この道50年──第4章 小さな恩人

私と北白川幼稚園との関わりが、腰掛けから始まったことは「保父誕生」でも述べたとおりです。そこでは、父が示した二年間の契約?期間中、父の勧めと励ましによって改めて幼稚園に永久就職を決意したこととなっております。

たしかにその通りなのです。だがその一方において、ひとりの子どもとの出会いが、私の人生を変えるもう一つの大きな要因となっていたことも事実だったのです。

私は子どもの頃から小さい子どもが大好きで、バスや電車に乗っていて、向かい側に幼い子どもが腰掛けていると、自然、目がそちらへ吸い寄せられ、思わず顔がほころ綻んでしまうのです。子どもの方でも気がついて反応を示してくれます。時にはそばにいるお母さんまでが、二人の様子を見くらべて、おだやかに微笑み返してくれます。赤ちゃんの場合もそうです。

そんなわけで、天性、幼児の好きだった私は、父から幼児のお相手をするように頼まれても、その時は幼児というものを、ただ、好きだ、可愛い、という対象にしか捉えておりませんでした。

しばらく触れている内に、幼児といえども子どもたちはみな大人の縮図で、一通り人間の持つ純粋な面も、泥臭い面も併せ持っていることに気付きはしました。

しかし、あとでご紹介する雄二ちゃん(仮名)のように、幼児に対する認識を一変させる子どもに出会ったのは初めてでした。

彼は創立二年目に入ってきた子どもですが、この子との出会いがなかったら、単に子ども好きだっただけの私は、父の勧めにも関わらず二年間の勤めを無事終えて、他の道へ進んでいたかも知れません。

初めのうちは、子どもを見る眼もごく上っ面だけを撫でている感じでいた私も、この雄二ちゃんと出会い、彼に触れるうち、やがて、ほかの子どもたちに対しても、今までとは違った目で見るようになっていました。雄二ちゃんは確かに心打たれる子どもである。

しかし、よくよく気をつけて見れば、この子の持つ良さは、彼ひとりだけのものではない。形や内容は個々に違うが、どの子にもみなそれぞれの違った良さが必ずある。その個々のよさを引き出し、それを育てるということは、ひとりひとりの子どもの将来にもつながる大事な仕事である。

一方、保護者のなかにはわが子の良さに気がついていない人が多い。角をた矯めて牛を殺すの例えもあるが、可愛さ余って、短所にばかり目を奪われ、折角の良さをつぶしている。このことは、子どもにとっても大きな損失だ。

だとすれば、ひとりひとりの子どもの良さを発見し、それを育てるとともに、その良さを保護者に伝え、保護者にも子どもの見方を変えてもらうということは、その後に繋がるその子の人生を変えることさえできる、考えてみれば、これは大変やり甲斐のある大仕事ではないか!ここに至って、私にもようやく、本腰を入れて幼児教育と取り組む気持ちが固まってきたのです。

わたしに、そのきっかけを与えてくれた雄二ちゃんの話は、拙著『保父』の中の「あんま」に出てきて、私もしばしば保護者会での話に引用させてもらっております。

「あんま」をお読みいただいた南禅寺の高僧で、今は亡き柴山全慶老師が、

「本当にこのような子どもがいるのですね」

と感銘を深くして下さったことがあります。

「私の人生の行き先を照らしてくれた、小さな恩人です」

私は、そう答えました。老師は静かな温顔で、うなずいておられました。

あんま

雄二ちゃんは、男の子には珍しく、細かいところまでよく気のつく子どもです。ある日、私がお弁当の時間のあと園庭へ出て園児たちの遊びを見ながら、首を左右に倒してコツコツいわせていますと、スッとそばへ寄ってきて、「せんせえ、肩、あんましたげよか」

「ようもむのか?」

「ようもむ」

「よーし、そんならひとつ頼もか」

「先生、そこへしゃがみいな、立ってたらできひん」

「あ、そうやな」

私が園庭の土の上にどっかと腰を下ろそうとしますと、

「先生、ちょっと待ち、ハンカチかしたげよ」 と、ポケットからくしゃくしゃのを出して、一生懸命にしわ皺を伸ばしています。「ええよ、ええよ、このズボンぼろやから、汚れたって大丈夫」

「そやかて、お母さん先生、年取ってはるさかい、ちょっとでもよごれたら、洗濯しやはんのん、なんぎや。使いいな」

「なるほど、そらそうやな。じゃ、遠慮のう使わしてもらうよ」 小さなハンカチを有り難く借用して、尻のごく一部にあてがって坐りますと、それで満足したらしく、両肩をくすぐるようにもみ始めました。「先生どうや、ええきもちか?」

「ああ、え好え気持ちやで、なかなか雄二ちゃんは上手やなあ」

「そうか、もっと強うしたげるわな」

雄二ちゃんはこんしん渾身の力をこめて揉み続けます。子どものこととて力こそありませんが、なかなか慣れた手つきです。

「雄二ちゃんは、お家でもあんましてあげてるの?」

「うん」

「よし、そんなら誰れにしたげてるか、当てて見よか」

「うん、あててみ」 私は、雄二ちゃんが母親思いであることを、かねがね知っていましたので、「お母ちゃんに、して上げてるのやろ?」と、声に張りを持たせ期待に満ちた眼で、雄二ちゃんを振り返りました。が、雄二ちゃんの回答は意外にも、「うん、お母ちゃんにしたげるときもある。そやけど、たいがいはお父ちゃんや」

「へーえ、そうなの。じゃあわかった。お父さんがお勤めから帰ってきて疲れてはるときに、揉んであげるのね?」

「ちがう!お父ちゃんの機嫌のわるいときや」 これには二度びっくりです。父親の機嫌の悪いときには、取り分け小さな子どもは寄りつきにくいものです。私が雄二ちゃんのいった言葉の意味をげ解しかねていますと、「お父ちゃん、機嫌わるいと、じっきにお母ちゃん怒らはるねん。お母ちゃんかわいそうやろ」と、大人びた口の聞きようをしました。

私は思わず振り向いて、雄二ちゃんの顔を見ました。雄二ちゃんの眼は明るく澄んで、大きな四角い顔がにっこり笑っています。

私は雄二ちゃんの前へ向き直ると、「雄二ちゃんが肩もんであげると、お父ちゃんの機嫌直らはるの?」

「うん、直らはるときもある。直らはらへんときもある。そやけどたいがい、『雄二にはかなわん』いうて笑わはるねん」

「そうか、えらいなあ雄二ちゃんは!」 私は思わず、雄二ちゃんの小さな頭を、ぐるぐるとかき混ぜるようになでてやったものです。
仲裁

同じ雄二ちゃんの話です。雄二ちゃんは三人兄弟の末っ子で、普通ならばわがままの一番通りやすい、親からももっともかばわれた境遇にある子どものはずですが、雄二ちゃんの場合は、いじらしいほど親のために気苦労が多かったのです。

雄二ちゃんの家の裏の、顔見知りのおかみさんが、ある日何の話のついでだか、「雄二ちゃんは、あらえ好え子だっせ。近所でもほめん人おへんわ」と言ったことがあります。「何か、ありましたんですね」

「そうですがな。去年のちょうど今頃でしたやろか、雄二ちゃんのお父ちゃんが女遊びしよりましてな、三日も四日も家へ帰ってき来いしまへんことが、ちょいちよいおましたんや」

「はあ」

「たまに帰ってくると、お母ちゃんが、夜、子どもの寝たあとで、そらもう派手に食ってかかりますのや。おもろ面白うないさかい、お父ちゃんがまたプーイと飛び出すてなあんばいで、私らかて、何べん仲裁に入ったか知れまへん。それが、広い家ならともかく、ご存じのようなそこそこの家でっしゃろ。何かにさと敏い雄二ちゃんが、気がつかんはずがおまへんがな。

眼つむってて、じいっと床のなかで親のけんか喧嘩を聞いてますのや。さあ、それがかれこれ半年くらいつづきましたやろか、いつの間にやらその騒ぎが起こらんようになりましや。お父ちゃんは、早う帰ってきますしな」

「それに雄二ちゃんが、一役、勤めたんですね」

「そうですがな、私も聞いてびっくりしました。四つの子かて、なかなか智恵の回るもんですなあ」その頃雄二ちゃんは、寝つきにくい夜をどれだけ多く持ったか知れません。

父親が帰っていればいるで、夜のいさかいが気になるし、帰っていなければいないで、母親の淋しそうな姿が、小さな胸を締めつけます。その激しいいさかいの声、そのひとりはかな儚げな母親の姿は、彼が幼稚園にいるときも、家の近くで遊んでいるときも、常時頭の中を離れませんでした。

彼は子どもながらにも、何とかして家の中を前のように、明るい、笑い声に満ちたものに取り戻したかったのです。

彼は、ちょうどそんなある日、外で遊んでいて、夕刻、まれに早く帰ってきた父親の姿を見つけました。彼は、父親が早く帰ってきたときは、いつも風呂へ出掛けることを知っていました。

そこで、急いで家へ入ると、石鹸とてぬぐ手拭いを持ってきて、 「お父ちゃん、ぼくも一緒にいってもええか?」風呂へ出掛けようとする父親に尋ねました。 「ああ、おいで」 彼は喜々として、父親の後から子犬のようについて行きました。「お父ちゃん、背中、洗うたげよか?」

「うん」 彼は風呂へ入ると、あぶくだらけになって父親の分厚い背中に取り組みました。「雄二、代わったろ」

「うん」

彼は白い歯を見せると、くるりと背中を向けました。お父ちゃんは力が強くて、少しきつくこすると体がガクガク揺れるのです。彼は声を立てて嬉しそうにキャッキャと笑いました。

余所目(よそめ)には、この父子の家庭内でこの幼な子の胸をしめつけるような、険悪な空気が流れていようとは、どう見ても受け取れない、それは実にほのぼのとした心温まる光景でした。

そして、その帰り道です。「お父ちゃん、たのむしな、お母ちゃんおこらんといてや。お父ちゃんだまってたら、お母ちゃんかて、なんにも言わはらへんし」父親はギクッとして、雄二ちゃんを肩ごしに見下ろしましたが、「うん、分かった」無造作に答えて、引いていた彼の手をぐっと強く握りしめました。

彼が家へ帰ってくると、ちょうど家の前でこれから買い物にでかけようとする母親に出会いました。「お父ちゃん。ぼく、お母ちゃんについていくしな、お父ちゃん家でかしこう待っとりや。ええもん買うてきたるしな」

彼は、今度は母親について、近くのマーケットへ行きました。やはりその帰り道です。「お母ちゃん、お父ちゃんなあ、きょう叱らへん言うてはるで、お母ちゃんかて、何にもいわんときや」彼はそういって、母親の顔をじっと見上げました。

母親の驚きは、父親のとき以上でした。子どもには知られていないと思っていた両親の秘密が、ほかの兄弟はいたって無頓着なのに、よもやと思っていた末っ子の、五つになるかならぬかの雄二ちゃんに洩れているのです。

しかも雄二ちゃんは、自分たちにたいして取りなし顔でいるのです。親としてこれほど恥ずかしくみじめなことはありません。母親は、みるみる顔から血の気の引いていくのを感じました。

しかし、深刻化した両親の間の危機は、子どもへの義理立てだけでは簡単に解決されるものではないようです。

雄二ちゃんがただ一度のこの試みだけで途絶していたら、あるいはこの一家の成り行きもどうなっていたか分かりません。

だが雄二ちゃんは、それからも幼児とは思えぬほどのたゆまざる忍耐としつよう執拗さとで、この種の試みを続けたのです。

父親と母親の対立した気持ちの間を行きつ戻りつして、大人の眼からはいかにも見えす透いた幼い技巧をろう弄して、一家の架け橋としての役目に徹しようとしているのです。技巧が幼ければ幼いほど、そのまごころは両親の心を強く打たずにはおきません。

やがて父親の素行も収まり、雄二ちゃんの一家にはふたたび春が蘇ってきました。

話のあとで、おかみさんはしみじみと、 「私ら近所のもんが、何人掛かって仲裁したかて、雄二ちゃんひとりの取りなしには、とうてい勝てませんでしたわ」

今この雄二ちゃんは、小学校の一年生に上がっていますが、さいきん買ってもらったばかりの真新しい自転車に乗って、晴れた日の夕暮れなど赤い太陽を背に受けて、父親の自転車の後ろへまるで親馬子馬のようについて行く姿を、近所の人はよく見かけるということです。

>>第5章

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