文字に頼らない教育

教育で文字を使うのは当たり前だと思います。幼稚園によっては文字を教えるところもたくさんあります。本園は聞かれたら答えますが、教えることはあえてしていません。年長児に俳句の素読をするだけ。なぜか?文字でなく、自分の耳を頼りにしてほしいと考えるからです。文字を使うと、家で予習も復習もできる。だからいいのでは?と大人は考えます。しかし、「その場」で集中して先生の言葉を聞くという態度はおろそかになります。「後で読めばいい」とならないでしょうか。

さて、そんなことを思っていたら、今から2000年前のローマの英雄がヒントをくれました。そうです、あのカエサル(シーザー)が同じことを述べているのです。

カエサルによれば、ガリアの支配階級ドルイド僧の教育は文字を使いませんでした。弟子には口伝えで教義を教え、文字に記録することを許しませんでした。「学ぶ者が文字に頼って暗記に精を出さなくなるため」とカエサルは説明しています。

ここで言う暗記とは、耳で聞いた言葉をそのまま記憶し復唱できること。耳で聞く機会は限られるので、いきおい集中力が鍛えられます。カエサルも、戦場という現場では、その場で交わす言葉に何より信を置いたわけで、文字を使わないドルイド僧の教育に共感したふしがあります。

もちろん、文字とつきあうことは大切なことです。いつも言うように、要はバランスの問題だということです。今の時代は、あまりに文字に頼りすぎているのではないでしょうか。それをあてにしすぎると、対話の力が落ちて行くように思います。

(2011年11月13日)

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