「印象」と「表現」-父親参観を終えて-(園長だより)

カプラ

カプラ

一昨日の父親参観後半の部では、「お楽しみイベント」としてカプラを体験して頂きました(1)。

居関さんにもお手伝い頂いて、全員で大きなナイアガラを作りました。見る見るうちに部屋いっぱいにナイアガラの滝ができあがりました。大音声と共に壊れる様子は壮観でした。ぜひ、子どもたちにも見せたかったのですが、部屋のスペースの関係で今回は断念せざるを得ませんでした(2)。カプラは「魔法の板」と呼ばれるとおり、自分の中に眠っている「表現したい気持ち」を満たしてくれる不思議なおもちゃです。「表現」というと大人はすぐに表現の仕方、すなわち技術の問題に注目しがちですが、それ以前の問題として、日頃から感受性豊かな体験を積み重ねることがすべての基本になると思います。

日本語で、「表現」(expression)と「印象」(impression)は、ペアで取り上げられることはありませんが、英語の語源でみれば、二つは表裏一体の関係にあります。インプレッションとは、感動的な情報(文字、色、音、映像、その他)が胸の中に刻み込まれることを意味します。この言葉は、胸の中に感動を刻み込む力(プレスは圧力を加える意味)の存在を前提としています。この力がある臨界点に達するとき、ちょうどミカンを押しつけると果汁がほとばしり出るように、胸の中の感動は体の外に向かって飛び出そうとします。このように内面の深い感動が何らかの形式を与えられて「外に」──「外に」とは、ex-pressionのexに込められた意味──現れるとき、それが「表現」と呼びうるものとなるわけです。

私がカプラに注目するのは、そういった意味での「表現」のきっかけをカプラが自然な形で与えてくれる点にあります。絵画や踊り、楽器演奏に比べて「表現」の敷居はきわめて低い、それでいて、子どもでも大人顔負けの作品(アート)が作れてしまう、という点が子どもたちに満足を与えるのでしょう(3)。

カプラの導入は、従来の「表現」指導(絵画・音楽・遊技指導)を柔軟に見直すきっかけを与えてくれました(4)。その結果、当園では今原点に立ち返り、「外遊び」という「印象深い体験」を可能な限り子どもたちに体験させたい、と考えています。

(1)  カプラはTVゲームと対照的な、子どもの創造性を豊かに育む遊びとして注目に値します。このことについては、第一回のふれあいサタデーで詳しくお話ししました。また、「ゲーム脳」の恐怖については、第二回のふれあいサタデーで岩城先生が鋭く指摘されていました。ご関心のある方は、それぞれの貸し出しビデオをお申し込み下さい。

(2) 時と場所を変えて、保護者の皆さんが真剣に作った作品を子どもたちに見せる機会を設けたいと感じております。乞うご期待!

(3)  カプラは欧米では遊びではなく芸術(アート)だととらえられていて、居関さんのような指導者はインストラクターでなく「カプラ・アーティスト」と呼ばれています。

(4)  例えば、絵画指導というとき、絵の具を使った表現もよし、カプラで「絵を描く」のもよし、という形で選択肢が広がります。カプラは大人の指導や指示を受けて進める製作ではないので、先生も要所を押さえながら楽しい雰囲気作りに専念しています。

(5)  お山の「外遊び」を通じて、子どもたちは四季の移ろいを感じ、心の中に貴重な「絵」(心象風景)を描いているのです。将来の「表現」につながる大切な「印象」です。

(2003年6月17日)

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