ラテン語とは

そもそも、ラテン語とはどのような言語なのだろうか。かつてある大学でラテン語を教えていたとき、「私はラテン音楽が好きなので、ラテン語の授業を選択しました。でも、イメージと全然違ってました」と言われたことがある。ラテン音楽とは南米の音楽 のことで、一見ラテン語と関係ないと思われるかもしれない。だが「ラテン音楽」の歌詞は、いずれもスペイン語やポルトガル語という共通性があり、これらの言語を生み出した「母親」がほかならぬラテン語なのである。

ラテン語は今あげた二つの言語に加え、フランス語(French)、イタリア語(Italian)、ルーマニア語(Rumanian)、カタロニア語(Catalan)といったロマンス諸語(Romance Languages)を生み出す母胎となった。フランスやイタリアのことを「ラテン・ヨーロッパ」と呼んだりするのも、これらの国の言語――フランス語、イタリア語――がラテン語から生まれた事実に基づいている。

ラテン語(Latin)は、当初はイタリアのラティウム(Latium) で用いられた言葉であったが、やがてローマ帝国の公用語として広く用いられるようになった。「ラテン文学」というのは、南米の文学を指すのではなく、ラテン語で書かれた文学作品――とりわけ前一世紀、カエサル(Caesar)やキケロー(Cicero)、ウェルギリウス(Vergilius)らが活躍した時代の文学――を意味している 。

四世紀以降になるとラテン語はキリスト教の公用語としての地位を確立し、広くヨーロッパ社会に宗教的、文化的影響を与えることになる。また、ルネサンスを経て18世紀に至るまで、ラテン語はヨーロッパの学問研究の共通言語としてとりわけ重要な役割を担った。

二一世紀の今日、言語学的にラテン語は「死語(dead language)」と呼ばれるが、文化的に死語ではけっしてない。「漢字(Chinese character)」の誕生は紀元前の中国に遡るが、漢文化の影響を受けた日本人は、今も漢字を用いることによって新しい文化創造を行っている 。同様に、ラテン語の圧倒的な影響を受け続けたヨーロッパ人は、自国の言語を用いながらも、そこに見出せるギリシア・ローマ文化の影響を無意識のうちに「今」に生かし、「未来」に伝えている 。

ラテン語を勉強して何の足しになるのか?という問いはよく耳にする。だが、それを説明するためには、たとえば、日本文化を理解する上で、漢字を学ぶことの意義を説くのと同じ苦労を覚悟しなければならない。川が上流から下流に流れるように、私たちが日々接している英単語や、広い意味でのヨーロッパ文化の源流が、ギリシア・ローマ文化ということになる。川を上流へ遡り、山の中でわき出る泉を見つける新鮮な驚きが、これらの古典語を学ぶと経験できるだろう。

たとえば、英単語を覚える際、「医者は毒を取るからドクトル(doctor)」と語呂合わせで綴りを覚えても、英単語のこころ――その成り立ちの秘密――に迫ることは出来ない。日本語の「有り難う」という言葉についても、外国人には、その発音を真似て「アリゲーター(alligator)」と結びつけて覚えてもらうよりも、この言葉の成り立ち――「有ることが難しい」、つまり相手だけでなく自分を包み込む一切への感謝――をなんとか説明してあげたい。

doctor の語源について言えば、この単語はラテン語で「教える」という意味の doceo(ドケオー)にたどり着く。ラテン語で -tor の形は行為者の名詞を表すので、doctor とは「教える人」というニュアンスを持つことがわかる。ちなみに、大学の先生の肩書きに出てくるPh.D. (ピー・エイチ・ディー=博士号)は、doctor philosophiae (ドクトル・ピロソピアエ)の略語で、「哲学を教える資格をもつ人」の称号である。Ph.は「哲学」のことだが、手元の英和辞典を引くと、「医学・法学・神学以外の全学問」を意味するとある。哲学が学問の代名詞とみなされた時代の名残である。

このように、一見見慣れた英単語の一つ一つにも歴史がある。漢字の偏と旁(つくり)にそれぞれ意味が込められているように、英単語の成り立ちを語源に即して分析すると、そこから様々なメッセージをくみ取ることが可能となる。必要なのは、ちょっとした好奇心と冒険心である。

最近の英和辞書を手に取ってみると、語源の説明が特に充実している。一つの言葉からまた別の言葉へと頁を繰るのは楽しい知的冒険であり、時には、お茶を片手にそういった説明を「読む」のも一興ではないだろうか。司馬遼太郎氏が「ニューヨーク」の意味を問うことから始めたように、英単語のこころに迫る入り口は無数に開いている。そして、その扉を開くカギとなるのがラテン語の知識である。

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