「亡くなった」を意味する第一・第二変化形容詞、男性・単数・主格です。この文では主語 idem と同格です。
amabitur は、「愛する」を意味する第一変化動詞 amo の未来・受動相・単数・3人称です。
idem は「同じ(人)」を意味する代名詞、男性・単数・主格で、この文の主語です。
「同じ人が亡くなったら(=亡くなった状態で)愛されるだろう。」と訳せます。
あることで話題にしている人物が idem と呼ばれ、「その同じ人が、ひとたび亡くなると(生前とはうってかわって)愛されるようになる」という意味で解釈できます。
ホラーティウスの『書簡詩』に見られる言葉です。
Vino aluntur vires, sanguis, calorque hominum.
「ウィーノー・アルントゥル・ウィーレース・サングイス・カロルクエ・ホミヌム」と読みます。
vino は「酒」を意味する第二変化中性名詞 vinum の単数・奪格です。「酒によって」と訳せます。
aluntur は「養う」を意味する第三変化動詞 alo の受動相・現在・複数・3人称で、主語は vires, sanguis, calorque です。「養われる」という意味になります。
vires は「力」を意味する第三変化名詞 vis の複数・主格です。
sanguis は「血」を意味する第三変化名詞 sanguis の単数・主格です。
calorque は calor と -que に分解できます。-que は「そして」を意味する言葉です。この文では主語が vires, sanguis そして calor の3つあるので、その最後の名詞に -que をつけています。calor は「熱」を意味する第三変化名詞 calor の単数・主格です。
hominum は「人間」を意味する第三変化名詞 homo の複数・属格で、この文の3つの主語にかかっています。
全体で「人間の力、血、熱は酒によって養われる。」と訳せます。
大プリーニウス『博物誌』に見られる言葉です。
Sera, tamen tacitis Poena venit pedibus.
「セーラ・タメン・タキトィース・ポエナ・ウェニト・ペディブス」と読みます。
sera は「遅い」を意味する第一・第二変化形容詞 serus, -a, -um の女性・単数・主格で Poena と同格です。この場合「Poena は遅く、ゆっくりと・・・」という具合に、副詞と訳すことができます。
tamen は「しかし」という意味です。
tacitis は「静かな」という意味の第一・第二変化形容詞 tacitus, -a, -um の男性・複数・奪格で、pedibus にかかります。
Poena は普通名詞では「罰」、ここでは神格化され「罰を与える女神」という意味で使われています。
venit は「来る、訪れる」を意味する第四変化動詞 venio の能動相・現在・3人称・単数です。
pedibus は第三変化の男性名詞 pes (ペース),-edis の複数・奪格です。「(静かな)足取りによって」となります。
「遅く、しかし静かな足取りで罰の女神は訪れる。」と訳せます。
のティブッルスの言葉です。
Ut ameris, amabilis esto.
「ウト・アメーリス・アマービリス・エストー」と読みます。
ut は目的を表す従属文(副詞節)を導きます。
ameris は「愛する」を意味する第一変化動詞 amo の接続法・受動相・現在・2人称・単数です。
前半は、「あなたが愛されるために」という意味になります。
amabilis は「愛すべき、愛されるような」を意味する第三変化形容詞 amabilis の男性(ないし女性)単数・主格で、この文の補語になっています。
esto は「・・・である、・・・がある」を意味する不規則変化動詞 sum の命令法・二人称・単数です。「(あなたは)・・・であるように」という意味になります。
後半は「(あなたは)愛される人であるように」と訳せます。
あわせると、「愛されるためには、(あなた自身が)愛される人であるように」と訳せます。
オウィディウス『恋の技法』(Ars amatoria)に見られる言葉です。
Ubi amici ibidem sunt opes.
「ウビ・アミーキー・イビデム・スント・オペース」と読みます。
ubi は英語の関係副詞 where 同様、「・・・する場所で」を意味します。
amici は「友」を意味する第二変化名詞 amicus の複数・主格で ubi の導く従属文の主語になっています。
前半において、「友が・・・ところで」に省略されている動詞は、sunt です。「友のいるところで」となります。
ibidem は「まさにその場所で」と訳せる副詞です。ubi amici (sunt) を指しています。
opes は「富、財産」を意味する第三変化名詞 ops の複数・主格で、後半の文の主語です。
「友のいるところ、そこには富がある」と訳せます。
プラウトゥスの喜劇『トゥルクレントゥス』に見られる言葉です。
Deum colit qui novit.
「デウム・コリト・クイー・ノーウィト」と読みます。
deum は「神」を意味する第二変化名詞 deus の単数・対格です。
colit は「敬う」を意味する第三変化動詞 colo の現在・能動相・三人称・単数です。
qui は
関係代名詞
男性・単数・主格です。
novit は「知る」を意味する nosco の完了・能動相・三人称・単数です。この動詞は、完了の形で、現在の意味を持ちます。目的語は deum です。
「神を知る者は、神を敬う」と訳せます。
セネカ『ルキリウス宛て書簡集』に見られる言葉です。
Nemo enim potest omnia scire.
「ネーモー・エニム・ポテスト・オムニア・スキーレ」と読みます。
nemo は「誰も・・・ない」(英語の Nobody)という意味を持ちます(単数・男性・主格)。
enim は「なぜなら、じつに、まことに」を意味します。
potest は「・・・できる」を意味する不規則変化動詞 possum の現在・単数・3人称です。不定法(この文では scire)をとります。
omnia は「すべて」を意味する第三変化形容詞 omnis, -e の中性・複数・対格です。
scire は「知る」を意味する第4変化動詞 scio の不定法・能動相・現在です。
「誰もすべてを知ることはできない」と訳せます。
ウァッロー『農業について』(De agricultura)に見られる言葉です。
Ignoranti quem portum petat, nullus ventus est.
「イグノーランティー・クエム・ポルトゥム・ペタト・ヌッルス・ウェントゥス・エスト」と読みます。
ignoro は第一変化動詞で「知らない」という意味を持ちます。ignoranti はその現在分詞、男性・単数・与格です。
quem は疑問形容詞、単数・対格で portum にかかります。
portum は「港」を意味する第二変化名詞・単数・対格です。「いかなる港を petat するか」という間接疑問文を quem が導いています。
petat は「目指す」を意味する peto の単数・3人称・現在です。
前半は、「いかなる港を目指すかを知らない人にとって」となります。
nullus は英語の no に相当し、ventus にかかります。
ventus は「風」を意味する第二変化名詞、単数・主格です。
「いかなる港を目指すかを知らない人にとって、いかなる風もない(=いかなる順風も吹かない)。」と訳せます。
セネカ『ルキリウス宛て書簡集』に見られる言葉です。
Populus est novarum rerum cupiens pavidusque.
「ポプルス・エスト・ノウァールム・レールム・クピエンス・パウィドゥスクェ」と読みます。
populus は、「人民」を意味する第二変化・男性名詞で、この文の主語です。
est は「・・・である、・・・がある」を意味する不規則変化動詞 sum の現在・単数・3人称で、この文の動詞です。
novarum は rerum にかかる第一・第二変化型形容詞です。「新しい」を意味する novus, -a, -um の女性・複数・属格です。
rerum は「こと、もの」を意味する第五変化・女性名詞の複数・属格です。
novarum rerum で「新しいこと」と訳せますが、「革命、政変」を意味します。
cupiens は「欲する」を意味する第三変化形容詞、男性・単数・主格で、欲する対象は属格で表されます。この文では、novarum rerum です。
pavidus は、「恐れている」を意味する第一・第二変化形容詞、男性・単数・主格です。
「人民は、政変を欲しながら、かつ恐れる」と訳せます。
タキトゥス『年代記』に見られる言葉です。
Desine fata deum flecti spectare precando.
「デーシネ・ファータ・デウム・フレクティー・スペクターレ・プレカンドー」と読みます。
desine は「やめる」を意味する第三変化動詞 desino の命令法・能動相です。
fata は「運命」を意味する第2変化名詞 fatum の複数・対格で、flecti の意味上の主語となります。
deum は「神」を意味する第2変化名詞 deus の複数・属格 deorum の別形です。fata にかかります。
flecti は「変える、動かす」を意味する第三変化動詞 flecto の不定法・受動相です。「変えられること」となります。
spectare は「期待する」を意味する第一変化動詞 specto の不定法・能動相です。desine の目的語となり、「期待することをやめよ」という意味になります。
precando は「懇願する」を意味する第一変化の形式受動態動詞 precor の動名詞・奪格の形です。「懇願することによって」と訳せます。
「懇願することによって、神々の運命が変えられる(動かされる)ことを希望するな」という意味になります。
ウェルギリウスの『アエネイス』に見られる言葉です。
Cras amet, qui numquam amavit; quique amavit, cras amet.
「クラース・アメト・クィー・ヌンクヮム・アマーウィト・クィークェ・アマーウィト・クラース・アメト」と読みます。
cras は「明日」を意味する副詞です。
amet は「愛する」を意味する動詞 amo の接続法・現在・1人称・単数の形で、「愛するのがよい」という意味になります。
qui は関係代名詞、男性・単数・主格です。先行詞 is は省略されています。
qui は、numquam amavit とあわせて「けっして愛したことのない者は」という意味になります。
numquam は英語の never と同じ意味です。
amavit は、amo の完了・3人称・単数です。
quique の -que は「そして」の意味を持ちます。
「愛したことのない者は明日愛するがよい。愛したことのある者は明日愛するがよい。」という意味になります。
愛と美の女神ウェヌス(Venus)を称えた詠み人知らずの詩句です。(『ウェヌスの宵宮』と呼ばれる作品)
Ergo exeundum ad libertatem est.
「エルゴー・エクセウンドゥム・アド・リーベルターテム・エスト」と読みます。
ergo は「それゆえ」という意味をもちます。
exeundum は「立ち去る、出発する」を意味する動詞 exeo の動形容詞で、中性・単数・主格です。
est とともに、非人称的表現をつくり、この場合 exeo は自動詞なので、「・・・すべき」の意味を持ちます。
※他動詞の場合、「・・・されるべき」となります。
ad は対格を支配する前置詞で、「・・・に向かって」の意味を持ちます。
libertatem は「自由」を意味する第三変化名詞 libertas の単数・対格です。
「それゆえ、自由に向かって出発すべきである。」となります。
セネカの『幸福な生活について』(De Vita Beata)の中に見られる表現です。
exeo は、あるものから外に向かって出て行く、ということですが、この文脈ではvoluptas (快楽)やdolores (苦悩)といった domina (女主人)による隷属状態から脱出し、libertas (自由)に向かって突き進まないといけない、という意味になります。
Animi bonum animus inveniat.
「アニミー・ボヌム・アニムス・インウェニアト」と読みます。
animi は「魂、心」を意味する animus の単数・属格で bonum にかかります。
bonum は「善」を意味する中性・単数・対格です。
animus はこの文の主語です。第二変化名詞・単数・主格になります。
inveniat は「見出す、発見する」を意味する第4変化動詞 invenio の接続法・能動相・現在・3人称・単数です。
この接続法は「命令・義務」のニュアンスを持ち、「見出すべきだ、見出すのがよい」と訳せます。
「魂の善良さは魂が見出すべきである。」
セネカの『幸福な生活について』(De Vita Beata)の中に見られる表現です。
Sanabimur, si separemur modo a coetu.
「サーナービムル・シー・セーパレームル・モド・アー・コエートゥー」と読みます。
sanabimur は、「健康、健全にする」を意味する第一変化動詞 sano の受動相・未来・1人称・複数の形です。
「我々は健康にされるだろう」という意味から、日本語としては「我々は健康になるだろう。」と訳せます。「心が健やかになるだろう」と解釈してもよいでしょう。
si は条件文を導く接続詞です。
separemur は、「分ける」を意味する第一変化動詞 separo の接続法・能動相・現在・1人称・複数の形です。
主文も従属文も「本時称(primary tenses)」に置かれています。
modo は「ただ、単に」(英語の only)を意味します。
a は奪格の名詞を支配し、「〜から」という意味を示します。英語の from と同じ用法です。
coetu は「集団」を意味する第四変化名詞 coetus の単数・奪格です。
「我々は心が健やかでいられるだろう、ただ単に、集団から離れているだけで。」と訳せます。
これも、セネカの『幸福な生活について』(De Vita Beata)の中に見られる表現です。
Eadem probamus, eadem reprehendimus.
「エアデム・プロバームス・エアデム・レプレヘンディムス」と読みます。
eadem は、「同じもの」を意味する
指示代名詞 idem (イーデム)
の中性・複数・対格です。
probamus は「是認する、認める」を意味する第一変化動詞 probo の能動相・現在・1人称・複数の形です。
reprehendimus は「非難する」を意味する第三変化動詞 reprehendo の能動相・現在・1人称・複数の形です。
「我々は同じものを是認し、同じものを非難する」という意味になります。
人間の定見のなさを指摘した一文です。
これも、セネカの『幸福な生活について』(De Vita Beata)の中に見られる表現です。
トップ
>
ラテン語入門
> ラテン語格言集 (11)
Copyright(C) 1996- Taro YAMASHITA All rights reserved