イメージ画像

この道50年

北白川幼稚園創立50周年記念出版

山下一郎著 瓜生文庫

まえがきとあとがき

  1. 「保父の由来」
  2. 「保父誕生」
  3. 「後ろ向きのきっかけ」
  4. 「小さな恩人」
  5. 「二つの墓標」
  6. 「わが闘病記」
  7. 「一〇周年と五〇周年」
  8. 「遊びこそ勉強」
  9. 「歩くことの楽しさ」
  10. 「幼児と俳句」

この本は幼稚園の創立50周年(2000年)を記念して開催されたバザーの収益金で初めて世に出すことができました。全部で300冊ほど印刷しましたが、残部も僅かとなり、再版を望むお声を多数頂戴するようになりました。

このような背景に加え、一方では2005年夏以来進めてきた一郎先生遺稿集の出版時期にあわせる形で、このたび『この道50年』を再版させていただく次第です。内容については誤植の訂正のみとし、前回と同じ装丁としました。遺稿集とあわせ、一郎先生の「子育てのこころ」をいつも身近に感じていただくことができれば、それにまさる喜びはありません。

(2)『山下一郎 遺稿集』について。

本書は故・山下一郎先生の遺稿集です。『この道五〇年』が、どちらかといえば北白川幼稚園創設から半世紀のご苦労を自伝の形でふりかえる内容であったのに対し、本書は一郎先生の教育観を余すところなく伝える読み物になっています。在職中に書かれた「園長便り」や保護者会の原稿を後日加筆修正されたエッセイがその中心です。最終章の「花しぐれ」は、『保父』(昭和三十三年)に収められた文章のうち『この道五〇年』に未収録のものです。

本書の一字一句から、在りし日の一郎先生の温かいまなざしが感じられ、ユーモア溢れる語り口が今にも聞こえてきそうです。一部未完成の原稿(いわゆる絶筆と呼ばれるものです)も含まれますが、病魔に襲われてなお、最後まで子どもたちの健やかな成長を願いつつ、保護者に希望を託しながら原稿に向かいあっておられたお姿がしのばれます。

  <もくじのご紹介>
1 反抗の歯が生えた
2 お母さん肩に力を入れないで
3 言うべきことを言うべきときに言う
4 一粒のドロップ
5 親と子――その不思議な出会い
6 今どきの中学生は!というけれど
7 ゼロ(0)円札とむげんだい(無限大)円札
8 「し」と「き」――先生の失敗
9 ジーコの夢のスパイク
10 すなおなこども
11 マナーのしつけ・こころのしつけ
12 幼な子への父の遺言状
13 『レアの星』
14 ぐう・ちょき・ぱあ
15 歯と眼と
16 待ちの教育
17 母子の対話
18 母親は父親には代われない
19 幼児の俳句に見る幼児のこころ
20 花しぐれ

上記2冊について、それぞれ200冊ずつ印刷し、園内ではすでに希望者を募り、ご購入いただきました。残部がありますので、卒園児のご家庭を初め、一般の方にも、先着順でお申し込みを受け付けたいと思います。

お値段は、(1)『この道50年』が2200円、(2)『山下一郎 遺稿集』が1800円とさせていただきます。少量印刷のため、どうしても割高となりますことをあしからずご了承ください。

ご希望の方はその旨お申し出下さい。

その際、ご希望の本、冊数、合計金額、ご住所をお忘れなくお知らせください。

※ 送料は園にて負担させていただきます。振込料(もしくは現金書留料金)はご負担下さい。

タグ

2010年8月6日 | コメント/トラックバック(1) |

カテゴリー:この道50年

この道50年──第10章 幼児と俳句

宴会の歌

私どもの幼稚園が創立して3年目の5月頃のことでした。初代園長である私の父がある日、園庭で興味深い場面に出くわしました。ジャングルジムのてっぺんで、ひとりの年長組の男の子が軽く身体を左右にゆすり、両手で拍子をとりながら、何やら歌を歌っています。近づいてよく聞いてみますと、それは、昨今ではほとんど聞かれませんが、当時お酒の席ではかならずといっていいほど歌われていた「炭鉱節」という歌でした。

“月が出た出た 月が出た 三池炭鉱の 上に出た あんまり 煙突が高いのでさぞやお月さん 煙たかろ さのよいよい”

この投稿の続きを読む »

タグ

2010年8月5日 | コメント/トラックバック(1) |

カテゴリー:この道50年

この道50年──第9章 歩くことの楽しさ

「ヒト」は歩くことによって「人」となる

“「ヒト」は歩くことによって「人」となる”といわれています。その考え方からしますと、歩くことを忘れた現代人は、これから先、だんだん「人」から遠のいていくように思われてなりません。いま、高齢化の問題が取り沙汰されていますが、いまのまま進んでいけば、遠からず、高齢化問題もさほど心配しなくてすむ時代がくるのではないだろうか?

この投稿の続きを読む »

タグ

2010年8月5日 | コメント/トラックバック(1) |

カテゴリー:この道50年

この道50年──第8章 遊びこそ勉強

幼児期に遊ぶことの意味

「お宅の幼稚園では、主に、どんなことを教えておられますか?」

毎年、入園申し込みシ-ズンになると、こんな質問を多く受けます。それに対して、

-わたしどもの園では、特に何を教えるということは致しておりません。

-何よりも、遊びを大切にしております。幼児期でなければ得られないいろんなことを遊びを通して学んで頂いております。

-それとともに、この山の上でうんと遊び込んで頂いて、心とからだを強くしながら、幼稚園時代の楽しい思い出をいっぱい作って行って頂くことを、何よりの願いとしております。

このようにお答えしますと、わが意を得たりという顔をなさるお母さんもいらっしゃれば、何となくがっかりとした表情を浮かべられるお母さんもいらっしゃいます。お考えは人さまざまですからこれでいいのですが、早期知的教育を受けさせたいと思われるお母さんには、どうやら物足りなく思われるようです。

たしかに「遊ぶ」といえば、お母さん方には、 「遊んでばかりいて、少しは勉強したらどうなの!」「あの幼稚園は、遊ばせてばっかりいて!」といったふうに、あまり芳しくないイメ-ジで捉えられがちですが、幼児期における遊ぶという行動は、大人の世界でイメ-ジする遊びとはぜんぜん違っておりまして、幼児の発達の上からも、将来への人間作りの基礎という点からも、じつは、たいへん重要な意味を持っております。

遊びがなぜ勉強なのか

では、遊ぶことがなぜそんなに重要なのか、遊びを通して子どもはいったい何を勉強しているのか、そうしたことについて触れてみたいと思います。

例えば、5人の子どもが集まったとします。5人いれば、そこには5つの心が息づいています。5通りの考えがあります。感情もみな違います。家庭環境による育ち方もみな違います。その5人の子どもたちが、あるとき、何かして遊ぼうということになります。そこは、家庭にいるような親の保護や干渉のない、子どもたちだけで展開していく、まったく自由な世界です。ときには、中にリ-ダ-的な子どもがいて、その子の発案にあとの子どもたちが従うという場合もあります。

しかし、そうした子どもが特にいない場合、子どもたちはみんなで相談します。先ず、相談のためにはおたがいに自分も希望を言い、人の希望も聞かねばなりません。自分が言うということは、自分の意見を持ち、その「自分の意見」を、人前で「発表」するということです。

一方、人の希望を聞くためには、人の意見を「理解」しなければなりません。そのためには、人の話を「よく聞く」という姿勢が必要です。みなの希望が出揃ったところで、こんどは、それらの希望を集約し、みんなでどれか一つの遊びに「まとめ」ねばなりません。まとめるためには、ひとりひとりの「協調」の気持ちが大切です。必要とあらば、新たにル-ルを「作る」場面も出てきます。そこで5人の子どもたちは、ふたたび頭を寄せ合います。

こうして、遊びを始める前の段階においても、すでに5人の子どもたちは、「自分の意見を持つ」「それを発表する」「よく聞いて」「理解する」「まとめる」「協調する」「作りだす」といった、いくつかの工程を、くるくると頭を働かせながら、短時間の間の処理をやってのけています。なおその上に、子ども同志の刺激やぶっつかり合いを通して、言葉の分量が増え、「語彙が豊富になる」ということがあります。

生きた智恵としての遊び

こうして見ますと、子どもたちが相談し合ったこれらの経緯の中には、いってみれば、小学校へ行ってからの「国語」の勉強において要求されるものが、つぎつぎに登場しています。

また、大人になってからの社会性は、子ども社会において養われたものが、基盤となっているのですから、5人の子どもが協調しながらまとめ上げて行く経過は、まさしく、生きた「社会」の勉強そのものです。

子どもたちは夢中になって遊びながら、走る,跳ぶ,転がる,投げる。知らず知らずの内に、身体中の筋肉を、骨格を、神経をフルに動かしているうちに、「体育」の勉強をしています。

遊びながら、跳ね回りながら、会話を交わし合いながら、時にはけんかをしながら、時には譲り合いながら、子どもたちは遊びを通じて、生きた「国語」や、「社会」や、「理科」や「体育」や、さまざまの学習,勉強をしているのであります。

単純に、無機質なドリルの紙上で、人との会話もなく、けんかもなく、ただ一つだけの正解を求める“ひとり静かな勉強”とはまったく違います。その場その場の顔ぶれや状況に合わせて、多様な解答の中から一つの正解に導いていく知恵、これこそ、「生きた知恵」であり、「生きた学習」です。

しかも、幼児にとって遊びは楽しいのです。けんかしても、また明日遊びたくなる、これが幼児の常です。この、幼児期の楽しい遊びを通して得た生きた知恵が、小学校へ行ってから役に立つのです。この知恵が、国語や算数や、そのほかいろんな勉強の場面において、単にマニュアル通りの知識をたくさん知った、覚えたというだけでない、応用の効いた、その子ども独自のオリジナルな解答を生みだしてくれるのです。

幼児期に芽生えたオリジナルなものの見方,考え方の芽が、やがて世の中へ出てから枝葉を伸びやかに拡げ、独創的な仕事を生み出す大きな原動力となってくれます。

これからの、21世紀の日本の社会において求められるものは、この物真似でないオリジナル性であります。遊びを通して得る個々のオリジナル性を、これからの日本の将来のため、幼児期から、もっともっと大事に育てるべきではないでしょうか。

わたしどもの園で、遊びを大切にしている意味は、そこにあるのです。

>>第9章

タグ

2010年8月5日 | コメント/トラックバック(2) |

カテゴリー:この道50年

この道50年──第6章 わが闘病記

疲労の大掃除

「今やから言うけどな。陰ではみんな、育たんやろ言うて噂してたんやで」

幼児期に大病を患ったおかげで、桁(けた)外れの発育不良の状態が続いたため、近所の人達からはそう見られていたわたしも、その後は次第に体調が整い、中学以降はいちおう人並みの線を維持してきたつもりである。

ただ、幼稚園の仕事に携わるようになってから二度、どちらも大よそ一ケ月間床についていたことがあった。

この投稿の続きを読む »

タグ

2010年8月5日 | コメント/トラックバック(1) |

カテゴリー:この道50年

このページの先頭へ