セネカの『倫理書簡集』

[1] (1) Ita fac, mī Lūcīlī: (2) vindicā tē tibi, et tempus quod adhūc aut auferēbātur aut subripiēbātur aut excidēbat collige et servā. (3) Persuādē tibi hoc sīc esse ut scrībō: quaedam tempora ēripiuntur nōbīs, quaedam subdūcuntur, quaedam effluunt. (4) Turpissima tamen est iactūra quae per neglegentiam fit. (5) Et sī volueris attendere, magna pars vītae ēlābitur male agentibus, maxima nihil agentibus, tōa vīta aliud agentibus.

(1) Ita fac, mī Lūcīlī:

Ita: そのように、以下のように
fac: faciō,-ere(行う)の命令法・能動態・現在、2人称単数。一般に動詞の命令法・能動態・現在、2人称単数は、動詞の不定法の語尾から-reを取った形と一致するが、faciōはfac、dīcōはdīc、dūcōはdūcとなる点注意。
mī: 1人称単数の所有形容詞meus,-a,-umの男性・単数・呼格。
Lūcīlī: Lūcīlius,-ī m.(ルーキーリウス)の単数・呼格。ルーキーリウスはセネカの年下の友人(岩波書店の解説では50代半ばと推測されている)。

<逐語訳>
「以下のように(ita)行ないたまえ(fac)、わが(mī)ルーキーリウスよ」。

(2) vindicā tē tibi, et tempus quod adhūc aut auferēbātur aut subripiēbātur aut excidēbat collige et servā.

vindicā: vindicō,-āre(所有権を主張する)の命令法・能動態・現在、2人称単数。
tē: 2人称単数の人称代名詞、対格。
tibi: 2人称単数の人称代名詞、与格(「判断者の与格」)。「自分を(tē)自分のために(tibi)所有権を主張せよ(vindicā)」とは、「自分を所有する主体は自分である(=自分は他人の所有物ではない)と自分のために主張せよ」という意味。
et: 「そして」。vindicāとcolligeをつなぐ。
tempus: tempus,-poris n.(時間)の単数・対格。colligeの目的語。
quod: 関係代名詞quī,quae,quodの中性・単数・主格。tempusを先行詞とする。
adhūc: これまで
aut: 「あるいは」。aut A aut B aut Cの構文における1つ目のaut。
auferēbātur: 不規則動詞auferō,auferre(運び去る)の直説法・受動態・未完了過去、3人称単数。
aut: 「あるいは」。aut A aut B aut Cの構文における2つ目のaut。
subripiēbātur: subripiō,-pere(盗む、くすねる)の直説法・受動態・未完了過去、3人称単数。
aut: 「あるいは」。aut A aut B aut Cの構文における3つ目のaut。
excidēbat: excidō,-ere(滑り落ちる)の直説法・能動態・未完了過去、3人称単数。
collige: colligō,-ere(集める)の命令法・能動態・現在、2人称単数。
et: 「そして」。colligeとservāをつなぐ。
servā: servō,-āre(守る)の命令法・能動態・現在、2人称単数。

<逐語訳>
自分を(tē)自分のために(tibi)所有権を主張せよ(vindicā)、そして(et)これまで(adhūc)あるいは(aut)運び去られ(auferēbātur)、あるいは(aut)くすねられ(subripiēbātur)、あるいは(aut)滑り落ちた(excidēbat)ところの(quod)時間を(tempus)集め(collige)、そして(et)守りたまえ(servā)。

(3) Persuādē tibi hoc sīc esse ut scrībō: quaedam tempora ēripiuntur nōbīs, quaedam subdūcuntur, quaedam effluunt.

Persuādē: persuādeō,-ēre(<与格>を説得する)の命令法・能動態・現在、2人称単数。
tibi: 2人称単数の人称代名詞、与格。
hoc: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の中性・単数・対格。esseの意味上の主語(「対格不定法」)。hoc(このこと)の指す内容は、「今述べたこと」(2の内容)ともとれるが、scrībōの次にコロン(:)が置かれていることから、quaedam以下の内容と考えられる。すなわち、「このことが(hoc)」は「次のことが」と訳してよい。
sīc: そのように、次のように、ut以下のように
esse: 不規則動詞sum,esse(である、ある)の不定法・現在。
ut: ~のように
scrībō: scrībō,-ere(書く)の直説法・能動態・現在、1人称単数。「これは(hoc)私が書く(scrībō)ように(ut)そのように(sīc)あること(esse)」。「このことは、私が書いている通りであると」。
quaedam: 不定形容詞quīdam,quaedam,quddam(ある、なんらかの)の中性・複数・主格。temporaにかかる。
tempora: tempus,-poris n.(時間)の複数・主格。
ēripiuntur: ēripiō,-pere(<与格>から<対格>を奪い取る)の直説法・受動態・現在、3人称複数。
nōbīs: 1人称複数の人称代名詞、与格。
quaedam: 不定形容詞quīdam,quaedam,quoddam(ある、なんらかの)の中性・複数・主格。省略されたtemporaを補って理解する。
subdūcuntur: subdūcō,-ere(取り除く、盗む)の直説法・受動態・現在、3人称複数。
quaedam: 不定形容詞quīdam,quaedam,quddam(ある、なんらかの)の中性・複数・主格。省略されたtemporaを補って理解する。
effluunt: effluō,-ere(流れ落ちる)の直説法・能動態・現在、3人称複数。

<逐語訳>
これは(hoc)私が書く(scrībō)ように(sīc)そのよう(sīc)であることを(esse)自分に(tibi)納得させよ(Persuādē)。ある(quaedam)時間は(tempora)我々から(nōbīs)奪われ(ēripiuntur )、あるものは(quaedam)盗まれ(subdūcuntur)、あるものは(quaedam)流れ落ちる(effluunt)。

(4) Turpissima tamen est iactūra quae per neglegentiam fit.

Turpissima: 第3変化形容詞turpis,-e(恥ずべき)の女性・単数・主格。
tamen: しかし
est: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・現在、3人称単数。
iactūra=jactūra: jactūra,-ae f.(浪費)の単数・主格。
quae: 関係代名詞quī,quae,quodの女性・単数・主格。先行詞はiactūra。
per: <対格>を通じて
neglegentiam: neglegentia,-ae f.(怠慢)の単数・対格。
fit: 不規則動詞fīō,fiērī(なる、生じる)の直説法・現在、3人称単数。

<逐語訳>
しかし(tamen)怠慢(neglegentiam)を通じて(per)生じる(fit)ところの(quae)(時間の)浪費は(iactūra)もっとも恥ずべき(Turpissima)である(est)。

(5) Et sī volueris attendere, magna pars vītae ēlābitur male agentibus, maxima nihil agentibus, tōta vīta aliud agentibus.

Et sī=Etsī: たとえもし
volueris: 不規則動詞volō,velle(<不定法>を望む)の接続法・能動態・完了、2人称単数。「観念的条件文」における接続法の用例。「たとえもし(Et sī)君が注意することを(attendere)望んだ(volueris)としても」。「注意しようと思った(volueris attendere)」時間は主文の「滑る落ちる(ēlābitur)」時間より「以前」の出来事と判断されるので、時制は現在でなく完了となる(「時称のルール」参照)。一方、voluerisは直説法・能動態・未来完了と同じ形であり、字面だけ見ると判断に迷う。しかし直説法の場合、主文の動詞は未来になるべき。よって、ここは接続法・能動態・完了と判断できる。
attendere: attendō,-ere(気をつける、注意する)の不定法・能動態・現在。
magna: 第1・第2変化形容詞magnus,-a,-um(大きい)の女性・単数・主格。parsにかかる。
pars: pars,partis f.(部分)の単数・主格。
vītae: vīta,-ae f.(人生)の単数・属格。parsにかかる。
ēlābitur: 形式受動態動詞ēlābor,-bī(滑り落ちる)の直説法・現在、3人称単数。
male: 悪く
agentibus: agō,-ere(行う)の現在分詞、男性・複数・奪格(「起源の奪格」)。名詞的に用いられる。「悪く行っている者たちから」。male agere(悪く行うこと)とは時間の使い方が下手なことを指すか、道を外した生き方に時間を使うことか、断定しがたい。
maxima: 第1・第2変化形容詞magnus,-a,-um(大きい)の最上級maximus,-a,-umの女性・単数・主格。parsを補って理解する。
nihil: 「無」を意味する不変化名詞、対格。
agentibus: agō,-ere(行う)の現在分詞、男性・複数・奪格(「起源の奪格」)。「無(nihil)を行っている者たちから」とは「何も行わない者たちから」の意。
tōta: 代名詞的形容詞tōtus,-a,-um(全体の)の女性・単数・主格。vītaにかかる。
vīta: vīta,-ae f.(人生)の単数・主格。tōta vītaで「全体の(tōta)人生は(vīta)」。すなわち「全人生は」。
aliud: 代名詞的形容詞alius,-a,-um(別の)の中性・単数・対格。「別のことを」。何と別のことかが書かれていないが、おそらくセネカが『倫理書簡集』全体と通じて主張している内容に照らすと、それは「哲学」(philosophia)のことだと思われる。つまり、セネカによれば、哲学を学び実践する生き方こそが、時間をもっとも有意義に使う生き方であった。
agentibus: agō,-ere(行う)の現在分詞、男性・複数・奪格(「起源の奪格」)。aliud agentibusは「別のことを(aliud)行っている者たちから」。日本語として考えると、「別のことを行うことによって」ないしは「別のことを行うことで」あたりの訳にしたい気持ちになるが、その場合、ラテン語はaliud agendōと動名詞が使われる。agentibusは現在分詞なので、agentēs(agōの男性・複数・主格)は「行っている者たち」と訳すのが基本。

<逐語訳>
たとえもし(Et sī)君が注意することを(attendere)望む(volueris)としても、人生の(vītae)大きな(magna)部分は(pars)、悪く(male)行っている者たちから(agentibus)、最も大きな(部分)は(maxima)何も(nihil)行わない者たちから(agentibus)全体の(tōta)人生は(vīta)別のことを(aliud)行っている者たちから(agentibus)滑り落ちる(ēlābitur)。

岩波書店の高橋訳は次の通り。
「わがルーキーリウスよ、君がなすべきことを言おう。それは君自身の権利を護ること、これまでに奪い去られたか、くすね取られたか、あるいは、こぼれ落ちたかした時間をかき集めて守ることだ。君が心得るべきことを次に記す。私たちの時間はときに奪い取られ、ときに削り取られ、ときに流れ去る。だが、もっとも恥ずべき損失は怠慢のせいで起きるものだ。それに、君がよく注意しようと思っていても、人生はこぼれ落ちる。大部分はなすべきではないことをしているあいだに、もっとも多くは何もしないあいだに、全人生は筋違いのことをしているあいだに」。

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