この道50年──第10章 幼児と俳句

宴会の歌

私どもの幼稚園が創立して3年目の5月頃のことでした。初代園長である私の父がある日、園庭で興味深い場面に出くわしました。ジャングルジムのてっぺんで、ひとりの年長組の男の子が軽く身体を左右にゆすり、両手で拍子をとりながら、何やら歌を歌っています。近づいてよく聞いてみますと、それは、昨今ではほとんど聞かれませんが、当時お酒の席ではかならずといっていいほど歌われていた「炭鉱節」という歌でした。

“月が出た出た 月が出た 三池炭鉱の 上に出た あんまり 煙突が高いのでさぞやお月さん 煙たかろ さのよいよい”

これを、歌詞はもちろん節回しまで巧みに、5才の子どもが、まるで宴会の雰囲気をそのまま、実に気持ちよさそうに歌っているのです。恐らくその子のお父さんが、晩酌のおりなど、身振り手振り面白く歌っているのを聞き覚えたものと思われます。その子の家庭にほのぼのと温かいものを感じながら、そのとき、父の脳裏にふと閃くものがありました。

-幼児が、大人の歌をあれだけ正確に覚えられるということは大したものだ。せっかくのあの記憶力を、何かいい方向へ導くことはできないものだろうか。

たまたま学生時代から興味をもち、新聞の俳壇にもよく投稿していた俳句のことが、とっさに父の頭に浮かびました。

-俳句なら短かくて覚えやすいし、文学的なリズム感もある。就学前の準備教育とは違い、早くから知っていたからといって入学後の学習の妨げにもなるまい。幼児期にこそ、日本古来の最短詩である俳句を通して、知育よりもむしろ詩ごころの根っこを育ててやりたい。

こうした父の思いがそもそもの発端となって、その後今日に至るまで私どもの園では、年長児の朝のお集まりのプログラムに、“俳句を覚える”という風変わりな保育内容が加えられるようになりました。

-幼児に与えるからには、まず分かりやすくなければならない。と同時に、格調の高い良い作品であることも必要だ。

そうした選択基準によって、句は、多く芭蕉と蕪村のものが選ばれておりました。

目をつむる

私は創立10年の年に、初代園長からバトンを受け継ぐことになりました。もちろん、父の意を帯して、年長児の“俳句の時間”を大切に取り扱ったことは、申すまでもありません。

ところで、ここで“幼児と俳句”のことに入ります前に、順序として“朝のお集まり”の様子につい触れておきたいと思います。

私どもの園では、毎年4月の終り頃になってお弁当が始まりますと、お弁当のある日(月・火・木・金)は、登園してからしばらく自由遊びのあと、年少,年中組は園庭で“鳩ぽっぽ体操”をしますが、年長組はホ-ルに入って“朝のお集まり”をすることになっています。まず、年長組の2クラスの子どもたちは、フロアに敷かれた絨毯の上に前後4列に並んで、両手を膝におき、背筋をしゃんと伸ばして坐ります。

私も、子どもたちと向かい合って正座します。朝のご挨拶を済ませますと、俳句に先立って、みんなでしばらく静かに目をつむります。これも父が、目をつむって心を落ちつかせることと、良い姿勢を保つことの大切さを、園児達にも感じ取ってもらいたいという思いから始めたことです。

ところが、目をつむる間はせいぜい2分足らずのことですのに、これがなかなか最後まで持ちません。俳句の始まる最初の頃は、珍しさもあって静かに目をつむっていますが、回を追ってしだいに慣れるにつれ、20秒くらい経つと話し声がひそひそ聞こえ始めたり、空咳きをしきりにする子が出たりし始めるようになり、何となくざわついた感じです。

これを、創立当初の子ども達が、慣れてきてからも5分間じっと目をつむり続けていたことを思いますと、雲泥の相違です。父のそばで横から見ていたときは、こうしたざわつきが5~6年前頃から出始めていたことを、さほど気にも止めずにいたのですが、いざ自分が子どもたちと正面から向い合ってみますと、どうも気になります。

「かつて5分間持つていたものが、今、2分間も持たないというのは、いったいどういうことなんだろう?」私は、真剣に悩みました。

しかし、よくよく考えてみますと、やはりそれにはそれなりの、大きな理由があったのです。つまり、父が創設し、私が手伝い始めた昭和25年といえば、戦後の混乱の後遺症がまだ色濃く残っておりまして、物資の不足,世相の不安定な状態は、今から思えば想像を遙かに越えるものがありました。

そこへ行きますと、私が園長になった昭和35年頃はすでに経済的成長が軌道に乗り、物にも恵まれ始めた時代です。

この10年間における大きな違いを一口でいえば、物に恵まれているといないとの、豊かさの違いにあるようです。物に恵まれるということは、それだけ心が散じやすくなるということでもあります。

例えば、絵本ひとつにしても、1冊しか与えられなかった乏しい時代と、数多く与えられるようになった時代とでは、子どもの絵本に向かう姿勢にも格段の相違が出てきます。集中して読み通すのと、パラパラとめくってポイ、つぎもまたパラパラ、という落ち着きのない見方と───。

また、物の便利さによって保護されますと、自分で最後までやり通す、辛抱して作り上げるといった、がまん強さ、根気強さにも欠けてくるわけでして、2分間のおねむりにも耐えられない、まして5分間なんて思いもよらないということは、そうした時代の経緯とともに移り変わる、心のひ弱さ、もろさの表れといってもよいでしょう。

2分間のがまん

そこで私は、子どもたちに辛抱する、やり通す力を身につけてもらうため、タッタ2分間のおねむりを最後までがまんさせる、ということを何とかして徹底したいと思いました。しかし、頭ごなしに強制したくはありません。

それよりも、目をつむることの楽しさを子どもたちに実感させたかったのです。そこで、今でも毎年、俳句が始まって少し経ってざわつき始める頃になると、私はつぎのようなことを決まって子どもたちに提案することにしております。

「今日はね、ひとつ、みんなにいいものを聞かせてあげよう。 みんながシ-ンとなるとね、今まで聞こえなかったいろんな音が聞こえてくるんだよ。 今日はどんな音が聞こえてくるか、いちど、みんなでシ-ンとなってみようか」

「うん、なるなる」

さあそれからは、みんなは“シ-ン競争”です。目をあけてから、「何が聞こえた?」と聞きますと、「扇風機のまわる音」「大工さんの、こんこんいわせてはる音が聞こえた」 「鳥の声が聞こえた」「ピ-ポ、ピ-ポがなってた」

静寂のたのしみ、がまんし通した喜び、それらを実感し始めた子どもたちは、以来、2分間のおねむりもしだいに苦痛でなくなって、目をあけたときには、「ああ、気持ちよかった」 という声さえ聞かれるようになってきました。

さて、こうした“2分間のおねむり”をすませて、子どもたちの気持が落ちついたところで“俳句の暗唱”をする、という段取りになるわけです。

覚える工夫

俳句を始める第1日目は、子どもたちも何となく緊張の体で坐っています。 「さあ、みんなも年長組になったから、今日から俳句を始めようね。先生が少しづつ言うから、みんなは、あとについてくるんだよ」といわれて、俳句なるものを生まれて初めて耳にした子どもたち。

その日は、不思議なものに触れる面持ちで、

“でで虫や”  →  “ででむしや”

“その角文字の”→  “そのつのもじの

“にじり書き” →  “にじりがき”

“蕪村”    →  “ぶそん”

と、私のあとについて一区切りづつ暗唱します。

年中組の時から、年長組になれば、俳句というものがあるんだよ、と周囲から聞かされていて、俳句をすることが、年長組になったことの証しでもあると言うふうに期待をもって受け止めていた子どもたちですが、実際にやってみて少し勝手が違うようです。食べたことのないものを初めて口にして戸惑っている感じです。

さて、毎回、新しい俳句を覚える最初の日は、ひとつの句を5回繰り返して暗唱します。そのあと、その俳句の意味や情景を、分かりやすく説明してから、もう一度復唱してその日は終わります。つまり、第1日目は計6回覚えるわけです。

2日目は、3回繰り返してお終いにします。前日から通算しますと9回繰り返すことになります。

毎年のことですが、数日経ちますと、ある日突然 「ぼく、もう覚えた。いえるよ」とかならず誰れかひとりの子が、手をあげてきます。

「どれどれ、いってごらん」 あてられた子はしっかりと、五,七,五の間も上手に取って、落ちついた調子で諳(そら)んじます。

「難しいのに、よく覚えたね。それに、自分から手をあげたのは、なかなか勇気があっていいねえ」 と褒めますと、さあそれからは、漠然と真似していたみんなも、“園長先生”から「よく覚えたね」といってもらいたい欲(やる気)が出てくるのか、暗唱するときの顔つきが変わってきます。

一と月ほど経って、 「前の俳句は、もうみんなが覚えて言えるようになったから、今日から新しいのにしようね」といいますと、初めて俳句というものに接したときの戸惑いとは違って、みんなの目が一斉に私の方へ集中します。

「覚えよう」という意欲が湧いてきたようです。 先程の「ででむしや」の、その年度の初めての句をみんなが覚えて、ひとり残らず発表できるようになるには、ほぼ一と月かかります。

しかし週に4回の朝のお集まりを続けていくうち、しだいに子どもたちの覚えるピッチは早くなり、発表にも自信が持てるようになってきて、やがて、1学期の終わり頃には、10日もすればすべての子どもが手を上げるようになっています。また、発表のときの声も次第に大きくなってきています。

2学期ともなりますと、今日新しい俳句を教えて貰ったばかりなのに、その翌日には半数近くの子どもがさっと手をあげるようにまでなっています。つまり、「覚えたい!」とやる気の出てきた子どもたちは、では、覚えるためにはどうすればよいのだろう?と、ひとりひとりが、いつの間にやらこの問題と無意識のうちに取り組み始めるようです。

教科書があって、家へ帰ってから見返すわけにもいきません、ママに今日習った俳句は何だった?と聞いても、ママはご存じありません。その場で誰れの力も借りずに、自分で覚えるよりほかありません。

そのためには、よそみをせずにしっかりと先生の方を見ること、つまり集中することだ、という覚え方のコツを、子どもたちは教えないのにひとりでに会得しているのです。

ですから、今日は新しい俳句だという最初の日、初日の6回で覚えてしまって明日は手を上げるんだという意気込みに燃えた子どもたちは、いつにも増して輝いた目をこちらへ向けてきます。

この、現代の子どもに不足している集中力を身につけておくことが、小学校へあがってから役立つと思うのです。就学前に知的教育をいろいろと受けていなくとも、新しいものに挑戦しようとする意欲,やる気があれば、知らないこと、新しいことのすべてに、つねに新鮮な気持ちで取り組んでいけるのではないかと思います。

豆宗匠の名句

1学期の半ば頃ともなりますと、 「ぼく、こんなの書いてきた」 と、広告の紙の裏などに、たどたどしい鉛筆書きで俳句を作ってくる子どもが出始めます。

そんな日は、いつも通りに俳句の暗唱をしたあと、さりげなく、広告の紙をおもむろにひろげて、少し重々しく、「ありのすへ どんどんつづく くろいてん 」 と読みます。

子どもたちが、キョトンとしているところへ、 「ひろき」 と、幼き作者の名前を、大俳人、芭蕉や蕪村並みに紹介してやりますと、「あっ、ひろきちゃんや。」「ひろきちゃんが作らはったんや」 「うわあ、すごいなあ」と、大変なはしゃぎ様です。

一人の子どもが先ず作ってくる。このことは、俳句とは、人の作ったのを覚えるだけだと思っていたのに、「ぼくだって作っていいんだ。ぼくにも作れるんだ」ほかの子どもたちにとっても、とても大きな刺激です。

しかも作者の名前を後へくっつけて言ってもらう。これも子どもたちにとっては、大きな魅力です。かっこいい、何だかえらくなったような気分だ、というわけです。

こうして、ひとりが口火を切りますと、それからは毎日のように豆宗匠の名句・迷句が、どしどし私の手元へ寄せられます。

多い年には、3学期末で631句の作品が届いたことがあります。覚える。発表する。褒めて貰う。やる気が出る。覚え方が早くなる。と成長してきた子どもたちに、自分から何かを「作ろう!」という新たな意欲が湧いてきたということは、押し付けや強制でないだけに、私にとってもとても嬉しいことです。

「今日は、どんな俳句にお目にかかれるだろう」 わくわくした気持ちで、朝のお集まりの場に臨むのです。

子どもたちの作品

以下、子どもたちのそうした作品の中から、一部をご紹介してみたいと思います。

父さんの めがねが曇る 熱いお茶  けいこ

ママ ニコニコしてて きれいだね  さき

お父さん いつもお仕事 ありがとう まや

お母さん ちょっと優しい おこりんぼ  ゆうな

叱られた かしこうなろう 明日から けんし

洗濯もん 折って折って できあがり みな

“かきのたね”ビ-ルのあてに ちょうどいい  みな

俳句はね 5・7・5と 並べるの  けいこ

法事はね 亡くなった方の 弔い日  みな

地震はね震度5で ぐらぐらり  みな

勉強は ごちゃごちゃしてて むつかしい こうだい

あじさいに 登ろうとする かたつむり  ゆうた

蛙の子 おたまじゃくしと 似てないね  だい

蝉とりは いつもおしっこ かけられる  つばさ

涼しいな 首をふってる 扇風機 ゆか

すじ雲が きれいにみえる 秋の空  けい

お月さま お山の上で かくれんぼ  ゆい

秋の夜 空気がとっても いい匂い  あや

柿の枝 ひとつ残った 実が赤い きょうこ

サンタさん ケ-キをいっしょに 食べようよ ひろむ

お年玉 もらったけれど 使えない  りょうへい

冬の夜 白い息が よく見える  あや

お早ようと あいさつしたら 白い息 ゆか

雪とけて ことりがないて 春がきた ゆうな

桜の芽 花が咲いたら 1年生  さちこ

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