お山の絵本通信vol.111

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『おんがくかいのよる』
たしろちさと/文、絵、ほるぷ出版2007年

誰にでも、よく聴くお気に入りのジャンルの音楽、また、何となく口ずさんでしまうお気に入りの歌のフレーズなどがあると思います。聴いているうちに「楽しくなってリラックスしていた」「子ども達もいつの間にか一緒に歌っていた」と、音を楽しむことは純粋に楽しく、家族の心と身体のコンディションにとっても、子どもの情操を育む観点からもとても大切なことでしょう。

私の幼い頃を思い出してみると、夕食を終えると父が昔ながらのオープンリールのレコードプレーヤーを用意し、子どもから順に自分のお気に入りの歌を歌って録音して楽しんでいた頃がありました。幼稚園で教えてもらった曲や子ども賛美歌の曲などをつぎつぎに歌い、傍らでは小さな妹が言葉にならない声とともに体を動かしていました。父や母も順にお得意の歌を歌い、みんながその歌声にじっくりと耳を傾ける、そして最後は同じ曲をみんなで一曲歌って終わりにする、という食後の団らんがありました。週末に出かけるドライブの車中も同様に、いつも賑やかな歌声がありました。歌っていると嬉しくなって、みんなが笑顔になっている、そんな素晴らしい力が音を楽しむことにはあります。

さて、ちょうど昨年の今ごろ、『カエルの目だま』という自然科学の絵本をご紹介しましたが、今回の絵本通信にも「かえる」が登場します。声をあわせて歌う合唱が大好きなかえる達。そして、その美しいハーモニーを耳にして以来、歌の中の素敵なフレーズが忘れられなくなったねずみ達が自分達で音楽をつくるお話、それが『おんがくかいのよる』です。

ちょうど幼稚園では、発表会に向けて年中児が「うた」と「リズムバンド」の練習に取り組んでいます。それとともに、お部屋やお庭で“よい音がするもの”を見つけながら、自由に音の世界を楽しむこともしています。音の織りなす世界がとても美しく描かれているこの絵本を開いていると、登場人物の姿は、一生懸命練習をしている子ども達の姿とも重なってきます。音楽を愛する方に、是非ご家族で楽しんでいただきたい絵本です。

* * *

満月の美しい夜。街のどこからか聞こえてくる素敵な音楽を耳にした5匹のねずみは、音のする方をたどっていきます。やがて公園の入り口までたどり着いた小さなねずみ達が池の前までくると、

「かえるのおんがくかい かえるでないものおことわり」

と看板があったので、ねずみ達は草陰からそっと聴くことにします。月明かりの下で繰り広げられるかえる達の歌声が響きます。5匹のねずみ達はその歌声に魅了されていましたが、門番のかえるに見つかってしまいます。

家に帰り、ベッドに入ってからも、ねずみ達はかえる達が奏でていた『つきのかなたに』の曲のメロディーが心にしみ込んだまま寝られないほどでした。思わずベッドで歌ってみましたが、ちゅうちゅう言うばかりでかえるのようには上手く歌えません。そこで、「がっきをつかっておんがくをしよう!」ということになります。

「シャンシャンいうもの」「ぽこぽこいうもの」など、よい音がするものをたくさん見つけ、手作り楽器を使って昼も夜も曲の練習をしました。ひとつの曲が出来上がると次の曲へ、そしていつか月夜の晩に聴いたお気に入りのあの曲も練習し、いよいよ自分達でねずみの音楽会を開催する運びとなります。

「ねずみのおんがくかい しゅつえん5ひきのねずみ
つぎのまんげつのばん ねずみしゅうかいしょ にて」

絵本の中ほどのページには、すでに舞台の上で5匹のねずみ達がいそいそと開幕の準備にとりかかる様子が描かれています。

楽器づくりから企画、開催まですべてを自分達で考えた手作り音楽会が始まりました。一曲、また一曲と進むたびに客席からは拍手の嵐。会場には街中のねずみ達が鑑賞しにきていましたが、なんと! 微笑ましいことに、観衆の中にはそっとほおかむりで顔を隠したかえるの姿があちこちに見られるのでした。

いよいよ最後の曲になり、1匹のねずみが舞台からアナウンスをします。

「ぼくたちのだいすきなきょく、きょくのなまえは……、『つきのかなたに』!」

思わず一番前のかえるが叫びます。「それはぼくたちも だいすきなきょくです! なんてすてきなねずみたち!」 気がつくと、かえるもねずみも、みんなが一つになって大好きな歌を合唱していたのでした。

「つきのかなたに つきのかなたに」
「ひびけ ぼくらの おんがくよ……」

素晴らしい夜。素晴らしい音楽隊の音色。この日はみんなにとって忘れられない夜になり、かえる達とねずみ達はともに手を取り合い、また一緒に音楽をすることを約束します。

* * *

人が音楽を素晴らしいと感じる心の源はどこにあるのでしょうか。私たちは、お母さんのお腹にいる胎児の間、心拍、胃、腸の動く音を聴きながら育ちますが、だとすると、五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)の中で命のはじまりから継続して刺激を受けているのが聴覚ということになるのかも知れません。

人間の心と脳の発達にとって、音は私たちが思う以上に大切な意味を持つように思います。乳幼児にとっては、胎児の頃から聴いていたお母さんの声こそが栄養なのであり、子守歌には大切な「何か」を育む秘密が隠されています。

幼稚園に通う頃になると、いろいろな曲を歌い、リズムに合わせてたくさんの歌を覚える力が育ちます。音の大きさやテンポによって、楽しい、嬉しい、怖い、悲しい、などのイメージが感じ分けられ、音楽に対する感性の土壌が育まれるとともに脳もこのとき大きく発達しています。

特に聴感覚が発達する4歳〜6歳の幼児期には、是非お母さん自身が歌や音楽をご家庭で楽しんで下さい。お料理をしながら歌ったり、お散歩しながらハミングしたり、曲を選んで合唱するなど、子ども達が肉声の歌やさまざまな心地よい音楽、楽器に触れながら、言葉と同じように音感が育っていくような環境づくりをご家族でお楽しみいただけたらと思います。

文章/Ikuko先生