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送迎についての Q&A

Q. 歩いての送り迎えが貴園の特色であると聞きましたが?

当園では創立以来、半世紀以上にわたり、歩いての送り迎えを実施しています。全体を5つのコースに分け、先生が集合地点から園までお子さまをお連れします。年長児は年少児の手を引き、毎日、遠足のような集団登園を行っています。幼稚園そのものは、小高い山の上にあり、緑の山道を歩いて上り下りする中で、自然に親しみ、友を大切に思い、知らず知らずのうちに、体と心を強くします。

元気に登園

元気に登園

Q. 家が遠方にあるのですが、園バスはありますか?

園バスはございません。ご遠方にお住まいの場合、最寄りのグループ集合地点まで、または、通園コースの任意の地点まで、お車か自転車で送り迎えをお願いしています。

Q. 各グループの通園コースを詳しく教えてください。

こちらから詳細地図をご覧下さい。画像をクリックすると拡大表示されます

北白川幼稚園送迎地図

Q. 通園コースは希望通りになるのか知りたいです。

各ご家庭で、もっともご都合のよいコースをお選びいただけます。

Q. 各通園グループの出発時刻は?また、引率の先生の数は?

平成23年度は下記の通りとなっています。

  • 第1:8:15 3人
  • 第2:8:15 2人
  • 第4:8:20 2人
  • 第5:8:20 1人
  • 第6:8:20 1人

Q. 雨の日が心配です。

晴天時と同じように安全に手をつないで歩けるよう、本園ではフードつきレインコート着用を原則としています。

また、通園路の大半は歩道の上ですが、晴天時と違って、すれ違う自転車の往来がない分、引率しやすいのも事実です。一度、雨天時の送り迎えの現場をごらん頂ければ納得して頂けると思います。

また、降雪時にも山の石段は凍結防止剤によって滑ることなく上り下りできるよう万全を尽くしております。

Q. 入園してからちゃんと一人で歩いてくれるか心配です。

通園方法がなんであれ、幼稚園に初めて通うことは、お子さんにとって生活の大革命であり、「この子はみんなといっしょにちゃんと通えるかしら?」というご不安は、幼稚園に通わせるお母様にはつきものです。

この不安を解消する特効薬はありません。個人差はありますが、いずれお友だちと一緒に幼稚園に通う楽しさを知ることにより、うそのようにたくましく徒歩通園できるようになります。

また、本園の場合、手をつないでの徒歩通園なので、年長の子どもたちが兄・姉のように年少の子どもたちの手をつなぎます。年少時代、手をつないでもらった思い出をもとに、やがて自分が年長になったとき、どの子も小さな子どもたちの手をつないでくれるようになります。

手をつないで降園

手をつないで降園

Q. 必ず集合地点まで行かないといけないのですか?

通園途上であれば、どの場所でどのグループの列に合流されても結構です。

Q.車で山の下まで送迎することは可能ですか?

車でお送り下さる場合、幼稚園のある山の石段下付近の路上が混雑しては危険ですので、病気のお迎えの時など特別な場合を除き、山のふもとの住宅街にはお車でお越しになることはご遠慮ください。

保護者にはよく「雨の時に車で山の下までお迎えに来てくださるお気持ちはありがたいです。でも、お子さんには1メートルでもたくさん歩かせてあげてください」と申し上げています。

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2010年9月11日 | コメント/トラックバック(2) |

カテゴリー:本園の特色

俳句の取り組みと幼児の学び──園長日記より

劇の取り組み

劇の取り組み

三学期最初の俳句でした。今日は新しい俳句を紹介する日です。一茶の俳句を紹介しました。

全体で3回繰り返し、内容の説明を簡単にした上で、さらに一回。続いて、4列並んでいる列ごとに復唱してもらいました。そして、さらに男の子だけ、女の子だけで復唱した上、全体でもう一度繰り返しました。

そこで少しお話をしました。「もうしっかり頭に入りましたね。でも、先生がこの俳句を紹介するまでは誰も覚えていなかったですし、誰も発表できる人もいませんでした。当たりまえですね。

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2010年9月10日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:園長日記

思い出のひとコマ──園長日記より

以下は個人的な思い出の記録になります。

一昨日、年少のAちゃんがお父さんとハイタッチして列に合流(パチパチパチパチ)。心のカメラでいっぱいシャッターを切りました。

二学期に入り、何度かチャレンジしては結局お山の下での合流を繰り返す日々でした。とはいえ、一学期から見れば、その合流に際して涙が出ることもなくなり、わたしたちも「そろそろかな」と思っていた矢先でした。

造形大のバス停から幼稚園までの道のりを年長のB君がしっかりとエスコート。ふたりとも列の先頭を黙々と歩きます。私は下手におしゃべりをすることなく、ずっと二人のようすを見つめながら園に向かいました。B君は山の上まで到着すると、当然のように、たんぽぽぐみの部屋まで連れて行ってくれました。実に頼もしい。

ふりかえると、これまで Aちゃんの手をつないでくれた、ひとりひとりの年長児の顔が浮かびます。「つないであげようか?」といつも優しく申し出てくれる Cちゃん。「あたしAちゃんとつなぎたい」と言ってくれるDちゃん。特筆すべきは「男はな」のEちゃん。9月に入り、涙なしに石段下から合流できたAちゃんをわたしがほめると、手をつないでいた Eちゃんが「えらい、えらい」と頭をなぜてあげているのでした。

いずれ、何事もなかったかのように、Aちゃんは毎朝笑顔で「行ってきます」をし、気のあった年少さんと手をつなぐ日がくるでしょう。来年、再来年になれば、年下の園児のエスコートを買って出ることでしょう。

上で紹介した年長さんたちも同じ道をたどって今があるのです。

2010.9.9

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2010年9月9日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:園長日記

二学期の保護者会:子どもへの言葉がけ──園長日記より

今日は二学期の保護者会を開催いたしました。

事務的な諸連絡につきましては、園内の「お知らせ」を通じて再度お伝えさせていただきます。

「子どもへの言葉がけ」ということでお話しした内容は大まかに言って以下のようなものでした(である調ででまとめます)。

———————–以下要約———————–

子どもは大人の言葉に鋭敏に反応する。それは俳句の作例を見ても明らかである(大人の言葉使いをする事例)。

子どもが心を動かすポイントは、大人と別のものではない。

大人は大人という立場から、また、子どもにはない語彙の豊富さに依存する形で、目の前の子どもに言葉を発することが多い。それは、しばしば命令文の形をとる。

言葉の強さに5つのレベルがあるとして、ふだんは1か2ですませるとよいが、命令文の場合、ついついレベル3以上を多用しがちになる。そうすると、肝心なときにレベル6や7で勝負しないといけなくなる(親もしんどい、子もしんどい)。

レベル1か2ですませるには、日頃、子どもと顔を合わせていない時間帯(=子どもが園に行っている時間帯など)が肝心となる。このとき、心の中であれこれやりとりしていただきたい。たとえば、過去をふりかえり「あれは言わなくてよかったな」と言ってみたり、未来を想像し「もしこういう状況になれば、こう言おう。いや待てよ、こういう言い方の方がよいかもしれない」といった具合に自問自答する。

これは一人でできる。自分が子どもになってみること。

子どもの自分が大人の自分の言葉を聞いたとき、どう感じるだろうか?と思って自問自答するのがコツである。自分の言葉に「なるほど」と思えるか、どうかがチェックポイント。

日頃から、客観的に(=他人の目で)自分の言葉に耳をすますには、ぜひご主人とも言葉のやりとりを重ねて頂きたい。その中で、レベル4,5とは具体的にどういうときなのか?二人でよく打合せていただくのがよい。もしかすれば、それはお父さんの出番かもしれない。

子どものしつけという観点でいえば、命令文の多用は必然であるが、親と子の言葉のやりとりは、それに尽きるものではない。

きれいな花をみて、「きれいね」と言葉を交わすとき、大人と子どもの関係を超えて、心を通わせている、と言える。「きれいね」に代表される親の肯定的な言葉の表現は、子どもの心に安心と落ち着きを与える。このような共感の言葉のやりとりは、自然な形で親子の信頼の絆を深める。

この信頼という点に関して言えば、親はしばしば子どもが約束を守らないと口にする。では、子どもは何というのだろう?

子どもは親もそうだと思いながら、思ったことをうまく反論できない。語彙の不足ゆえ地団駄を踏んでいる(たぶん泣いたりすねたり・・・)。

一例を挙げる。

子どもの立場に立つと、「ちょっと待って」とか「後でね」という親の言葉は立派な約束である。これを誠実に守った上で、親は子どもに「約束を守ろう」と呼びかけることができる。

何でも親が言うことを聞く子どもが理想なのか?と自問することも大切かもしれない。「反抗」という言葉は親にとって便利な言葉だが、子どもの心を代弁すると「自立」と無縁の言葉ではないはず。子どもの自立の芽を生かすも殺すも親の心がけ次第と言える。

相互の信頼の絆をどのように大事にしていくか?

以下、そのヒントの補足。

絵本を読んでくれる親の言葉は、穏やかで美しい響きのまま子どもの耳に届く。兄弟、姉妹のいる家庭では、兄、姉に照準を合わせて本を選ぶのも一案。日常生活は、弟、妹に照準を合わせざるを得ない。絵本の読み聞かせは、それを逆にする。兄、姉は親の言葉を独り占めしていると受け止める(これは自分のために読んでくれていると理解する)。弟、妹は背伸びしたいという願望が元々あるので、多少難しくても苦痛ではない。

題材は絵本に限らない。親が自分の子ども時代の思い出を語っても、それは絵になる。それは世界に一つしかない物語。子どもは嬉しく親の言葉に耳を傾ける(このリアクションは子どもだけでなくご主人も同様)。

以下、「言葉」について余談。
「言葉が遅い」というご相談を受けることが近年増えた。私は今まで「大器晩成という言葉があります(=じっくり見てあげて下さい)」とお返事してきた。卒園式で、この期待を裏切られたことは一度もない。

「早い、遅い」(or 多い、少ない、高い、低い)といった数値化できる基準によるのではなく、自分がその子どもになったとき、周りがどのように見えるのか、心の中で追体験していただきたい。

自分を励まし、支える言葉がちゃんと聞こえてくるか、どうか。

どの子にも自立の一歩一歩の階段がある。それぞれ違う道が与えられているはず。本人がいつか自分の人生を振り返り、「自分は自分の道を歩いてきた」と振り返ることのできる日は必ず訪れるし、ぜひそうあってほしい。逆に、「これは自分の道ではなかった」と将来振り返ることこそ本当の不幸であり、悲劇である。

遅くても、早くても、誰もがその一歩一歩を登るべく努力している。親の目には別の道に見えても、また、その歩みがどれほどゆっくりに見えたとしても。

以上、メモとして箇条書きしました。

今日は「こどもへの言葉がけ」というテーマでしたが、つきつめると、一人一人の人生の道を心から応援しましょう、という呼びかけをさせてもらったのかもしれません。

ご出席頂き、ご静聴頂いた保護者の皆様に感謝申し上げます。

(2010.9.8)

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2010年9月8日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:園長日記

絶対評価・相対評価──園長日記より

私が小、中、高校時代の評価はいわゆる相対評価でした。今は絶対評価が導入されているようですね。

これはこれで、生徒を「客観的に評価する」のが難しいのではないでしょうか。私自身、「絶対評価」というシステムのメリット・デメリットをよく理解しているとは言えないのですが、単純に思いつくところでは、試験問題の難易度をいかに一定に保つか、それが難しいように思います。実際の所、どうなのでしょう。

私自身はいかなる形式であれ、「評価」は行うのも、受けるのも苦手ですが、昨今教育の場では、そのような言い訳を許さないような、評価至上主義(?)の傾向が見られるように感じられます。気のせい?

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2010年9月7日 | コメント/トラックバック(0) |

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